第5話 暗がりの繋がり

『そうか。わかった。異界の悪魔を捕らえられなかったのは残念だが、既にある程度結果は出ている。ご苦労だったな』


 魔力にも電気にも頼らない蝋燭の灯りだけが頼りの部屋。

 モダンな机の上に表示された映像の出ない画面越しにそう言われ、少年は深々と頭を下げた。

 本来なら上下関係などないはずの間柄だが、その者たちの間ではこれこそが普通なのだ。


「それで、父さん。我々はこれからどういたしましょう。既に縦笛を輸送する手筈は整っておりますが」

『それをこちらが使うにはまだ検証が足りん。我々が裏で繋がっていることは、絶対にバレてはいけんのだ。そのことをゆめゆめ忘れるなよ』

「わかっております」


 父さん、と少年は呼んだ。

 だがそこに親子のような親密感はない。

 また、少年は変声期前だと見た目でわかるほど幼いが、しかし言葉遣いや所作などは徹底されている。

 もしも人前に出ることがあったなら、この時代でもさぞかし驚かれたことだろう。


『ではこちらの方針を告げる。一度しか言わぬからよく聞いておけ』

「はい。父さん」

『まず、”悪魔憑き”の強さはこれで証明された。奴らの防衛網を突破できるのなら申し分ない』

「『魔神』の妹と思しき人物も殺害できましたからね」

『いいや。あれは死んでおらん。前にも言ったはずだ。奴らは既に不老不死だと』

「そ、そうでした。申し訳ありません」


 前提を忘れたこと、なのに得意げに語ってしまったことで少年は顔を青褪めさせる。

 必死に頭を下げて許しを乞おうとするが、仮にフラリッタがこの場にいたなら気づいたことだろう。その心は、一切震えてなどいないことに。


『いや良い。出会うはずもないと高を括っていたのはこちらだ。そして、妹がいるならば確実に本人もいる』


 そんな見えない心の動きになど気付けるわけもなく、通話の向こうの父は変わらず上司として命令を読み上げる。


「なるほど。ついに『魔神』を手中に、ということですね」

『そうだ。やり方は任せるが、確実に一度宝具の効果を試せ。いくら魔の神と言えど、伝説の時代の武具を完全に無効化することは不可能だろう。支配ができたなら支部を落とせ。できなかったとしても弱体化はするはずだ。そこを叩け』

「了解しました」


 少年は忠誠心を見せるように恭しく頭を下げるが、相手の顔が見えないように、こちらの姿も見えてはいない。

 だから少しだけ、黒い感情が顔を出す。めんどくさいな。


『だが妹の方は未知数だ。『魔神』以上の強さだという話もある』

「では、妹との戦闘は極力避けるように、ということですね」

『ああ。宝具を使う時も『魔神』が表の時にしろ。肉体が莫大な魔力を持っていることは確認済みだ。奴は無効化してくる可能性もある』

「了解しました」


 質問はあるか、と訊かれ、少年はありませんと答えた。

 すると通話の向こうの気配が少し柔らかくなり、上司ではなく父としての顔が現れる。


『お前は必ず帰って来い、バルズエル。笛などなくとも、お前の力は既に証明されているのだからな』


 名前を呼ばれると、少年の中に言い様のない感情が湧き起こる。

 それは人なら誰もが持つ喜びという感情のはずだったが、少年はどこか口元を強張らせ。


「……はい、父さん」


 なんて、本当に震えた声を出すのが精一杯になってしまう。

 その理由について言及することはなく、通話越しの父はふっと微笑んだ後、では頼んだぞと上司の声で念押しをして通信を切った。


「……邪魔をするな」


 誰にも聞こえない場所で誰にも聞こえぬように呟いた言葉は、一体どこへ向けられたものか。

 ガン、と机を一度強く叩いたバルズエルは、どこか苦しげな顔で通信室を後にした。



  **☆**



 朝。目が覚めたフラリッタは見知らぬ天井に目を細めて、それから人の家に泊まっていたことを思い出す。

 疲れも取れて頭もリフレッシュした今となると、本当に巻き込んで良かったのだろうかという不安も湧いてくるが、これは既に決めたことだ。今更引き返すことはできない。


「……姉様起きて。始めるよ」


『メイドちゃん』に作ってもらった朝食を食べてから、虚像のレヴィアは何やら色々と準備をしているフラリッタを見た。


「……それで、あなたはどうするつもりなの? なんだか隠密行動でもしたいみたいだけど」


 今のフラリッタは、かつて砂漠を旅した時のように、茶色のローブを羽織って顔まで完全に隠していた。

 まああの時とは人の目を避ける理由は全く違うのだが。


「もちろん、隠密行動するんだよ? だから久しぶりにこんなローブなんか着てるんだし」

「……私には頼らないってこと?」

「頼るには頼るよ。でも、一緒には来なくていいかな」


 顔を隠したフラリッタは、目も合わせないままソファでだらけているサントを見つつ。


「二人には、とりあえず外にいてほしいんだ。あいつらがどこまで私たちの事情を知っているかはわからないけど、事実として私は殺されてる。なら、残ってる脅威は姉様だけなんだから」

「私が違う場所にいれば、議会の人間かもとは思われても、私たちがやったとは思われないってこと?」

「そういうこと」


 これが、言っていたカモフラージュ。

 万が一フラリッタたちを先に殺そうと動かれても、母に危険が及ぶことだけはないように拠点を別に確保した。

 そして、そもそもフラリッタたちが嗅ぎ回っているとさえも思わせないように、サント本人までをも利用する。

 フラリッタの考えを理解したレヴィアは、感心したように「はー」と溜め息を溢した後。


「念の為訊いておくんだけど、私がこれと二人で行動することになってるのは、意地悪したいからじゃないのよね」


 ピッと指をさされてどこか不服そうに顔を顰めたサントだが、二人の会話の意味を悟った瞬間、眠たげだった目を一気に輝かせる。


「ん!? じゃあつまり俺はあんたの指示でレヴィアとデートできるってこと!?」

「誰もんなこと言ってないっ!」


 思わず叫び返すレヴィアには、今のフラリッタでも口元に笑みを浮かべてしまう。

 そんな口元をフードの下から覗かせつつ、フラリッタはどこか楽しげな声で伝える。


「意地悪はしてないけど、これは私を優先した結果かな。だから嫌ならそっちは好きにしてくれていいよ。でもできれば二人でいてくれた方が、特に男といてくれた方が、向こうも勘違いしてくれると思うんだよね」

「つまりデートのフリしろってこと……? これと……?」

「なあさっきから物扱いするのやめてくんね?」

「嫌だったらいいって。こっちも上手くやるし」

「う……いや、フラルの命令ってことにしておく。これ以上譲歩されたら、私の意思ってことになっちゃうし」

「無視も酷くね?」


 サントは扱いの悪さに若干怒っているが、今のレヴィアの発言は、裏を返せばデート自体はしても良いと思っているということになる。

 まだまだわかってないなぁ、と初々しい二人をニマニマ眺めつつ、フラリッタはサントの方に顔まで向けて。


「姉様は本当に嫌いだったら関わりもしないから、いじってる時点でそこそこ信頼度はあるよ」

「フラルっ! 余計なこと言わない!」

「え、マジで? 俺やっぱ期待していい?」

「そういうことばっか言うから無視すんのよ」

「う、わかったよ黙るよ」

「あはは……まあごゆっくり」


 果たしてこんな二人が一日でどこまで変わることか。

 正直突発的に出会っただけで姉を泣かせた人なんだから、半日くらい二人きりにしたらかなり進展するのではと思っている。

 まあそんな期待は自分がもう一度この世界に帰ってくるための切符にしておいて、今は冷たい暗がりに沈んでいく覚悟だけ決めよう。


「じゃあ、姉様たちが先に出てね。姿が確認できない状態だと怪しまれるかもしれないから」

「はーいはい。んじゃ、あんたも出かける準備なさい。そんで少しでもデートだと思うならそれっぽい場所に連れてって」

「えー? 俺そんな場所知らねえよ」

「どこでもいいっての。調べてもいいから」


 そんな風に動き出す二人を眺めつつ、フラリッタは少し窓の外に目を向けた。


「……私も、誰かに頼りたいな」


 かつては一人でやるしかなかったが、今は事情を知っている友達もいる。

 そういう人には、頼ってみてもいいのだろうか。

 まあ良いのではないだろうか。あいつは、フラリッタに頼られるとどことなく嬉しそうだし。

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