第3話 闇を纏って
その夜、レヴィアが深い眠りについた後、フラリッタは昏い瞳で二つのスマホを持って客室を出た。
最近の家は防音性も高いし、部屋の外でもいいかと思ったが、もしもレヴィアが起きて探されたらすぐに気づかれてしまう。
念の為リビングに入ったフラリッタは、しっかりと扉を閉めた後、電気もつけずに二つのスマホを操作する。
「顔認証もあるなんて、甘いよ姉様」
利便性を求めればセキュリティが甘くなる。
指紋だけでなく顔認証まであるおかげで、フラリッタもレヴィアのスマホを使えてしまう。
まあ悪用するつもりはないので、さっさと必要な番号だけを写して姉のスマホはその辺に置いておく。
本当に用があるのは、フラリッタではコンタクトの取りようのない相手。
つまりは、姉も議会としか登録していない、あのクロスよりも染まっている人間だ。
『ふむ。フラリッタ、か』
出たのはやはりあの面接官の男。
もしかしたら窓口用の電話番号なのであって、時間によっては人が変わるかと思ったが、そんなことはなかった。
「わかるんだな。私の番号もそちらには登録されているのか?」
『所属している以上はな。それより、どうしたこんな時間に。こちらとて人間だぞ。休む時間というのも必要で』
「休む? はっ、何を言っているんだ。今の魔法には疲労を取る魔法だってあるんだろう? だったら、お前らのやっていることはわかる。人を人とも思わぬような、同一人物による二十四時間対応だろうが」
『……なるほど。目覚めた、というわけか』
「記憶の話か? だとしたらまだだが、これは封印であって消去ではない。人格に影響を及ぼすほど、まして培った技術に影響を及ぼすほど強いものではないぞ」
『わかったわかった。それで、何が目的だ。何が欲しい?』
やけにすんなり言うことを聞くが、やはり過去のフラリッタは議会に所属せずとも関わりがあったのだろうか。
それとも、失った三十年の間に何かしら取り引きがあったか。
何にせよ強気の態度で押し切れるなら利用しない手はない。フラリッタは目を瞑り、そして機械音声のように平坦な声で答える。
「西大陸に存在する反抗勢力、その居場所と構成員を含む、お前らが持つ全ての情報だ」
『……壊滅させる気か。あれとて裏社会を統括する頭だぞ。いきなり何の前触れもなく潰せば混乱が起きる』
「ならばその混乱をお前らが収めればいい。今まで付け入る隙もなかった業界に入り込み、そして食い荒らせばいいだろう。そうやって議会はのし上がって来たはずだ」
『……貴様は本当に何者なんだ。記憶もなく、社会も知らぬ貴様が、なぜそこまでこちらの事情を理解している』
「さあな。思い出そうとしても頭痛がしてアクセスできない。これでは理由の説明など不可能だなあ」
『……チッ、ここまで我々を虚仮にして来たのも貴様が初めてだぞ。わかっているとは思うが、貴様のおもちゃのほぼ全てを我々が管理しているんだ。発言には気をつけたまえよ』
「そうか? まあ今は踊っておいてやる。だからほら、寄越せよ。あるんだろう? 適度に削りつつ、建物などに損害を出させ、それを修繕するという名目で金を巻き上げるための、情報が」
本当に、なぜ自分はここまで知っているのか。
それは最早やられなければ知らないやり口なような気もするが、フラリッタは別に反抗勢力を率いていたというわけでもない。
それだったら母や姉に何か言われているだろうし、まず、こんなところに来る前に潰されているはずだ。
だからその疑問にはまた蓋をしておいて、少し時間がかかったが送られてきた情報に目を通していく。
「……、これで全部か?」
『ああそうだ。そもそも、大陸全土に及ぶほど巨大化した組織など、こちらでも追い切れてはいない。追えている勢力もあるが、西大陸の物に関してはある時を境に壊滅した。全て同じ、何者かによって制圧された後、我々に直接通報するというやり口でな』
「私がやったと?」
『貴様は西大陸の生まれだ。そして初めに潰された組織は、ちょうど今貴様がいる周辺を牛耳っていたものだ』
「ほーう。そうか、なら私かもな」
嫌味も皮肉も真っ向から受け止めてやる。
それだけで汚い大人たちは次なる言葉を探すために黙り込むんだから、認めるというのも案外武器になるものだ。
「まあ、後片付けは好きにしろよ。当時の犯人が誰かを突き止めるのも忘れずにな。もしお前らから私に文句や報告があるのであれば、できればクロスを通してこい。この番号から電話をかけられても、私は絶対に出ないからな」
『……どこまでもふざけたことを。それで勝った気でいるのなら、いずれその慢心が貴様の足元を掬うだろう』
クロスを通せ、というのは暗に、さっさと人質にして身動きを封じたら許さないからな、という忠告でもある。
それがわかるのだろう、面接官もしていた男は苦渋に満ちた声でどうにか反撃してくるが、今のフラリッタを言い負かすだけの材料など、議会にありはしない。
「そっちこそ、だけどな。まあ私の扱いなど好きにすればいい。どんな死地に送り込まれようと、その全てを壊滅させてお前らの元に舞い戻ってやるからさ」
『……』
何か言いたげな沈黙の後、向こうから電話は切られた。
その画面を暫し冷たい笑みで眺めていたフラリッタだが、やがて二つのスマホをポケットに入れてリビングを出る。
もう時間も遅いし本体を扱っているのは自分なので、しっかり体を休めなければ疲れが残ってしまう可能性もあったが、どうしてももう一箇所だけ寄っておきたかった。
「家主の部屋は?」
闇の中に佇む『メイドちゃん』に案内を頼めば、こんなに鋭い気配を纏っているフラリッタでも案内してくれた。
客人と判定されているのだろうが、家主が騙されていたらどうするのだろうか。
まあ私には関係のない話か、と背後でお辞儀をする『メイドちゃん』に見守られながら、サントの私室のドアをノックする。
「……あ? 妹の方か」
「一向に私のことは名前で呼ばないな。まあ私に色目を使われても困るからそれでいいが」
さっきまでの剣呑とした気配は消して、ある程度人間らしい表情で話しかける。
「……何の用だよ。こんな時間に」
部屋に入る気はないという意思表示に壁に背を預けて、相変わらず胡乱げなサントの問いに答えておく。
「少し、忠告というか、お願いをしに来た」
「……こんな時間に?」
「姉様が寝るのを待ってたんだよ。あ、でもだからって入るなよ。流石に殺されるからな」
「なんの警告だよ。行かねえよ。俺だって『魔神』の危険性はわかってる」
「ん、じゃあそれはいいとして」
本題を話すにあたって、フラリッタはもう少しだけ柔らかい表情を作る。
ここで睨んでしまったら、それこそサントは反発するだろうから。
「姉様のこと、好きか?」
「……、……いきなりなんだよ。あいつに頼まれたのか?」
「いいや? 今言った通り姉様は寝てるよ。ただ少し気になったんだ。あの姉様を好きになってくれる人が、本当にいるのかなって」
「……そりゃ、確かにレヴィアも毒舌だし冷てえけどよ」
言い淀むサントの顔は、暗がりでもわかるほど赤かった。
姉様と同じだ、と恋を知らぬフラリッタは単純な興味でその顔をまじまじと見つめ、次の言葉を待つ。
「それでも、可愛げがあることくらい、妹のあんたならわかるだろ。そこまで、人のことを見てるあんたなら」
「ああ。だけど姉様はそういう弱さを他人に見せない。だから、そんな姉様を引き出せたお前に、私は頼んでみたい」
「……なんだよ」
やっぱり警戒されているサントに対して、フラリッタはおもむろに壁から背中を離し、そして居住まいを正して。
「姉様のことを、ちゃんと見てやってくれ。姉様だけを、見てあげてほしい。あの人は、ああ見えて弱い人だから。強がることで自分の心を守っている人だから、思わず反発しちゃうところにも目を瞑って、しっかり傍にいてあげてほしい。頼む」
そう言って頭を下げれば、流石にサントも驚いていることが気配で伝わってくる。
だがわかるからって顔を上げたり、何かを付け足すようなことはしない。それをしてしまうと、誠意が薄れてしまうから。
そして頭を下げたまましばらく待っていれば、ようやくサントは口を開いた。
「……んなの、頼まれなくたってやるっての」
「ん……そうか」
「まあ、向こうが許してくれんなら、だけど」
顔を上げてサントの表情を見る。
そこには隠すこともできないほどありありと、脳裏に浮かぶ人への好意とそれに対する恥ずかしさみたいなものが描かれていた。
だからフラリッタは、それを受け入れるように笑みを浮かべて。
「許すさ。今の姉様なら。お前は私ですらも知らない姉様の傷に触れて、そして蓋をできたんだ。なら、誠意を持って接する限り、姉様がお前を嫌うことはないよ」
「……誠意、か」
「まあ他の女の子に目移りするなって話だ。後は姉様だけを特別に見てあげてよ。私も姉様は支えているつもりだけど、姉様にとって私は守らなきゃいけない存在だからさ。家族以外に、心の支えとなれる人が必要なんだよね」
そこまで言えば、サントも神妙な面持ちで頷いた。
自分がその存在になってやるとでも思ったか。
正直ここまで肩入れしてやる必要もないとは思うのだが、家族以外でレヴィアの本心を引き出した稀有な存在ではある。
姉にとって必要なら、フラリッタも目をかけてやろう。
「そうか。なんかありがとな。そんな、本人の前じゃ言えなさそうこと」
「まあ私も姉様には幸せになってほしい。お前は別に、悪い奴じゃなさそうだから応援だけはしておく」
「……そんな簡単にわかるもんか? だって俺ら、会って一週間もないぜ」
「わかるもんなんだよ。私には。だがまあ、私の目すらも欺くような大悪党だったなら、その時はきっちり真っ向から姉様を取り戻させてもらおうか」
「不幸にゃしねえよ。したくはねえよ。そんであんたとも敵対したくねえな」
「私もだよ。できれば人は斬りたくない」
「……あんた、やっぱそっち側なんだよな」
「まあな。できるだけの力があるからさ。それじゃ、もう遅いし私は戻るよ」
「ああ。ありがとな」
サントは、揺れやすいだけでまともな人間だ。
きっと、フラリッタなんかより。
(ここまですれば姉様が見捨てられることはないかな。後は、姉様自身が羞恥心なんて変な感情で突き放さなきゃいいけど)
どう進もうがレヴィアの人生ではあるが、本当にあの人があそこまで乙女の顔になっていたのは初めて見た。
だから、フラリッタは純粋に気になる。
恋とは、人をどこまで変えるのか。レヴィアが、どこまで変わるのか。
本当に苦痛に歪んでいくなら考えるが、その心に楽しさがある限り、フラリッタは二人の関係を応援していこう。
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