第2話 冷酷な指揮官

「お前……誰だ?」

「ああ、お前でもわかるのか。私はフラリッタ。レヴィアの妹だよ」


 そうしっかり挨拶もしたのに、サントはさらに胡乱げな目を向けてくる。


「……あんたらって三つ子なんだっけ?」

「いいや? 正真正銘私たちは双子だよ。とりあえず、話がしたいから奥まで案内してもらっていいか?」

「あ、ああ、悪いな。こんな場所で」


 レヴィアがあんまり動かなかったため未だに玄関に居座っているので、せめて座って話せる場所に案内してもらう。

 ここも一応議会に与えられた家ではあるので、設備はかなり整っていた。

 だが大陸が違えば趣向も違うのか、室内の構造からして何もかも違う。

 まず天井は吹き抜けではないし、二階へ繋がる大階段もない。

 もしかしたらあちらがレヴィアの趣味趣向なのかもしれないが、他の人の家に上がったことがないのでわからない。

 そのまま一つ扉を抜ければ、そこはもうリビングだった。こっちの方が使い勝手良さそうと思ったのは内緒である。


「いらっしゃいませ」

「……ここにもいるのか」


 リビングで来客を待っていた『メイドちゃん』にはぎこちなく手を振っておいて、促されたソファに浅く座る。


「それで……まずあんた本当にレヴィアの妹ちゃんなのか?」

「ああ。姉様に訊いてくれてもいいぞ」

「……にしては雰囲気違いすぎないか?」

「変えているからな。まあ基本的にお前と接する時はこっちの私だろう。あまり可愛く振る舞って、姉様に心労を与える気もないしな」

『えっ、ちょ』

「……それは、あいつにも少なからず俺に気があるってことでいい?」

「まあどう受け取ってくれても私は構わない。それで変なことを言って痛い目見るのはお前だからな」

「……そっすよね」


 サントが落ち込む様子を見て、裏のレヴィアも安堵していた。

 そうなるとわかっていたから適当に付け足しはしたが、なぜ姉はその気持ちを隠したがるのだろうか。

 好きなら好きと言葉にしてしまった方が、誤解も起きないし相手を縛れると思うのだが。


『……恋ってね、そういうのじゃないのよ』

『認めちゃったね』

『…………別に、私の話じゃないわよ。一般的に、好きって言う気持ちは、言いたくても言いづらいものなの!』

『ふーん。上手く切り返したね』

『……普段のあなたが消えてるわよ』

『ああごめん。けどこいつの前ではこっちじゃないと』


 姉のおもちゃを取るつもりはない。

 ましておもちゃから好かれても全然嬉しくない。

 だから、冷たいフラリッタだけを見せる。

 まかり間違っても、その気持ちがこちらに向かないように。


「それで、だ。お前、覚悟はあるって言ったよな?」


 姉との話もそこそこに、現実でサントと話を進める。


「はえ? なんの話だっけ」


 だが馬鹿は目の前のことで一杯一杯らしく、すでに一つ前の話を忘れていた。

 フラリッタは思わず嫌味が飛び出そうになるのを抑え込んで、本題を思い出させてやる。


「面倒な諍いに巻き込まれることの。姉様と一緒ならいいって言ったよね」

「あ、ああ……言ったな。でも、あんたはなんていうかその……仲間なんていらなさそうだが」

「まあな。実戦に出るのは私一人でいい。元々これは一人でもできることだ。だからお前には、拠点の確保とカモフラージュの役を担ってもらいたくてな」


 巻き込んでいいのか、という言葉はこの辺りに繋がってくる。

 確かにここには実家があるが、そのまま帰ればフラリッタが生きていることがバレかねないし、何より無関係な母を巻き込んでしまう。

 それだけは、避けたかった。


「……あんた、姉貴より冷酷な指揮官って感じがするな」

「はは、指揮官か。面白いな」

「え、な、何がだ?」

「いや、私たちはそもそも、たった一人で国を壊滅させ得る戦力だ。本来は人を指揮する必要も、まして誰かに指揮される必要もない」

「……さいですか」


 あるとすれば精々協力くらいか。

 個と個で役割を分担することはあっても、この時代に郡を率いる将の才覚は必要ない。

 それでも、フラリッタの考え方は使えるものは使い尽くすなので、最善の結末を掴み取るためには自分も努力するし他人にも強制する。

 ただその巻き込む人間は選ぶというだけで。


「で、やるのかやらないのか。やらないなら、それはそれでいい。私がこれから手を出すのは、多分反抗勢力とかって呼ばれる連中だからな」

「おいおい、そりゃあ『リエルリレイリア』のことか? だったらやめといた方がいいぜ。そいつらは議会が本気で探し回ってんのに、未だ拠点のいくつかが発見されてるだけって状況だ。それもマルバとかのレベルじゃねえと攻略できねえのに、一人で行って勝てるわけ」

「勝てるとは思うがな」

「……」

「ああすまない。遮ってしまったな。だがまあ、今の私はたとえ死んでもいいんだ。昔は返り血すら浴びないように立ち回っていたような気もするし、怪我を恐れず突っ込んでいいなら、人間である以上勝ち目はあるはずだ」


 ボロボロのフラリッタを即死させてきたあの着ぐるみにしても、本気で挑めば勝てるはずだ。

 何しろこちらは残機が無限にある。たとえ相手が格上だろうと、何度だって挑み、その行動を把握し、そして勝ち筋を見出せばいい。


「まあ色々と疑問に思うことはあるだろう。それに関しては後で説明してやるとして、お前に一つ、私の強さを見せておこう」

「……自信はあるみたいだが、姉貴より強いのか?」

「強い。それは姉様が認めてる」

「……どう、見せてくれるってんだよ。流石にうちの中で暴れ回られても困るぜ?」

「そんなことはしない。ただ、これでわかるはずだ」


 ただでさえ冷たい殺意のようなものを纏っているフラリッタが、立ち上がり、剣を抜いた。

 それだけで、座っていたサントも立ち上がり、思わず体が臨戦態勢に入る。


「ほう、立ち向かうだけの勇気はあるか」

「…………あんた、一体なんだ。その気配は……、人を殺せる奴のもんだろ」


 わかるのか、と呟きつつ剣をしまう。

 するとサントも緊張の糸を解くが、まだこちらを警戒しているようだった。


「お前は、人を殺したことはないか?」

「……ねえよ。それも嫌で、議会からは離れてたんだ」

「そうか。そういえば臆病者だったな」

「……悪かったな」

「いや、普通の人間はそれでいい。私のようなことをする人間は、本当はいない方がいいんだ」

「……そうかよ」


 双子の姉妹で共に臆病であることは肯定する。

 しかしその理由が明確に違うために、サントは何かを考えていたようで。


「……あんたの姉貴は、まだ可愛げもあった」

「ふむ」

「けどあんたは……なんか嫌だ。超人みてえって言うか、人間らしくねえ」


 そんな回答には、心を冷たくしたフラリッタも少しだけ目を丸くした。


『いいね。やっぱり姉様も人を見る目はあるよ』

『え、な、なに急に……。こんな怯えるサントのどこに興味を持ったわけ?』

「人間らしくない、か」

「『……』」


 それはサントとレヴィアで大きく受け取り方が違うだろう。

 だから、姉の方に合わせておく。


「怪物だ化け物だなんてのは今まで散々言われたが、そんな私をそれでも人間に置こうとするんだな、お前は」

「……」

「やめた。本当は愛と恐怖で動かすつもりだったが、ここは私も腹を割って話そうじゃないか」

「サラッとえげつないこと言ったな?」

「ふふふ、汚い大人とやり合うには必要な力だ。まあこんな私では恐怖による支配しかできないからな。姉様も怯えてしまうし、もう少しだけ感情を入れようか」


 目を閉じ、心の動きを作り、表情を取り戻す。

 改めて目を開けば、そこには輝きを取り戻したフラリッタがいる。


「……姉様、ちょっとごめん、私人見知りだった」

「もぉ〜……自分でやるって言ったじゃない……」


 ちゃんとした自分で人と向き合おうとしたら、異性の他人はあまりにもハードルが高かった。

 今までは戦場で立ち回るための駒としか考えていなかったから良かったが、相手を人として認識した瞬間に不安や心細さがやってきたのだ。

 それで姉の虚像を呼び出し、その背中に隠れるが、一連の流れを、サントは口をぽかんと開けて眺めていた。


「……レヴィア、か?」

「ええそうよ。サイドテールが私。ストレートなのがフラル。ちゃんと違いは作ってあるんだから、間違えないでよね」

「どうなって……? あ、転移か?」

「「違う違う」」


 二人で否定しておいて、それから一緒に不老不死や融合のことを話しておく。その、真実を知ることの重大さも。

 サントは頭を抱えていたが、フラリッタが「姉様に一歩近づいたね♪」と言ってやれば、考え方を変えたようで表情を明るくしていた。

 レヴィアには軽く頭を小突かれたが、これくらいのお節介は許してほしい。


「え? てか常に裏にいたんなら、俺の言ったことも全部知られてる?」

「あ、うん。まあ、聞かなかったことにはしてあげるけど」

「……どう思った?」

「根がまともじゃなければここで使い潰してたよ。姉様は私を守ってくれるんだ。だから私も姉様を守らないと」

「なあレヴィア。あなたの妹さん、時々トゲどころかナイフで突き刺してくるんだけど?」

「私は時々どころか常々だけどね」

「……それはただの毒舌だからまだいいんだよ」


 好感度の違いが目に見えてわかるようになってきた。

 サントからしてみれば、レヴィアは死線を共にした仲間で、ちょっと気があるかもしれないと思える意中の人だ。

 だがフラリッタは、初対面で恐怖をこれでもかと与えてきた上に、笑顔で言葉のナイフを突き立ててくる人だ。

 ここまで差を作れば、サントの心がこちらに向くことはないだろう。


「それで、とりあえず今日は泊めてくれる?」

「ああ拠点だっけか。客室はさっき除菌の魔法もかけておいたし、そっちは好きに使ってくれ」

「あんたの部屋は?」

「……来たけりゃ来いよ。けど俺も、そこまでされたら勘違いするからな」


 部屋まで案内するよ、と立ち上がったサントを見つつ、フラリッタはもうちょっと姉をつついてみる。


「私、お邪魔みたいだから姉様に体譲るね?」

「ちょっ……何言ってんのよ、そっちの方がまずいでしょうが……!」

「そう? ならこのままでもいいけどさ」


 でも、二人になりたかったらいつでも言ってね、とウインクまでしておいて、フラリッタも立ち上がる。

 最後に歩き出したレヴィアの顔は、羞恥で真っ赤に染まっていた。

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