五章 黒白の悪魔編

第1話 作り物の顔

 月明かりの下、音もなく立ち上がったレヴィアは、妹の指示、もとい命令に従って、二重の意味でものすごーく恥ずかしいのを我慢してある人物に電話をかける。

 まだそんなに時間も経ってないし、出られない状況かもしれないと思ったが、そいつは留守電に変わる前に出てくれた。


『え、もしもしどうした? なんかまずいことでもあったか?』

「まずい……ええまあ、まずいことはあったわよ」

『なんだなんだいきなり俺に頼み事か? それならまたデートしてくれるならなんだって聞いてやるぜ?』


 こんな調子乗ってる奴に頼みたくないんだけど……! とレヴィアは心の中の妹に抗議するが、戦闘モードの妹はいいからと冷たい声で催促してくる。


「……あの、さ。とりあえずさ、理由は訊かずに、あんたの家の住所教えてくれない?」

『……』


 その沈黙は何を考えているのだろう。

 流石にこの場にいない人の気持ちまではフラリッタでも見通せないので、ひたすらにサントの返事を待つ。


『俺、なんかしたか……?』


 やがて捻り出された結論はそんなものだった。

 どうやら何かしらのやらかしが発覚して、その腹いせに座標指定爆撃でもされると思ったのかもしれない。


「あんたはなんもしてないわよ。いやしてないからこそ目をつけられたって言うか……」

『い、一体なんなんだよ。一応言っておくが、俺はあんたに議会でシメられてからは他の女の子にデレデレしてないぜ!』

「んなこと聞いてないのよ! とりあえずさ……教えてよ。私のことを、信じられるなら」


 やはりレヴィアは下手に芝居をさせなくても人の心を動かし得る。

 それも向こうに好意があるのだから、追い詰めてやれば守りたくなるような態度は出てくる。

 黙ったままのサントは何をしているのか、とレヴィアは次第に焦っていくが、通知音が一つ鳴るとその顔を安堵に輝かせた。


『……とりあえず、そこが俺の家だ。けど俺一人暮らしだぜ。そっちの方が色々楽だからな』

「むしろそっちの方がありがたいわよ」

『あ、ありがたい……!? それってもしかして……』

「変な気起こしたら朝まで意識ないわよ」

『そ、そっすよね……』

「……まあ、これを見たら変な気なんて起こせなくなるだろうけど」

『?』

「まあまあ、とりあえずさ、今からそっち行っていい? この距離ならすぐだけど」

『ちょ、ちょっと待ってくれ! 今リビング片付けてるから!』

「ん、じゃあ着いたらインターホン鳴らすから、良ければあげてちょうだい」

『わ、わかった』

「ほんじゃあね」


 電話を終えてから、レヴィアはものすっごく疲れたように溜め息を吐き出す。


『これで襲われたら流石にあなたでも恨むからね!?』

『いいよ。好きなだけ恨んで。今の私は、誰かを巻き込むことを良しとした。そのために受けた被害について糾弾される分には、私はどんな罰でも受け入れるから』

『……お願いだから優しさ見せてよー。今のあなたは妹ってより超怖い上司なんですけど』

『……でも姉様も嬉しいでしょっ? あの人のこと、少なからず好きだもんねっ!』

『そういうことじゃなーいっ!』


 頑張って普段の声を出したのに。何が不満だと言うのだろうか。

 それすらわからなくなったフラリッタは、まずはあいつの家に向かってよ、とレヴィアに新たな命令を出す。


『……あなたが歩けばいいじゃない』

『一応あいつの意思を確認しないと。嫌だって言うのに巻き込むのは可哀想だからね』

『嫌だー! 巻き込まれたくなーい!』

『……そう、なんだ。わかったよ。じゃあ、私一人でやるから、お姉ちゃんは家でゆっくりしてていいよ』

『ねえ待って。そういう時だけ寂しいけど我慢する妹の声出さないで』

『じゃあ、好きにしなよ。どう足掻いても大量の情報が流れ込んでくるそこで、私は何も関係ないって耳を塞いで蹲ってればいい』

『……ごめん。私が悪かったわ。だから、お願いだからせめて甘える妹の声にして?』

『……わかったよ。戦闘中以外は普段の声でいる』

『うん、うん……! おかえりフラル……!』

『あの私って姉様の妹じゃないんだ』

『だって、怖いもん。見たことないもん』

『そうだね。こうなることがわかってたから、母様にも見せたことはなかったかな』

『……今の私には、見せてもいいと思ったんだ』

『これからはどんなに頑張っても見えちゃうだろうからね。まあけど、嫌だって言うなら隠しておくよ。姉様は魔法面で頑張ってもらわなきゃいけないのに、精神的に不安定だと危ないから』

『うん。そうして』


 そんな姉妹喧嘩(?)をしていれば、サントの家だという場所にはついてしまった。

 多分議会に与えられた関係者用のマンションだが、どうやら最寄駅は同じだったらしい。

 こっちも関係者だが居住者ではないのでインターホンを鳴らし、サントを呼び出す。


『マジで早えな。一応エントランスは開けるけど玄関の前で待っててくんね?』

「この私を待たせるの?」

『……男の私物を見たいのであれば俺は歓迎するぜ』

「待たせていただくわ」


 そんなものをリビングに置いとくなよ、とはレヴィアの心の声だが、フラリッタ的にはもうそういう物は片付けられている気がした。

 だからそれは、額面通りの意味。

 大方、洗濯の終わった服なんかを、どうせ明日着るからとその辺に放ってあったのだろう。

 でも流石に異性を招くには恥ずかしいから、それっぽい感じに言って誤魔化した。


『……マジであなただけは敵に回したくないわ』

『あはは、大丈夫だよ。敵対したくても体が一つしかないから』

『……敵対したいの?』

『そんなわけないじゃん。姉様が好きなのはほんとだもーん』

『うん、そうよね』


 姉の扱いは知っている。

 今の精神状態だとどうしても冷たい側面が顔を見せるが、レヴィアだけは絶対に手放すつもりはなかった。

 その脅威は知っているし、何より『魔神』は便利だ。

 手元に置いておいて損はない。

 まあ、その本心の奥の奥には、身内を斬りたくないという、子供っぽい一面もあるのだが。


  *☆*


 ちゃんと協力者らしく最上階を与えられていたサントの部屋に、五分ほど待たされてからあげてもらう。

 出迎えたサントも、迎えられたレヴィアも、お互い相手の顔を見れずにぎこちなく挨拶を交わしている辺りにフラリッタは恋の予兆を感じるのだが、それを姉に言うとノータイムで否定される。いやもう好きじゃん。


「それで、一体何があったんだよ。いきなり、こんな家に上がり込むだなんて」

「それについては……ちょっと他の人から説明してもらいたいんだけど……それをするためには一個質問に答えてもらわなきゃいけなくってさ……」

「な、なんだよ」

『私のこと好き?』

『フラルッ!!!』

『言ってないじゃん。誘導しようとしただけで』

『それが問題って言ってんの!』


 気を取り直して。


「あんた、あの悪魔よりやばいのと戦う覚悟ある?」


 心の中の憔悴や葛藤なんかは全部押し隠して、レヴィアは至極真面目な顔で訊ねる。

 普段の調子を出すためいたずらっ子になっているフラリッタは、口を押さえてふふふ……っ、と笑ってみたりもしているが、姉のポーカーフェイスは崩れない。


「……あの悪魔より、ってのは……俺が出した邪竜より?」

『あれを毎回出せるなら私すらもいらないんだよね』

「んなわけないでしょ。あんなレベルが出てきたら迷わず逃げるわよ」

「じゃあ……いけんじゃねえの? 流石に邪竜クラスになれたのは今回が初めてだけどよ……そんなこと訊いてくるってことは、あんたの戦いに参加するってことだろ? なら、またあの運気上昇の魔法を貰えばいい」

「まあ、そうね。それで望んだ物が出てくるなら、私だって魔法は惜しまないわ」


 だってよ、どうすんの? とレヴィアに訊かれ、フラリッタはここだけ冷徹な顔をする。


『姉様は、いいの?』

『え、何が?』

『こいつを巻き込んで。好きなんでしょ? 少なからず。守りたいと、思ってるんでしょ?』

『……好き、じゃない。今認めたらあまりにもチョロいでしょ』

『じゃあ、いいの?』

『……ええ。あまりにも能力がピンキリで、性格的に強くはないけど、それでも多分、本当に運だけはあるから』

『そっか。じゃあ、私から話すよ』


 そして魂を切り替える。

 改めてフラリッタが目を開いた時、その前にいたサントは、どこか胡乱げな目をしていた。

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