幕間 真の化け物
取り囲むように的が現れては消える。
それを撃ち抜くための魔法を射出している魔法陣も、また雷の初級魔法を撃っては消える。
大量の的を大量の魔法で撃ち続けていれば、目の前を高速で何かが通り過ぎようとした。
だからそれを右手で掴み取れば、ビー! とブザーが鳴って訓練は終わる。
「うむ。精度、速度、感知範囲、どれも申し分ないようじゃな。どうじゃ、その体には慣れてきたか?」
「そうですね。これだけの能力を重ね合わせておいてラグも発生しませんし、本当に人間とは何もかも違うようです」
ステアニアは人間にしか見えない機械の腕を軽く握る。
人工的な魂の器など、どこかしらでボロが出て使い物にならなくなるのではないか、なんて思っていた時もあるが、蓋を開けてみれば完全に人体の上位互換。
取得できる能力数も、能力自体の強度も、出力できる身体能力も、何もかもが人間の時とは比べ物にならない。
その強さを例えるならば、レヴィアとフラリッタが互いの能力を使える状態で、さらに機械によるサポートを受けている、とでも言えばいいか。
とにかく、今のステアニアは誰にも負ける気がしなかった。
魂自体が魔法によるプロテクトを受けているので、この肉体を盾にすれば消滅さえも回避できるだろうし。
「まあこれだけやれば実戦にも耐えられるじゃろう。思想の執行人にもなれるじゃろうしな」
「あの、その思想ってなんですか? 結局私教えてもらってないんですけど」
「あまり気にせんでも良いことではあるが、気になるならまあそうじゃな。剣の扱いでも磨きながら教えてやろう」
ステアニアの目の前に、訓練用のただの剣が生み出される。
それと同時に、少し離れたところにフラリッタの通常時の動きをトレースしたという人形まで出てきた。
前にも一度だけ、せめて身体強化のみのフラリッタは超えろと言われて戦ったこともあるが、あれの真に恐ろしいところは常に相手の動きを学習し、攻め方を変えてくるところにある。
そんな雑談しながら戦える相手じゃないんですけど、とイブリスに非難がましい目を向けてみるが、平然と受け流されて。
「ほれ始めるぞ。へばったらやめるから、最後まで聞きたければ頑張ることじゃ」
「お師匠って優しいようでめっちゃ厳しいですよね!?」
一回の踏み込みだけで音速を突破するフラリッタは、やはり何もかもおかしいんだと思う。
そして機械に四本の腕を使わせ、膂力を底上げした状態で振り下ろされる剣は、今のステアニアでも受け止めると地面に足がめり込む。
「ぐ……こんなの人間の体で受けたら足の骨が折れますよ……」
カンっ、と無理やり剣を弾き返し、ステアニアからも攻撃する。
そんな様子を見ながら、イブリスは朗々と語り始める。
「思想と言うても愚か者たちが掲げる優生思想などではない。そんなのは守らずとも勝手に生まれてくるし、この世界に魔法があり能力がある時点で消えはせん」
「ではなんですっ?」
「……お主は議会の成り立ちを知っておるか? どんな理念の下に、どんな願いの下にこの組織が生まれたか、その根幹の部分をお主は理解しておるか?」
「知りませんよそんなもの! だって隠してるのはあんたらお偉方でしょう!?」
「今となってはな。議会自身がその理念を守れなくなってしもうたから、もう誰にも教えることはない」
軽くて頑丈なだけの剣を振るう。
鍔迫り合いなどしようものなら体の使い方で負けるので、基本的には受け流すか弾くようなぶつかり方が必須となる。
だがそれが通用するのも三回までで、それ以降はこちらの攻撃を掻い潜ってこようとする。
だからステアニアがそれを防ぎ、また受け流せば、向こうは更なる隙を見出す。
ずっとそれの繰り返し。だと言うのに一瞬でも気を抜けば首を取られるので、集中を切らすことができない。
それでもイブリスは応援することもなく、淡々と続ける。
「じゃが、世界は変わろうとしておる。支配者を気取る愚者どもでさえ気付いてはおらんが、その影響は着実に今の議会の根幹を崩しておる。誰のことかはわかるな?」
「フラリッタ、のことでしょう! 彼女の心は、私の気持ちさえも変えて見せました! あれがなんなのか、どんな運命を背負ってここに現れたのかは知りませんが、彼女を長く置けば置くほど、今の世界は崩されるでしょうね!」
「その通りじゃ。人の暗い側面を見て育った彼女は、他者の本質的な部分に訴えかける力を持っている。そしてそれは本人でさえ気付かぬほど無意識に、心の奥深くへ突き刺さる」
いつかレヴィアがこんなことを言っていた。あんたももうフラルの影響下なのね、と。
それを言われたノルフィムはあまりわかっていなかったが、裏を返せばそれは、本人でもフラリッタの生き様に左右されていることに気付けないということを示す。
ステアニアも脳裏に、必死に訴えかけるフラリッタの姿を思い浮かべて、もうあの破綻した自分には戻れないことを悟る。
「そしてお主もまたあれに突き動かされ、守るために行動しようと躍起になっておる。ならば儂は託してみたい。世界を揺るがす力を持ち、それを正しきことに使える、お主たちに」
「それが、思想だって言うんですか? 正直お師匠の願いを叶えるためだけに使われるとか嫌ですよ?」
「安心せい。これは儂の願いでもあると言うだけで、真に願ったのはもっと心優しき一人の少女じゃよ」
「ふうん? お師匠がそこまで肩入れする人ですか。少し興味がありますね」
「いつか、会えるやもしれん。それまで、生きておればな」
「はあ……? まあ、ならいいです。それで、その思想とは?」
フラリッタを模倣したロボが、急に距離を取って停止した。
何事か、と身構えれば、相手の剣がうっすらと光を帯び、かと思えば神速の一撃で以て、こちらの剣を弾かれた。
「おや、負けてしもうたのう」
「……そんなに教えたくないんですか? 結局私がその思想として暗躍し始めれば、嫌でも私は知ることになるはずですが」
「そう易々とは言えんのじゃよ。さっきも言ったじゃろう。今となっては、議会自体がその思想に反しておる。こんな段階でお主が知ってしまえば、対抗策もないままに消されてしまうわ」
「……それだけでも十分な情報な気はしますが」
「まあ今はお主の気が向くままに、そして上が求めるままに動けば良い。その時は、いずれやってくる。そうなれば、彼女と一緒に教えてやろうぞ」
「フラリッタは、今のままでも合致するんですね?」
「うむ。そして思想の執行者としてはお主よりもよっぽど強い。もしかしたら、言わずとも辿り着いてしまうやもしれんな」
イブリスはそこまで言ったところで、出口に向かって歩き出す。
「え、ちょっと。どこへ行くんですか? っていうか私はこれから何をすればいいんですか!」
「ついてこい。そのための勉強をこれからする」
「えー!? じゃあまだ私、フラリッタのところには行けないんですか!?」
「それはお主の頑張り次第じゃ。幽閉されていた時と違って、努力がそのまま報われるんじゃからまだマシじゃろう」
「あんな囚人生活と比べないでもらえます!? そもそも能力を取り切ったら自由になるって言ったじゃないですかー!」
そんな抗議をしながら座学用の部屋に連れて行かれる。
結局のところ、ステアニアに拒否権はない。
それがわかっているから、せめてもの抵抗と、最大限の努力をしようと思うのだ。
全ては、自分の救世主様に会いに行くために。
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