第7話 貫くための

 大量の砂を蹴り上げ、フラリッタは勢いよく飛び出した。

 その余波を受けたのは真後ろにいたクロスだが、多少服についた砂を払うだけで済ませている。そんなこと以上に、戦う意志を見せたフラリッタが気になるのだ。

 敵の兵装のほとんどは対中距離から長距離用のはずだが、サブマシンガンなどもある通り、近接戦でも優位を取れるような武器も持ち合わせている。

 剣で戦うフラリッタとは相性が悪いはずだが、しかし。

 正面へと飛び出していったフラリッタは、いつの間にそんな距離を埋めたのか、すでに敵の喉元にまで迫っていた。

 だがその鋭い刃で致命の一撃を繰り出すわけではない。

 放たれた一閃は手元の銃を狙い、あくまでも無力化しようとする。

 すでに殺意を向けてきた敵にさえ、フラリッタは優しさを見せたのだ。

 だが戦場において情けは隙を生む。

 あのまま振っていれば腕の一本は持っていけただろうに、手元なんて至近の目標を狙ったせいで、後方への跳躍による回避を許してしまっていた。

 そこからの反撃は素早い身のこなしで避けているが、攻撃されている状態で近づくことはできない。弾切れまでは耐えるしかないだろう。


「……っと」


 ガチャリという重い音に、クロスは背後に結界を張る。

 いくらフラリッタが気になるからと言って、他の敵を疎かにしていい理由にはならない。

 むしろ背中を見せたのだから、それ相応に狙われる。

 それでも集中さえ乱さなければ、【不可侵】の結界が破られることはない。のだが、一回覚悟を決めると全部自分でやろうとする人はいる。


「姫様!?」


 改めて視線を戻したクロスの、その真横を縦回転する剣が駆け抜けていった。

 まさかの得物を投げ放つという暴挙に出たフラリッタだが、やるからにはその狙いは寸分違わず、クロスの背後で『ヴィクティム』の少女が構えたサブマシンガンを上から叩いて破壊した。

 そしてクロスの目が正しければ、銃身の上で跳ねた剣は、敵の頭を撫でて飛び越えたように思える。頭蓋どころか、頭髪にすら傷をつけていない。


(狙った……んだろうな、あの人なら)


 多少、今見た光景を反芻はんすうすることに思考のリソースは割いていた。

 それでも戦場で現実から目を逸らすなんて愚は犯さない。

 だと言うのに、フラリッタがいつ、どこからやってきたのか、全くわからなかった。

 あのままではどこかへ転がるだけだった剣を、敵の背後でキャッチしたフラリッタは。

 駆け抜けてきたそのままの姿勢、つまり敵と背を向かい合わせたまま、敵が背負う、兵器群の土台を切り捨てた。


「…………。一つじゃない。一人だ」


 何事か呟いた後、フラリッタは残りの敵の方へ目を向けた。

 それはつまり、クロスの背後。

 だけどフラリッタがやったのは、より殺傷力の高い武器を壊しただけだ。

 戦意喪失どころか、無力化すらしていない。

 いくらフラリッタの運動能力がずば抜けていると言っても、それは人間にできる範囲内。それを超える不老不死者なら、肉体の限度を無視した動きだってできる。

 フラリッタが体の向きを変えると同時、その顔面に敵の裏拳が迫った。


「姫様!」


 結界を滑り込ませようと思った。

 あの距離であればクロスの能力は問題なく届く。

 ただ焦る理由は、裏拳を止めたとしてもフラリッタまでそこに衝突してしまう可能性があったからだ。

 しかし、そんな懸念すらも杞憂に終わる。

 クロスが腕を伸ばした時にはもう、フラリッタは敵の拳を受け止めていた。


「……問題ないよ」


 拳を通して腕を捻り、無理やりに相手の体勢を崩す。

 下がった背中に対して、挙動の割にあまりにも重く響く膝蹴りを決めた。


「今の私に、付け入る隙などありはしない」


 砂漠に顔を埋めた『ヴィクティム』は、完全に動きを止めていた。


「……はは、そうみたいっすね」


 乾いた笑いと共に答えるが、果たして今のフラリッタに届いているのかどうか。

 殺戮マシンのようにグルンっと次の敵に顔を向ける姿は、あの情けなくも可愛らしいフラリッタとは全くの別人に見えた。


「じゃあちょっと、残りの一体もよろしくお願いします」


 フラリッタが余程の脅威に映ったか、手前にいるクロスには目もくれず、フラリッタに向かって放たれる銃弾を防ぎながら頼んでみる。

 隙はないと言っていたが、自分で防ぐ必要がないなら頼ってくれるらしい。弾切れを起こすまでは歩きながら近づき、結界にぶつかる弾が途切れた瞬間、あの大量の砂塵を撒き散らす踏み込みで距離を詰める。

 一度は避けられた攻撃だが、フラリッタだって馬鹿でもなければ本物の機械でもない。

 避けられる分だけの距離をあらかじめ埋め、その上で相変わらず銃の方を狙う。

 クロスからしたら甘過ぎると言うしかないが、手加減してなお勝てる余裕があれば、それは立派な信条である。

 そしてすでに速度で圧倒的に勝っているのだから、ある程度の我が儘は許されるはずなのだ。

 このまま、何もなかったのなら。


「っ、姫様ぁ!」


 もう何度目かになる危険を知らせるサイン。

 だが今回ばかりは必要なはずだ。

 何せ遥か上空で煌めいたのは、増援からもたらされるミサイル攻撃。

 それ自体はクロスが防いだとしても、新手がやってくることは避けられない。


「……大丈夫」


 どん、と目の前の敵を蹴り飛ばした。

 背中から倒れ込む威力はあったようだが、不老不死者を気絶させるほどではない、ように思えるのだが、しかし予想に反して動く気配はない。


「こいつらの限界は、見えた」

「え?」

「撃ち落とす」


 剣の持ち方が変わった。

 右腕を大きく掲げ、左手はバランスを取るように前へ。

 だが敵は上であって前にはもう何もない。

 というより、飛んでくる敵に対して剣など通用するべくもないが、それでもクロスは見守ることにした。

 今のフラリッタを邪魔するのは得策ではないように思えるし、何より。

 あの剣にも、特別な力があると聞いたことがあったから。


「エリア1、障壁の世界」


 あまりの力に腕を小刻みに震わせながら、フラリッタは構えた剣を振り下ろした。

 動きとしては、それくらい。だが結果は壮絶を極めたもの。

 カッと空が瞬いた。昼の光さえ飲み込んで、黒と赤が入り混じった爆発が上空を埋め尽くす。

 遅れて、耳をつんざくような破裂音と、体を押し流そうとする暴風が吹き荒れた。

 この状況で、こんな現象を引き起こす物は一つしかない。

 追尾型のミサイルが、空中で爆発したのだろう。それも、予備も含めて一斉に。

 立ち込める黒煙の中からは、五つほどの人影が地面に向けて落ちた。

 フラリッタはゆらりと歩き出すと、人影の中でも一番奥にいた『ヴィクティム』に近づく。

 落下の衝撃で蹲ってはいたものの、背中の兵装は生きているし、動くだけの余力もあるようだった。他の連中は軒並み気絶している。


「なあ。お前らはなんでこんなことするんだよ。言葉じゃなくて、力で戦おうとするんだよ。なあ、答えろよ。なんのためにお前の装備だけ壊さなかったと思ってんだよ」


 胸倉を掴み上げ、額に頭突きでも喰らわせそうな勢いで問い詰める。

 それでも、敵は答えなかった。いいや。答えるだけの知性を有していなかった。

 それどころか、これ幸いと生かされた兵装から、ハンドガンよりよっぽど威力の高そうなエネルギー砲の銃口をを伸ばしてくる。

 人間の頭一つ分くらいのサイズのそれに、キュインキュインと何かが収束していく音が響く。


「……そうか」


 フラリッタは一瞬、敵の首元に目を落とした。

 煤けてはいるものの、まだ生きていそうなスマートフォン。

 問いかけに答える理性を持たぬ奴らに指示を出している親玉は、沈黙を貫いていた。


「残念だよ」


 ギュン! と大空へ向けて放たれたエネルギー砲を、首を振るだけで躱し、そのまま即座に意識を奪い取る。

 地に伏した『ヴィクティム』たちは、誰一人として立ち上がることはなかった。

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