第6話 平和な時代の殺しの装備
行くぞとは言ったものの、フラリッタはどこへ行けば良いのかもわからない。
結局タクシーに戻って、クロスに任せるしかなかった。
「早期決着を望みますか?」
「できるならな」
「じゃあ一気に本拠地に乗り込んでみますか。どうせ邪魔は入るでしょうけど」
クロスが目的地設定用のパネルを操作すると、タクシーは向きを変えながら浮かび上がる。
さっきも思ったが、あまりにも機能的なタクシーには、わかりやすい見た目の変化が何一つない。というか本当にただそのまま飛んでいるだけである。便利ではあるだろうが、面白みはなかった。
「本拠地ってどこにあるんだ?」
「さっきちょっと話しましたけど、この世界の最先端技術の結晶がいくつか存在します」
「神格シリーズって言ってたな」
「そうっす。そのうち『ガイア』が最も古参で、『アイギス』が一番新しいんすよね。そのおかげで今の所『アイギス』の結界を貫ける物はないっすけど、それでも『ガイア』が弱い理由にはならないんすよ」
神々の中で争えば最下位というだけで、人が神に勝てるかと言えばそうではない、ということだろう。
「で、『アイギス』は守り特化の超特殊仕様っす。どちらかと言えば神格シリーズの真骨頂は、守りが強い要塞でありながら、攻撃の威力もずば抜けているという、まさしく隔絶した力を持っていることなんです」
「じゃあ『アイギス』は、その攻撃力さえ防御に回したということか?」
「まあその認識が一番正しいっすかね。絶対に攻撃不可ってわけでもないから、神話の名前をもらってはいるんすけど」
攻めも守りも超一流で、ようやく神の名を与えられる。
道理ではあるが、厳しい世界だとも思う。
「それで本拠地の話なんすけど、『ガイア』は陸上最強の移動要塞です。真っ先に手に入れた理由もそれでしょうし」
「手放すわけも、まして遊ばせておくわけもない、ってことか」
「そういうことっすね」
要塞なら待つことにも適性があるだろう。
国家への反逆者が根城にするには、これ以上ない場所のようだ。
「じゃあ今はその『ガイア』に向かってるんだな」
「結構遠いんすけどね」
「どれくらいかかるんだ?」
「このままいければ、半日ってとこっすかね」
「遠いなぁ……」
今が何時かはわからないが、太陽が出ている時間から半日経ってしまえば夜である。
流石にその場合は寝てからが良いなぁ、なんて呑気なことを考えているが、まず本拠地にそのまま行かせてくれるわけがないのだ。
ピーピーと突然警報音が鳴り始めたかと思ったら、ガコンと僅かな振動があってから外の光が完全に遮断される。
「な、なんだっ!?」
「……思ったより早かったっすねぇ」
明らかな緊急事態にも一切動じないクロスに疑問を投げかけようとして、しかし反射的に歯を食いしばる。
外が見えなくなった時以上の、爆発のような衝撃が襲いかかってきたからだ。
「っ……ほ、ほんとに、何がどうなってるんだよ……」
見えないのでは状況も把握できない。
それでも身を守るため体を小さくしながら、クロスに上目遣いで訊ねる。
視線を受けたクロスは一瞬、何か理解できないものでも見たような目を向けてきたが、光を通さなくなった窓をコンコンと叩きながら教えてくれた。
「最近のタクシーには搭載されてる、燃費を犠牲に乗客を守るための非常用外装っすよ」
「が、外装……? 今の世界は、そんなに危険なのか?」
「まあどんな魔法や能力を使えるかもわからない人たちが、平気な顔して歩き回ってる時代っすからね。一応法律はあるにしろ、それは全て起こってからでないと機能しない。未然に防ぐためには、これくらいのレーダーと装甲は必要だったってわけっすよ」
「……世知辛い世の中だ」
フラリッタは甘い人間だ。それこそ全人類が仲良く手を取り合えば完璧な世界、と言えるくらいには夢見がちである。
だからこんな、まず疑うことから始めるような機能はあまり好きではなかった。
たとえそれが、今実際に自分の身を守ってくれたとしても。
「ん? 終わった、のか……?」
「むしろこっからが本番っすよ。どれだけ重厚な金庫を用意しても、金庫ごと持ち出されたら意味がない。どれだけ防御を固めたって、その周りを包囲されちゃあ、ジリ貧なんすよ」
攻撃が止んだことで装甲は格納され、外の景色が再び見えるようになる。
しかしさっきまで見ていた空からの眺めとは打って変わって、地上の砂地があまりにも近くなっていた。
瓦礫にしか見えなかった文明の残骸が、建物の数階分ほどの大きさはあると判別できるようになっている。
そしてフロントガラスの先には、見るだけで顔を
何本ものコードを腕に伸ばす、見たこともない銃をこちらに向けた。
その瞬間にタクシーは危険を察知し、防御用の装甲を展開しようとするが、それはクロスが手元のパネルで止めた。
「降りますよ姫様。車体ごと覆う外装は確かに頑丈っすけど、それは自分の退路を断つことにもなりますんで」
「えっ、ちょっ」
まだ楽観的な気持ちが抜けないフラリッタは、目の前のドアが自動で開いたってすぐに飛び出すことはできない。
バリバリと弾丸がガラスを食い破る音に追われて、ようやく転がるようにしてタクシーから降りた。
「な、なんでこんなことするんだよっ!」
まずは問いかける。
クロスにどうするかなんて訊いたら、十中八九戦うか逃げると言われるだろう。
だったら、フラリッタは自分がしたいようにする。
相手が本当に敵意を持っているのか、そうでないのか。そこを自分の目で見極めてからでないと、戦うという選択肢はまず出てこない。
「無駄ですって姫様っ」
結果としては、その通り。
盾でも構えるように左腕を突き出したクロスが前に出て、フルオートの連射を受け止める。
フロントガラスを簡単に貫いた弾丸も、【不可侵】と呼ばれた結界には勝てなかったようだ。
「な、なあ……」
「なんですか甘い考えは手短にお願いしますあと後ろからも来てますんで」
「えっ」
のんびり生きるフラリッタには聞き取れないくらいの早口で捲し立てられ、とりあえず聞き取れた後ろという言葉に振り返る。
そこには前方の少女と同じような装備をつけた少年が立っていて、なんの容赦も躊躇いもなく銃の引き金を引いた。
しかしそれはフラリッタに到達することはなく、やはりクロスの結界に阻まれている。
弾丸が衝突し跳ねる独特な音に耳を塞ぎつつ、フラリッタはうっすらと片目を開けて周囲を見渡す。
(……本当に、どうしようもないのか)
感情どころか意思さえ感じない顔。
ただ機械的に命令に従うだけの動き。
背中のバックパックから伸びる、殺意の塊のような兵器群。
いくら争いから最も遠い場所にいたフラリッタでも、そこまでされたら理解せざるを得ない。
(……ここにはもう、平和な世界はないんだな)
右手を背中に回す。
正確には、適当に斜めがけにしていた剣の柄に手をかける。
白く細い右腕が、砂漠の光を浴びて輝いた。
「クロス。今から私は、”私”を捨てる。できることなら、見ないでくれ」
「無茶な頼みっすね」
「……そうか、仕方ないな。ならどうか、これを私だとは思わないでくれ」
剣なんて扱ったことない。構え方すらわからない。
そう思っていた自分は、どこへ行ってしまったのだろうか。
いつの間にか剣に手をかけていたフラリッタは、あまりに自然な動作でそれを抜き放つ。
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