第4話 一人に一つ、あるかないかもわからないもの

「おおぉ……っ! 飛んでるっ、飛んでるぞクロスっ!」


 車の窓に張り付いて外の景色を眺める。

 砂だらけの地上からどんどんと離れていって、その全体像が見えるようになっていく。


「楽しそうで何よりっすけど、シートベルトはちゃんとしてくださいね?」

「む、これはまだあったのか。魔法でどうにかなりそうなものだがな」


 ちょっとした文句を垂れながらも、言われた通りにシートベルトを締める。

 必要なのはわかるが、フラリッタはこの圧迫感がどうにも嫌いだった。


「そのためにわざわざ魔力を使うのは勿体無いんすよ。あと空を飛び始めた現代だと、急ブレーキの他に急降下って危険行為もありましてね。その場合天井に思い切り頭打ちつけるんすよ。それはもうプロテクト無しだと潰れる勢いで」

「!!」


 思わず締めたばかりのシートベルトを握ってしまうのは仕方ないことだと思う。


「はは、まあクッション性の高い素材ですし、車内は全部防護加工済みですし、シートベルトまでしてればまず怪我はしないっすよ」

「なんだよ。結局魔力使ってるじゃないか」

「安全への配慮なんていくらやっても足りないくらいなんすから。アナログな手法で簡単にできるなら、つけない理由はないんすよ」


 そんなものか、と呟いて、フラリッタはまた外の景色に目を向ける。

 高度もかなり上がって安定し、飛んでいると言って差し支えない高さまで来たが、相変わらず砂漠は砂漠だった。

 文明の残骸らしきものは見えるが、覚えのある街並みはどこにも残っていない。

 そして二人が登ってきたクレーターは上から見ると相当な大きさで、深さもかなりあることが窺える。


「よくもまあこんな穴を掘れたもんだ」

「やったのはどちらかと言えば姫様ですけど」

「え」

「まあ気絶中なんで覚えてなくても仕方ないっすよ。姫様の不死はかなり安全性が高い、というか確実に生き返ることを目的にしてるんで、周りに障害物があると判断したら全部壊して更地にしてから生き返るんすよ」

「いくらなんでも物騒すぎるだろ!?」


 襲撃者が上から地面を掘り進めてきたこと、二人が穴から這い出たことを考えると、どうやら地下の方でその破壊を撒き散らしたらしい。

 そのせいで深い流砂の穴が生まれたのだろう。

 地上も更地であったことを考えると、わざわざ被害を拡大させただけにしか思えない。


「まあ大丈夫っすよ。今回は爆発みたいになってますけど、場合によっては敵対者だけ殺してくれることもあるでしょうし」

「……ていうかお前はよく生きているな?」

「……」

「爆発だったなんて言えるってことは、巻き込まれたんじゃないのか?」


 別に疑うわけではない。

 フラリッタのせいで疲れ気味なのだとしたら、申し訳ないなと思ったのだ。


「まあ一応俺も能力者なんで。それもとびきり防御特化の」

「能力者? ああ固有能力ってやつか。持ってるか持ってないか、強いか弱いかもわからない、あの本物の授かり物」

「そうっす。強さとしてはそこまでですけど、俺は【不可侵】なんて呼ばれる結界能力者なんですよね」


 クロスの手には、薄い半透明の板が握られていた。

 それが【不可侵】という結界なのだろう。性質はまあ、そのままあらゆるものを通さない、だろうか。


「ただ防ぐだけなら魔法でもできちゃうんで、俺はそれ以外にも特殊な能力を持った結界を作れます。まあ使い方次第なところもありますけど」

「それでも結構強そうじゃないか?」

「いえいえ。姫様なんかと比べたら俺の能力なんて霞んじゃいますよ。だって姫様、相当レアな能力者じゃありませんでしたっけ?」

「ん、ああなんだっけな……【無尽蔵】、だったか。体内で生成できるエネルギーが湯水のように湧いてくる、らしいが、私は魔法を使えなかったから恩恵は感じられなかったな」

「でも運動神経はずば抜けてたでしょ?」

「そう、なのか? 覚えてないな、それは」


 身体能力の差について、周りと比較できるようになるのは学校に入ってからだろう。

 だがフラリッタはその前までの記憶しかない。

 自分が優れているという感覚はなかった。


「でも能力で言ったら姉様は凄かったぞ」

「確か双子でしたっけ?」

「うむ。私とそっくりだが、強さは全然違うぞ。姉様は……あー、なんだったっけな……」

「【超高精度魔力操作】っすか?」

「ああそれだそれだ。姉様はすごい魔法使いでな、とっても綺麗な魔法を作るんだ!」


 誰よりも魔法の扱いに長けた人。

 それが双子の姉へのフラリッタの認識だった。

 能力名は長ったらしくて覚えちゃいなかったが、そこから生み出される魔法の美しさは今でも鮮明に思い出せる。

 だからこそ、フラリッタも魔法への憧れはあったのだ。


  *☆*


「魔法が綺麗って、どんな感じなんすか?」


 あまりにもフラリッタが嬉しそうに楽しそうに話すものだから、クロスはその話をついつい引き延ばしていた。


「ん? そうだなぁ……子供が最初に教わる魔法は、指先に光を宿す魔法だろう?」

「そうっすね」

「私はあれすら使えなかったわけだが、姉様はすごいんだ。太陽みたいに強くて明るいのに、どれだけ眺めても目が痛くならない。それどころかただの光なのに熱があって、見てるだけで心があったかくなるんだ」


 全力でその凄さを教えようとしているフラリッタに、クロスは思わず目を細めていた。

 別に否定がしたいわけではない。睨みたいわけでもない。

 ただただ眩しいのだ。屈託のない笑みを見せるフラリッタが。年端もいかない子供のような、穢れを知らぬ純粋な輝きが。

 思わずその美しい紅葉色の髪を撫でそうになって、浮きかけた手を意思の力でどうにか押さえつける。

 子供のように見えても、中身は立派な大人である。少しばかり記憶がないだけで、生きた時間は変わらないのだ。


「クロスは、姉様を知っているのか?」

「え?」


 宝石のような瞳に見つめられて、クロスは一瞬返答に詰まる。

 話を聞くモードだったのに質問をされて、思考が鈍っていたとも言える。


「だって、能力を知っていただろう。ということは、少なくとも誰かに紹介くらいされたんじゃないか?」


 言葉から事実を導き出す力は、ある。

 しかしそれが疑うということに繋がらない。

 あまりにも状況が状況なら疑っていたようだが、根本的には人を信じたいのだ。フラリッタという女性は。

 その無防備さに不安やら愛しさやら色々な感情が湧き上がってはくるが、全てを優しげな笑みで封じ込めて、


「まあ、そうっすねぇ。どちらかと言えば俺は、そのお姉さんの知り合いなんすよ」


 と、嘘にならない範囲で誤魔化した事実を述べておく。


「じゃあ私を知ったのは姉様から?」

「そうなりますね。あの人もあの人で、なんだかんだ言いながら姫様のことは好きだったみたいっすよ?」

「ふふ、そうか。そうだろうな。姉様は、とっても優しい人だから」


 どうだろうか。クロスは自分の知るフラリッタと同じ髪色の人を思い浮かべる。

 確かに実力は折り紙付きだし、フラリッタに比べればなんと理知的な人であったことか。

 それでも性格を考えれば、妹の方がよっぽど穏当だと言える。あの人は、簡単に言えるしやってのけるのだ。人殺しさえも。


「優しいんだぞ、姉様は」

「ん?」

「……何をやらかしたとしても、それはきっと誰かのためだ。復讐だとか、快楽だとか、そういうことで、良くないことをする人じゃない」

「……そうなんすね。失礼しました」


 フラリッタの感情を読み取る力。しかも全部経験則から来ているという馬鹿げた力。

 これのおかげで今まで生きていたようだが、やはり相手にすると多少厄介だ。

 しかしなければ良いとは絶対に思わない。それは、フラリッタの人生全てを否定するようなものだから。


「わかれば良いんだ。でもまだ着くまでかかるんだろう?」

「まあそれなりに」

「じゃあお前に姉様の素晴らしさを教えてやろう!」

「え」

「お前が思う姉様の悪い面なんて霞むくらい、私が姉様からもらった物を教えてやるから覚悟しておけ?」

「はは……お手柔らかに頼みます」


 それから本当に目的地が見えるまで、嬉々として自分の中に残る思い出を語るのだった。

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