第2話 不死者の目覚め
『ちょっ、やりすぎですって! もっと穏当な方法なかったんすか!?』
『あるけど。私が選ぶと思ってんの? つかあんたをすり潰す目的もあるんだし。話し合いをしてほしいなら、まずはこれを生き延びてみなさい?』
誰かの話し声が聞こえた気がする。
しかし夢とは覚えていない場合が大抵で、覚えていても数多く見ているうちの一つでしかないんだとか。
そして夢を見ていると自覚しながら起きても、現実を認識した瞬間に忘れてしまう、なんてこともよくあるだろう。
「う、ここは……」
今度は青い空が広がっていた。
雲一つない、快晴というやつである。
「お目覚めっすか?」
なんだか見覚えのある構図だった。
最初からボロボロだった服をさらに砂まみれにして、どこか疲れた様子のクロスが横に立っている。
背後に聳える砂の壁が若干不気味だが、今気にするべきはそこではない。
「……何があったんだよ」
パンパンと砂をはたきながら、フラリッタは起き上がる。
あの廃墟のような建物がなくなったことも疑問だが、それ以上に自分が生きている意味がわからない。
……なぜ死んでいないのかを考えるというのは、なかなか嫌な話ではあるが。
「ええとまあ……こうなったら言わないわけにもいかないんで言うんすけど、姫様って不老不死なんすよね」
「はっ?」
「死なないってよりは生き返るって方が正しいんですけどね」
「いや、そこじゃないだろ。不老不死ってなんだよ!」
老いもせず、殺されても死なない。
それは確かにいつの時代の人々も願ってきたことではあるだろうが、にしたって自分がそんな存在になりたいとは思わない。
普通に考えて、こんな荒唐無稽な話はクロスのでまかせだと断じるべきなのだろう。
不老不死なんて馬鹿げた話で隠さなければいけないくらい、秘匿された技を使って蘇生してくれた、とか。
だけどフラリッタの直感は告げている。その発言に、嘘偽りはないと。
「まあ人類が夢見た本物の不老不死とはちょっと違うかもしれないっすけど、それでも姫様は事実として生き返ってるでしょ?」
「……お前が、何かしたわけではないのだな?」
「回復魔法は専門外っすよー。部位欠損レベルならどうにかなりますけど、流石に離れゆく魂の強制定着までは……」
「どんなレベルだ馬鹿野郎! そんなもんはもう回復魔法とも呼べないだろうがっ!」
離れゆく魂の強制定着? 何をするかはなんとなく察せられるが、意味がわからなかった。
そしてフラリッタからすればこちらが常識なのに、クロスはなぜいきなり怒鳴られたのかわからない、と言いたげに首を傾げている。
「……なあ、おい。それ、まさか普通にできる人たちがいるとでも言うのか?」
「あれ? ああ結局記憶は戻せなかったんでしたね。あの人からの共有もされてないと」
「は? なんの話をしている?」
「わかりやすいところで言うと記憶喪失っすね。今の姫様は」
「!?」
心当たりがありすぎた。
知らない場所に、知らない自分。何をしていたかも思い出せず、真新しいと思う記憶でさえ、五歳くらいの幼少期のもの。
そして何より、一方的にこちらを知るクロスの存在。
記憶喪失であると言うなら、全ての辻褄は合うはずだ。
「そうなるとあれっすねぇ、姫様の常識は大体五十年前? くらいになるんで、永久魔力炉とかもない時代っすか」
「ちょ、ちょっと待て。五十年?」
「そんな長い時間じゃないっすよ。当時は確か……外見の美しさを保つのが限度でしたっけ? 今だともう、人間の寿命自体が三百年くらいにまで引き上げられてるんで」
「……」
くらりと体全体が揺れた。
あまりの話に目眩を起こしたようだ。
いっそ嘘だと思いたかったが、それにしてはやけに自然で、考える素振りも過去を思い出すような動作でしかなく、認めたくなくても認めざるを得ない。
こんな話を一体どう処理すればいいのか。フラリッタの頭は、すでに限界を超えていた。
「まあ立ち話もなんですし、とりあえず地上に戻りましょう」
「いやっ、おい! 記憶喪失の人相手に薄情すぎるだろう! もうちょっとこう……親身に寄り添ってくれたっていいんじゃないか!?」
「俺は医者じゃないんで専門外っす」
「できるだろそれくらいっ!」
憤るフラリッタも気にせず、クロスは傾斜の強い砂の坂を上り始める。
あまりの扱いにもう一度声をあげようとしたが、それよりも先に、歩きながらクロスがこちらに視線を投げてきて。
「それに、記憶がないとか知識がないとかって程度で変わるような人でもないでしょう、あなたは」
なんて言われたら、口をぽかんと開けて呆然と立ち尽くすしかない。
別に、その通りだなんて納得したわけではない。
むしろフラリッタは今、自分のことについて一切考えていなかった。考えられなかった。
だって、そんな顔を見てしまったら。
変わらないでいてほしいと切望するような、悲しげなクロスの表情を見てしまったら。
自分の境遇なんて、気にしてる場合じゃなくなるから。
(……あぁ、そうか、そうだよな。こいつは私の知り合いなんだ。姫だなんて仰ぐくらい、私のことを知っていてくれたんだろう。なのに、私は、何も覚えてなくて……)
ひどい人間なのはどっちか。
こんな場面で責任の所在を考えること自体間違っているのかもしれない。
けれど大切な友人さえも忘れてしまったのはフラリッタの方だ。
そこについて、反論の余地はないだろう。
「……ごめん」
ぽつりと呟いた言葉に、クロスはもう一度振り返る。
そこには、驚愕と痛みが混在していた。
「……いえ、俺もどうやら相当焦っていたみたいです。聞きたいことがあれば何でもどうぞ。俺が知っている範囲であれば、全てお話ししますので」
抑揚のない声だった。募る感情をひた隠しにしているような。
フラリッタはそれを、クロスの言う焦りから来るものだと判断した。
だからあまり距離を詰めることはできず、クロスから数歩後ろを、付かず離れず歩いていく。
「……なあクロス」
「はい?」
「私は……これからどうすればいいのだ」
記憶もなく、当て
五十年の歳月を失った人間なんて、一人で生きていけるわけもなかった。
「それなんすけど」
フラリッタは、期待していた。
少なくとも知人であるらしいクロスにしばらく世話になるだとか。
あるいは家族や友人を教えてもらって、そこを頼るとか。
……甘いと言うしかない。どうして不老不死を知ることになったのか。実感できたのか。
まずその前提が抜け落ちているから、そんな言葉にショックを受ける。
「姫様さえ良ければ、俺たち人類のために戦ってくれませんか?」
「…………え?」
いきなり荷が重い話をされて、もう何度目かのフリーズ。
予想外過ぎる返事が来ると、理解するのでさえ困難を極めるらしい。
世の中にはまだまだ知らないことがあるんだと、フラリッタは今、回らない頭でそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます