灯火のフラリッタ

高藤湯谷

一章 不老不死大戦編

第1話 光の目覚め

 あるところに、体力だとか魔力だとか、目には見えないエネルギーだけはとにかく大量に持っている女の子がいました。

 もちろんかけっこなら常に一番ですし、魔力で動く機械なんかの扱いは誰よりも上手でした。

 だけどそんな彼女にも苦手なことはあります。

 それは、魔法です。

 魔法を使うためのエネルギーをいっぱい持っているんだから、さぞ魔法だってすごいのを使えるのだろう、なんて安易な予想は簡単に裏切られました。

 どれだけ頑張っても火の粉の一つ出やしません。

 補助装置があってようやく魔力の揺らぎがある程度です。

 けれど内に秘める才能だけはピカイチです。面白くない人だっていたことでしょう。

 そんな少女を例えるのなら、宝の持ち腐れとでも言ったところでしょうか。

 才能だけはあるけれど、肝心な魔法が使えない。

 周りの人はどう思うでしょうか。哀れ? 可哀想? それとも、”ああ本物の天才じゃなくて良かった”?

 これは、持っていながら恵まれず、恵まれたのに不幸だった少女が、それでも自分の道を突き進むだけの物語。



  **☆**



 パラパラ、サラサラと、何か小さくて細かな物が流れ落ちるような音がする。

 どんよりとした空気の重さに、思わず意識を手放したくなる。

 どうせ今日もつまらない。そうやってまどろみの中に沈み込もうとして、ふと思う。


 ──つまらないってなんのこと?


 ガバリと身を起こした。いいやつもりだった。

 実際には腕に力が入らず、ほんの少し首をもたげただけ。

 どうやら今はうつ伏せに寝ていたようだ。

 ……それもとびっきり硬い床の上で。


「な、にが……?」


 自分の状況がまずわからない。ここはどこだ、私は誰? なんてありがちなことを言いたくはないけれど、こんな今にも崩れそうな廃墟や、自分がそんな場所にいる理由なんて、これっぽっちもわからない。

 とりあえず、なまりのように重い全身に力を込めて、どうにか上半身だけでも起こす。

 なんだか布が引っかかったと思ったら、全身を覆うようにローブを纏っていた。その下は感覚的に半袖半ズボンな気がする。


「お目覚めですか、お姫様?」


 ざり、という足音と共に現れたのは、砂埃に汚れた革靴に使い古したベージュのズボン、薄い青のシャツに肩紐で何かを背負った、金髪碧眼のいかにも怪しい男だった。

 少女はそれを呆然と見上げて、誰だろう、なんて疑問が頭を一周してから、ようやくその声に意識が向いた。


「……姫?」

「ええ。まさかお忘れになられてしまったのですか?」


 まずい、と直感的に少女は感じた。

 ここで疑念を抱かれるのは得策ではないと、そう思ったのだ。

 けれど同時にこうも思う。果たして、この男に信頼される意味はあるのだろうか?


「……知らないな。姫に憧れた覚えはあるが、それ自体になった覚えはない」


 ゆっくりと全身を使って立ち上がりながら、なぜか服の下に潜り込んでいた自分の長い紅葉色もみじいろの髪を掻き上げる。

 それから青い両の瞳で、優しげな笑みを作っている男を睨んだ。


「それで、お前は誰だ? 私に何の用だ? そもそもここはどこなんだ? 事と次第によっては出るとこ出るからな」

「おっとこれは失礼。申し遅れました。わたくし、クロスと申します。姫様のお目付け役兼お世話係を」

「だーからそれはもういいから。違うって言ってるだろう? そもそも姫の世話係を男に務めさせるものか。分かったらちゃんと説明をしてくれ。でないと私はお前を信用できないだろうが」


 丁寧なお辞儀をしたまま、クロスと名乗った男はピタリと硬直していた。

 図星だったから、ではないように少女には見える。


(……なんだ? この雰囲気。憤りでも、焦りでもない。喜び? いいや似ているがそれも違う。これは……感動?)


 少女は優しさに満ちた人間だった。

 周りのことによく気付き、いつでも人のことを考えていた。

 だから、今となっては見ただけで相手の感情がわかる。それこそ、顔も態度も見えない相手でさえも。


「……わかりました」


 それはあまり長い時間ではなかった。

 しかし悩んでいたことがわかるくらいには逡巡した後、男はゆっくりと顔を上げた。


「確かにあなたが思うような姫ではありませんし、俺の今の発言は真っ赤な嘘でした。でもあなたに敬意がないわけじゃありません。なので良ければ、このまま姫様と呼ばせてもらってもいいでしょうか、フラリッタ様」


 はっ、と少女は息を呑んだ。

 名前を知られていたから、ではない。

 

 少女、フラリッタはぎこちない様子で視線を逸らすと、遅れて意識に上がってきた言葉を噛み砕いてから、頷く。


「……呼び方なんてのは、好きにしてくれ。それよりも私は説明が欲しい。ここはどこだ? 私はなんでこんなところにいる。それで結局……お前はなんなんだ?」


 怖くなかったと言えば嘘になる。

 どれだけ傅かれても、敬われても、それは表向きの態度でしかない。

 人の本心なんてフラリッタでも読みきれないし、疑ってしまったことで気を悪くさせたかもしれない。

 どれだけ立場が離れていそうでも、相手は男でこちらは女。実力行使に出られたら、負けるのは必然と言える。

 しかしクロスはそんなフラリッタの不安を拭うように、を浮かべた。


「大丈夫です。信じられないかもしれないっすけど、俺は一応、姫様の味方をやらせてもらってるんで」

「そ、そんな言葉で信じられるかっ。わ、私だってなぁ、人を疑う心くらいあるんだぞ!」


 だが気づいているだろうか。

 その口元がどうしようもなく嬉しげで、頬も緩みかけていることに。


「まあそれはそうっすね。じゃあ信用度の話は脇に置いて、現状の説明をしますよ」


 否定せず、拒絶もせず、受け取ってもらえないことも覚悟して話しかけてくれる。

 フラリッタにとって、それはなぜだかとても評価が高い。

 すでに疑っているというポーズしか残っちゃいないが、それでも自分はまだ孤高の女のつもりで、フラリッタは話を聞く。


「今この国は、『ヴィクティム』と名乗る集団からの攻撃を受けています。すでに人類の生活圏は十分の一ほどにまで追い込まれ、他全ての場所は砂に飲まれている状況です」

「え、え、攻撃? 十分の一?」

「その辺りは後で見てもらえればわかります。ここも滅ぼされた場所の一つなんすよ」


 急に話が飛んだ。

 だけども嘘を言っている気配はない。

 ただこれを真実として受け止めるには、また別の覚悟が必要そうだというだけで。


「それで、……チッ、ここもバレたか」

「ん? どうした?」

「姫様、戦い方……なんて知ってるわけないっすよね。とりあえず、これを渡しておきます」


 クロスが割と乱暴に投げ渡してきたのは、肩にかけていた細長い袋。

 簡単に投げていたから軽く柔らかいものかと思ったら、完全にその真逆であった。


「な、なんだこれっ」

「剣です。元々姫様が持っていたはずっすけど、使えるかどうかまではちょっと知らないんで、託しますわ」

「私だって知らないぞ!? ていうかいきなりどうしたんだよ、そんなに慌てて!」


 舌打ちのような音が聞こえてから、クロスはずっと天井のある一点を睨み続けている。

 その表情は固く、苛立っているようでもあった。

 そしてそれは、やがてフラリッタでも感じ取れるようになる。


「なんだ……地震……?」

「地面が揺れてるって意味じゃ正解っすけど、自然現象じゃないっすよ」

「それってつまり……人為的なもの?」


 正解だとでも告げるように、盛大な破砕音を伴って天井が割れた。

 そしてそこから現れたのは、一人の……少女?


『おやおや、気配があるかと思えば”同族”さんじゃないですかー! しかも純白の光、天然の魔神。これは向こうに取られる前に回収しないとですよねぇっ!』


 明るく可愛い、けれど不穏な気配がどこまでも付き纏う声が響いた。

 しかしそれは目の前の人の声ではない。その首から提げた、スマートフォンから発せられたもののようだ。


「お、お前は誰だ!? 何しに来たんだ!?」


 というフラリッタの声には一切耳を傾けず。


『ではあちらの男はいつも通り殺しておいてください。女の子の方は……最悪殺してもいいですけど、ちゃんと持って帰ってきてくださいね?』


 ぷつ、と電話が切れる音が聞こえた。

 その瞬間、こちらの様子を窺うだけだった少女が、弾丸のような速度で迫ってくる。


「姫様、逃げてください」

「えっ!? お、お前はどうするんだよ!」

「これを始末してから行きます。早く!」


 急に声を荒げられ、フラリッタはクロスが指差した方向へ一目散に走り出す。

 だが逃げることは叶わなかった。

 出口らしき通路からも、別の男が現れたからだ。


「く、クロスっ」


 助けを呼ぶ声に、人間とは思えない速度で翻弄する少女と戦っていたクロスが振り返る。

 そして、その目が大きく見開かれた。


「……えっ?」


 それはあまりにも自然に突き込まれた手。

 ピッタリと揃えられた手刀が、フラリッタの腹に突き刺さっていた。


「姫様ッ!」


 クロスが血相を変えて駆け寄ってくるのが目の端に見えた。

 けれどそのことに何かを思う余裕なんてない。

 それ以上に、この現実が受け入れられなかったから。


「なん、で……」


 ──こんなことするの。


 それすら声に出せないまま、フラリッタの体はまた倒れる。

 人を殺しておきながら感情が一切ない、人とは思えぬ無機質な顔だけが、脳裏に強く焼き付けられていた。

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