二話目 ぺいっ!てしなさい、ぺいって!
【SIDE‐B】
「受けてみろ!ふあふあぶれっどぉ!」
「パンだねえ」
「パンじゃないもん!これは
良く晴れた午後の公園で、散歩する母子。
幼い男児は20センチほどの木の枝を剣のように構え、片方の手で母親の手を前後に揺らしながら唇を尖らせる。
「
「むむむ!せーけんはぺいできません!ぼくはゆうしゃなのだからっ!」
楽し気に母の手を握りながら、涼太が公園の草むらや樹を突っつきながら歩いていると。
二人の眼前を小さい塊が駆け抜け、草むらへと突っ込んでいった。
「ふあ!いまのなあに?!おこったおかあさんからにげるおとうさんみたい!」
「やーめーてー」
くすくすと笑う周りの人間達を見回し、赤らめた頬に手を当てて困り顔をするマキ。
自分の発言もすでに忘れ、涼太は草むらを覗き込んだ。
「ああ!こねこ!こねこさん!こっちだよ、こっち!」
みあ。
みあ。
みあ。
子猫が、草むらの奥でか細く鳴く。
「お母さんからはぐれちゃったのかな?まだ小さいね。ウロウロしたら危ない……おお?!」
そこに、リードに繋がれたミニチュアダックスフンド二匹が涼太の横で草むらに顔を突っ込んできた。
貴公子のような優雅さで、ふんふん、くふーと忙しい。
リードを両手でガッチリと掴む、マキの知人である
マキと仲の良い、福々しい笑顔を常に浮かべる近所の年配の女性である。
「涼太君にマキちゃん、こんにちは」
「おばちゃん、こんにちわ!」
「春田さんこんにちは。プリンくんとケーキちゃん、今日も元気いっぱいですね」
「もう、リードを持っている私はあいかわらずひいはあよ。草むらの中に何かあるのかしら……子猫?ありゃま、怯えちゃってるわね」
ふうー。
あーう。
小さくも怒りの声を上げ始めた子猫だが、ガサガサ、と音がするだけで逃げ出す様子がない。
「うーん、怪我でもしてるのかしら。待ってね、この子連れてっちゃうから。ほらプリン、ケーキ!行くわよー!」
「ちいさいこがこわいこわいっていってます!ぼくにまかせて!ふあふあぶれっど!あれ?」
「さっき、ぺいっ!てしてたわよ?」
木の枝をいつの間にかぶん投げていた涼太は、草むらを背にして立ちはだかる。
「ぼくがぜったいに!きみをまもるよ!」
男性なら一生に一度は言ってみたい言葉、ベストファイブには入りそうな台詞は、物語のヒーローや主人公に憧れる子供達にも同様である。
涼太は、きらっきらの顔をして、両手を大きく広げる。
が、二匹は地面に踏ん張り、容易に動かない。
「むむむ、てごわいですね。でも、あんしんして!ぼくはつよいんだ!」
「どれどれ、今のうちに……あ、ダメか。やっぱりプリンくんとケーキちゃんがいなくならないと出てこなさそう。涼太、敵じゃないから優しくしてあげなよー?」
マキの声も何のその。
涼太は得意の絶頂で、ふんふんのきらっきらである。
が。
テコでも動かない愛犬達に困った飼い主が一人。
ふんむう!とリードと格闘していた小夜子が、奥義を発動した。
「うくく!もう、しょうがないわね……秘儀!私も食べれる、犬のオヤツボーロ!」
しゅば!
ストン。
途端に小夜子を見上げてお座りをするプリンにケーキ。
そこでおやつを上げた小夜子は頭をひと撫でずつした後に、遠ざかり始める。
「ほらほら、買い物もあるんだから!マキちゃん涼太君、またねえ!」
「わんわんさん……ばいばい?あうー」
しょんぼりと肩を落とす涼太に、マキは声を掛けた。
「これで子猫ちゃんはもう大丈夫だね。まだいるか、涼太見てくれる?」
「そうでした!こねこさん!こねこさん!もうだいじょぶですよ!おかあさんよりこあくないわんわんさんたちはもう、とおくにいきましたから!ぼくのかちです!」
「お母さんの心も負かしちゃってるわよー」
マキは眉をハの字にしてアヒルの
「あれ?こねこさんでてこないですね。おいでー!」
しゃがみ込んで必死に手を伸ばす涼太に、再び草むらを覗き込むマキ。
「あー……怯えちゃってるね」
みぃ。
みぃ。
みぃ。
草むらの奥から、頑として動こうとしない子猫。
「なんでですか?だいじょぶですよ?もうだいじょぶですよ?」
「うーん……昔は上手だったんだけど。ちょっとお母さん、頑張ってみるね」
「……?はい!がんばってくださいね!」
「ん!んんっ!らら、ら~♪」
喉を整えたマキは、草むらに向かって鳴いた。
なあああああああああ~お。
うなああああああああ。
「わあ!おかあさん!ねこさんそっくりぃ!もっと!もっとよんで!」
「えへへ♪これで出てきてくれるといいんだけど」
う、なああああん。
みゃああああああああああああお。
優しく優しく奏でられた鳴き真似に、子猫が反応した。
みあ!
みあ!みあ!
みあ!みあ!みあ!
甲高い声で鳴きながら、もぞもぞとマキの方に向かって動き始めたのだ。
「涼太、抱っこして。そっとね?」
「は、はい!そおっ~と!そ、おっと!」
涼太の手に収まった子猫はすぐにもがき始めたが、マキがまた猫の鳴き声を真似るとまた甲高い声で何度も鳴き始め、マキの顔を見つめる。
「おかあさんすっごい!こんどそのうなりごえ、ぼくにもおしえてぇ!」
にゃああああ、あ?!ぐあ!
マキは舌を噛んだ。
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