第4話 決意と誓い。

 正直なところ、瑞希は私をどう思っているんだろう。彼女に惹かれるごとに、そんなことが気になって仕方ない。

 決して彼女の好意を疑っているわけではないし、むしろ私に甘すぎると思っているくらいだ。でも、私と将来一緒になりたいと、今でもまだ思ってくれているのだろうか。結婚を前提のお付き合いというのは一目惚れの勢いからの言葉で、気持ちが少し落ち着いた今は違ってきているのではないか。だから、付き合って3ヶ月以上経つというのに、未だに戯れるようなキスから先に進もうとしないのではないか。

 そんな不安のせいで、最近の私達の関係は停滞気味だ。


 出会ってすぐの頃は、瑞希が私を好きな気持ちの方が大きかったかもしれないが、今となっては私の気持ちの方が育っている気がする。

 暇さえあれば瑞希からの連絡がないかチェックして、なければガッカリして。そのくせ重く思われるのが怖くて、こちらから頻繁に連絡できない。もっと触れていたいのに、拒まれるのが怖くて我慢してしまったり、好きだと素直に言えなかったり。

 それがどうにも自分らしくなくて、ずっと戸惑っていたのだ。


 そんな中での間さんからの電話。最後はアレだったが、おかげで気持ちの整理が出来た。

 今週末に約束しているライブデートの後、ちゃんと話をしよう。今の私がどれだけ瑞希を好きなのか、素直に伝えよう。


「はー、緊張する! そういえば、十代の頃の恋愛もこんな感じで、ドキドキしっぱなしだったなぁ」


 恋に不慣れで、何もかもが一大イベントだったあの頃。恋多き女とまではいかないが、元カレ達との交際を経て、恋の楽しみ方も板についてきたと思っていたのは、大きな間違いだった。

 何歳になっても、本気の恋愛は人生の一大事だ。


 そうして迎えたデート当日。

 二人でライブTシャツを着て、汗だくになりながら腕を振り上げライブを楽しんだ。今日のライブも最高で、アンコールでは私の一番好きな曲も演ってくれたものだから、天にも昇るような気持ちで席を後にした。


「サイッコーだった……」

「だねー」


 もう何度目かの「最高」の呟きに、隣で瑞希が頷く。

 せっかく二人一緒なのだから、ライブの後はここが良かったあそこが良かったと語り合うつもりだったけど、無理。あまりにも最高すぎて、二人揃って語彙力が死滅した。まったく、これだからオタクってやつは。

 噛み締めるようにして並んで歩いていると、人でごった返したロビーで、三人組の男女がこちらを見て──正確には瑞希を見て、手を振り呼びかけてきた。


「こんばんはー。あ、お友達も一緒ですか」

「こんばんは、はじめまして」


 お友達という言葉にモヤっとしたけど、瑞希の知り合いっぽい人にいきなり彼女だと主張するわけにいかず、私も笑って挨拶する。

 どういった知り合いだろうと思っていると、ライブの時に会う友人だと紹介された。特別に何か約束するわけではないが、こうして偶然会えば話しもする仲らしい。


「この後、飲みに行こうかって話してたんですけど、お二人もどうですか?」

「いいえ、今日はもう帰ります」

「そうですか、残念だなー」


 ライブの高揚感が、スーッと冷えていくのを感じる。瑞希の友達付き合いがどうとかじゃなくて、私が彼女の友達だと思われていることや、積極的に声をかけてる男性が瑞希に気がありそうなことがイヤで。私が男なら、きっとすぐに恋人だとわかったはずだ。

 せっかく楽しかったのに、どうしてこうなったんだろう。


「そういえば、ミズキさんがいつも探してる人は、今回会えたんですか?」

「探してる人?」


 そんな人がいたのかと隣の彼女に問いかけると、わかりやすく顔が引き攣って目が泳いでいた。瑞希は、困ったり言葉に窮すると目を合わさない。つまり、あまり私に知られたくなかったのだろう。


「よくライブに来てる人が気になるらしくて、よくロビーでキョロキョロしてましたよね」

「そんなに気になるなら、話しかければいいのにねー」

「どんなイケメンなのか、私達も見てみたいのに絶対教えてくれないんですよ」


 ──聞きたくなかった。

 瑞希はもう28歳だし、好きになった人もいれば付き合った相手もいただろう。そんなのお互い様だし、それを責めるつもりは全然ないんだけど、やっぱり心がざわついてしまう。

 この会場のどこかに瑞希が好きだった人がいるかもしれないなんて、知らないままでいたかった。


「ごめん。私、用事があるんだった。先に帰るね」


 言うか否や、出口に走る。瑞希の呼ぶ声が聞こえたけど、一刻も早くここから立ち去りたかった。このまま一緒にいたら、その誰かさんが通りがかって、彼女が目を奪われてしまうかもしれない。そんなの絶対見たくない。

 どうしよう。大好きなアーティストなのに、もう来れない。


 走って、走って、人混みを走り抜けて。運動不足の体ではもう無理ってとこまで走って、ようやく足を止めた。ただでさえ汗だくだったのが、服を着たままシャワーを浴びたみたいな有り様になってしまっていた。

 ライブグッズのマフラータオルで、顔の汗をぐいぐいと拭ううちに、涙までこぼれ落ちてくる。

 あー、最悪だ。瑞希は何も悪くないのに、勝手に嫉妬して逃げ出して、一人でベソベソ泣いて。何やってるんだ、私。どんだけ迷惑な女なんだ。

 後でちゃんと謝ろうと、涙を拭きながら歩き始めると、突然濡れた手に腕を掴まれた。ヒッと喉から変な声が出たが、振り向くとそこには肩で息をした瑞希が必死の形相で立っていた。


「ハァ、ハァ……ごめっ、ケホッ……ちょっと待って……」


 私と同じくらい汗だくの彼女の姿に、申し訳ない気持ちと嬉しさが込み上げてくる。こんなに走らせて疲れさせておいて、追いかけてきてくれて喜ぶなんて、ほんとにイヤな女だ。

 試したわけじゃない。それでも、私のことで必死になってくれたことが、どうしたって嬉しい。


「ごめんなさい、逃げたりして」


 持っていたタオルで彼女の汗を拭きながら謝ると、安堵したような微笑みが返ってくる。こんないい人、私みたいな面倒な女と一緒にいていいんだろうか。男でも女でも、もっと素敵な人がいくらでも見つかりそうなのに。


「とりあえず移動しようか。話はそれからで」

「うん、でも私も瑞希も一度着替えないと。さすがに、この格好でお店に入ったり電車に乗るのはちょっと……」

「あー、そうだね。……じゃあ、あそこは?」


 そう言って、指さしたのは駅前のビジネスホテル。あー、うん、そうね。あそこなら人目を気にせず話せるし、汗も流せるからピッタリだね!

 と、おそらく私と同じ想像をしているであろう彼女が、目をあさっての方向に向けて赤面していなければ、そう言ったかもしれない。いや、瑞希がビジネスホテルを提案した理由は多分前者なんだけど、同時に後者の可能性も考えて照れてるだけだろう。

 ほんと可愛いな、この人。


「うん、行こう」


 そういう流れになるかわからないけど、合理的なのは間違いない。夏とはいえ、夜にこんな汗をかいたまま外にいれば風邪をひきそうだし、さっきから道端で話し込んでる私達に、ライブ帰りの人達の視線が向けられていて落ち着かないのだ。二人きりになって、ちゃんと話したい。


 ホテルでセミダブルの部屋に通され、まずは汗を流した。他意はなく、単に汗が気持ち悪かっただけなのだけど、二人してホテルのバスローブ姿でベッドに腰掛けていると、妙な緊張感があった。

 すっぴんの瑞希は初めてみたけど、年上なのに私より肌が綺麗でちょっと焦る。しかも、湯上がりでほんのり火照った感じが色っぽくて、こんな時だけどなんかもう色々ズルい!

 しかし、今しなくてはいけないのは言葉での話し合いだ。自重しろ、私!


「あの、色々と話したいことがあるから、聞いてくれる? 上手く話せないかもしれないけど……」

「うん、聞かせて」

「ありがとう。あのね、私、瑞希が好きだよ。好きすぎて、自分でもちょっと引くくらい」

「あ、ありがとう……」


 向かい合い、しっかり目を合わせて気持ちを伝えると、じわじわと耳まで赤くなっていくのが可愛い。


「最初は同性だからって戸惑ったりもしたけど、もう迷うのはやめる。瑞希なしの未来は考えられないし、ずっと一緒にいてほしいの。……いて下さい」

「──っ、有希、それって……」


 目を見開いて、信じられないという表情の彼女の手に触れ、それを口にした。


「好きです! 結婚して下さい!!」


 言うと同時に、瑞希が両手を広げて飛びついてくる。それを慌てて受け止め抱きしめると、ホテルのシャンプーの匂いがした。

 同じシャンプーを使ったはずなのに、やっぱり彼女の匂いが心地いいのは、相性のおかげか愛情によるものか。とりあえず、彼女がノーブラなのは意識の端に追いやっておこう。浴室に吊るしてあった瑞希のブラが、私より1カップ大きいなんて全然知らないですとも。


「ありがとう、嬉しい」

「言っとくけど、私、結構重い女だよ。さっき逃げたのだって、ライブのお客さんに瑞希の好きな人がいたって聞いて嫉妬したからだし」

「あー、やっぱりそれが原因だったかぁ」


 抱きついたまま、涙声の瑞希がクスリと笑う。そんなことでと、呆れられてしまったかな。でも、結構気にしてるんだ。

 私のことも一目惚れだって言ってたし、瑞希はもしかしたら一目惚れ体質なのかもしれない。


「嫉妬深くてごめん」

「ううん、私はそういうの嬉しいよ。それについては、私も謝らないとだし」

「瑞希が謝ることなんて……」

「あるよ。あのね、私、有希に嘘ついてた。私が有希に一目惚れしたのって、二年前なの」


 ……うん?

 二年前。お見合いは三ヶ月前。……ん?


「二年前、ライブ会場で有希に一目惚れして、ライブのたびに会場で有希の姿を探して遠くから見てたの。ごめん、気持ち悪いよね」

「…………探してた気になる人って、私?」


 はい、と神妙に頷く瑞希に、どっと肩の力が抜けた。なんだそれ。

 詳しく話を聞くと、二年ほど前のライブで私を見かけた瑞希は一目惚れをして、それまでは近場の会場しか行かなかったのに、私に会えるかもしれないと地方ライブにも遠征するようになったとか。

 そこまで行動力があるくせに、話しかけることすら出来ず、遠くから見つめているだけだったとか。とんでもないヘタレだが、気持ちはわからないでもない。


「もう、早く言ってくれれば良かったのに」

「無理無理! 今だからこんな感じだけど、絶対ドン引きしたでしょ」

「確かに。出会ってすぐの頃に聞いてたら、普通に怖かったわ。下手すればストーカーだよね」

「下手しなくてもストーカーだよ。あっ、もちろん後をつけたりはしてません!」

「あははっ、大丈夫。そこは信用してるよ」


 多分、会場で声をかけられてたら不審者扱いしただろうし、お見合いの直後に聞いていたら、やっぱり多少は警戒しただろう。もしかしたら、声をかけられた時点で何かしら感じるものはあったかもしれないけど、恋には繋がらなかった可能性が高い。

 この出会い方で、お互いに理解するための時間があったからこその笑い話だ。そう考えると、今こうしていられるのは、どれだけ奇跡的なことなんだろう。


「何も知らない人に二年も不毛な片思いしてたからね。もし奇跡が起こってお付き合い出来たなら、何があっても大事にするって決めてたんだ」


 そう口にした瑞希が、背中にまわした腕に力を込める。その力の入れ方までもが優しくて、大事にされているのが伝わってきた。

 散々待たせた分、これからは私も大事にしていこう。私を好きになって良かったと、瑞希にはずっと笑っていてほしい。


「実際に話してみたら、想像と違ってガッカリしなかった?」

「確かに想像とは違ったけど、ガッカリどころかもっと好きになったよ」

「ありがとう、私も大好き。……だから、今夜は言葉以外でも好きって伝えたいな」

「え、なに──わっ!?」


 可愛い子羊を抱きかかえたまま、横向きにゴロンとベッドへ倒れ込む。

 さっきから、無防備なのにも程がある。ノーブラにガウンを羽織っただけでオオカミに抱きついてくるし、さっきから太ももチラチラ見えてるし、シャワーまで浴びて下拵えはバッチリだし!

 しかも、そんな状態で「大好き」って書いた顔で見つめられて、私はそろそろ我慢の限界です。

 もういいと思う。いいかな? いいよね? いいとも!


「ねえ、ダメ?」

「い、いいけど……有希がする側なの?」

「うん。後で交代してもいいけど、まずは瑞希に気持ち良くなってほしいな。だから……ね?」


 額を合わせ、動物の愛情表現みたいに鼻をぐいぐい押しつけて「いいでしょう?」とねだると、「もう、バカ」と小さく吹き出した。

 それをお許しとして受け取り、ようやく重ねた唇はいつものように甘く、いつも以上に熱くて誘惑的だ。こんなふうに、キスひとつで私を蕩けさせる人なんて、絶対他にいない。


 私達の相性値は史上最高だ。だから、一緒に世界で一番幸せな二人になろう。

 この先、何があっても。病める時も健やかなる時も、どんな時も貴女を愛することを誓うから。




 今夜の私達の相性がどうだったかって?

 それは間さんにも教えない、二人だけの秘め事です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

AI婚活のススメ ~運命の相手は同性でした!?~ 長月 @nokonana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ