第5話 五

 それから終業までの二時間、薄暗い展示室の中で、監視用の椅子に座ったり立ったりしながら、ひとつの考えを巡らせた。

「お疲れさまでした」終礼のお辞儀もそこそこに、ロッカーの荷物を取り、ある場所へと向かった。

 駅前のビル一階にある本屋には、歩いて十分もかからない。ここからだと、例のセルフうどん店の入口が正面に見える。雑誌を読むふりをして、うどん店の様子をうかがった。サラリーマン風の二人連れが入って行くのが見えた。腕時計が六時四十分を過ぎるのを見届けて、本屋を出た。

 今日は金曜日。道を渡りながら、鼓動がこめかみにまで響くのを感じた。

「いらっしゃいませ」店員の声と同じくらい店内は明るかった。お客は、それほど多くない。温玉ぶっかけうどんとかき揚げを載せたトレイを持って、窓際のカウンター席に着いた。足元のカゴに荷物を入れながら、店内を探る。先ほどの二人と老夫婦などが座っているようだが、あのレシートの主らしき人物は見当たらなかった。

 そりゃ、そうよね。座り直して、皿の真ん中に鎮座する玉子に箸を入れた。

 すっかり食べ終わって、湯呑みを手にしながら横を向いたとき、見覚えのある顔が目に入った。美術館で堅物女史として畏れられている学芸員。

 うわっ。そっと視線をそらす。

 え?そらした視線の端に映ったのは――銀色のアルミ缶。おまけに、皿の上に何本かの串物が見えた。そしてまさに、図録か何か厚みのある書物を広げて、手帳にメモを取り始めたのである。彼女が老眼鏡をかけているうちに、静かに店を退散した。

 ロマン派の画家の展示会でのこと。女史が会場に予期せず現れた。そんなときに限って、お客様の携帯電話が高らかに鳴り始める。私が注意しに行こうと向き直ったとき、もうすでに女史が「申し訳ありません、お客様……」と始めていて、直後に「あなた、ちゃんと周りを見てないとダメよ」と渋い顔で叱責された。依頼、彼女の姿を見かけたら、自然と身体に力が入る。これには、他の監視スタッフも深く頷く。

 帰りのバスに乗り込んで、さっきの場面を思い出す。確かに独身、サラリーマン?だわね。企画展に関連した美術書を探すとすれば、私のチョイスと被るのも納得だ。思わず、くっくっと肩を揺らしたから、後ろの席の若い女性は変に思うだろう。そう考えると、余計に吹き出しそうになるのを必死にこらえた。

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