16.イフサーンの最後の取材
無事に出来上がった小説を持って、私は千里様のお部屋に行った。
千里様にはこれまでのことを全てお伝えしておく。話を聞いて千里様は驚いていた。
「イフサーン殿がイフラース殿のふりをして毒物をデメトリオに飲ませていたのか。どういうつもりだったのか……」
「それは私にも分かりません。それを暴くのは皇帝陛下でなければいけません」
最終的にイフラース様のところまで行って、イフサーン様のところに行かなかったのには理由があった。この後宮のことは全て皇帝陛下が把握しておかなければいけない。
皇帝陛下が罪を暴かなければ、結局イフサーン様の罪は有耶無耶にされてしまうのだ。
「皇帝陛下から後宮を任されているのは私。私ではいけないのか?」
「千里様は表立って動いてはなりません。千里様に身の危険が迫ります」
自分が解決しようとする千里様だが、それには私は賛成しかねた。たった一人その身に皇帝陛下の寵愛を受ける千里様には後宮に敵が多すぎる。千里様には守られた場所でしか動いて欲しくなかった。
「私とシャムス様が皇帝陛下に上手に伝えます故、千里様は解決を待ってください」
「伝達、そなたを信じている」
自分で動くことを思いとどまって下さった千里様は、私の手を握り小説を受け取って下さった。
皇帝陛下とシャムス様が来ると千里様がいつものように私が語り、バシレオスが書き写した小説を皇帝陛下に捧げる。美しく箔押しされたその紙を手に取って、皇帝陛下が読み始める。
「なんと、イフサーンはイフラースに近寄るデメトリオに嫉妬したのか!? それで毒物を飲ませた!? そこまでの愛情をイフラースに抱いておったのか!」
「これが取材で分かったことで御座います」
「あぁ、エッチな部分がたくさんあるではないか! しかも、イフサーン視点とイフラース視点がある! イフサーンはイフラースに執着してイフラースを抱いていたのか! イフラースはイフサーンに抱かれることで『死んでもいい』とまで思っておる! 尊いぞ!」
まずは皇帝陛下には存分に小説を楽しんでいただかなければいけなかった。小説の評価が上がれば上がるほど、私やシャムス様の言葉を聞いてもらいやすくなるのだ。
「今回も最高であったぞ、伝達。リアリティに溢れた表現……これは、もしや、実話なのか? デメトリオがイフラースに恋しておると言っておったな? イフラースに見せかけたイフサーンに恋をしたのか?」
疑問に思う皇帝陛下が私に問いかけを投げかけて来る。
これが私とシャムス様の考え通りの反応だった。
「デメトリオはイフサーン様とイフラース様と間違えたのではないかと私は思っております。そして、毒を飲まされたのではないかと」
「皇帝陛下、恐れながら申し上げます。デメトリオはイフラース殿がイフサーン殿に椀に肉を入れられて捨てた事件を知っており、毒見役を買って出たと言っておりました」
「何!? それは初耳だ。詳しく話せ」
「イフラース殿は美容のために肉や魚を食べない主義で、その椀にイフサーン殿が肉を紛れ込ませたのです。しかも、毒物となる黄色の絵具をサフランライスに気付かれぬように紛れ込ませました」
イフサーン様が双子の弟にすら毒物を盛るような人物であることをシャムス様が告げると、皇帝陛下の眉間に皺が刻まれる。
「絵具は分かるが、デメトリオの飲んだ毒は後宮に持って入ることは禁じられておる。それがどうして後宮にあったのだ?」
「商人を捕らえてあります。化粧品を取引する商人ですが、化粧品に紛れ込ませてイフサーン殿とイフラース殿に渡したと白状しました。イフラース殿からは協力を得て、その毒物を押収しております」
シャムス様の説明に、皇帝陛下も気付かれたようだ。
千里様が入れた茶を飲み、額に手を当てて天井を仰ぎ見て笑っている。
「そうか。そうなのだな。伝達、シャムス、そなたらは、これを調べておったのだな」
「取材の最中に偶然手に入った情報です」
「これをどうされるかは、皇帝陛下の裁量次第ということになります」
私とシャムス様の処分も皇帝陛下の裁量次第であるし、イフサーン様への取り調べも皇帝陛下の裁量次第である。
深く頭を下げる私とシャムス様に、皇帝陛下は絨毯の上に座った。まだくすくすと笑っているので、機嫌が悪いわけではなさそうだ。
「よくやった、伝達、シャムス。デメトリオの自殺未遂事件、ずっと気にはかけていたが、私自身が動くことはできなかった。大っぴらにシャムスに動いてもらうことも、後宮という閉じられた場所では難しかった。それをよく成し遂げた」
「それでは、私たちにお咎めはなしということですか?」
私の問いかけに皇帝陛下が鷹揚に頷く。
「伝達、シャムス、このことに感謝こそすれ、咎めるなどとんでもない。さて、伝達、この物語の最後、取材するであろう? シャムスは騎士として同席してもらう」
「はい、喜んで!」
「皇帝陛下をお守りいたします。伝達殿も!」
最後のイフサーン様の取り調べに私も立ち会わせてくれると皇帝陛下は仰っている。
私は何を考えてイフサーン様がデメトリオに毒を飲ませたか知りたかったし、何よりも、イフサーン様にどのような沙汰が下されるのかを知りたかった。同席していいという皇帝陛下の申し出は私にとってはとてもありがたいものだった。
皇帝陛下が動き出す。
夜の後宮を廊下を渡って大股で歩いていく皇帝陛下に、私とシャムス様は後ろからついて行く。シャムス様は途中で騎士団のものを呼び、化粧品に毒物を紛れ込ませて売ったという商人も呼び出していた。
急にやってきた皇帝陛下に、イフサーン様は驚き身支度を整えようとした。皇帝陛下はイフサーン様の妻なので髪を隠したり、黒い衣装を着る必要はないのだが、シャムス様や他の騎士も来ている。
「お待ちください。すぐに支度を致します」
「ならぬ」
「な、なぜ!?」
男性にとって、妻でない相手に髪を見られたり、素肌を見られたりするのは、神に許されないことだとされている。特にシャムス様が来るだけで黒い衣装に黒い布で目だけしか見えないようにしていたイフサーン様にとっては、相当の恥辱になっているだろう。
「そのまま聞け。イフサーン、そなたは後宮に持ち込んではならない毒物を持ち込んだな?」
「私はそのようなことはしておりません」
「それならば、そなたの片割れに聞いてみよう」
隣りの部屋からイフラース様が呼ばれる。イフラース様は身支度もさせてもらえなかったイフサーン様と違って、布で髪を隠すことは許されていた。
「イフラース、そなたが毒物を後宮に持ち込んだのは何故だ?」
「正直に申し上げます。兄のイフサーンが自害用に毒物を持ち込んだと聞いたからです」
「商人もここに連れて来ておる。イフサーン、言い逃れはできないぞ?」
連れて来られた商人は真っ青な顔で立っており、皇帝陛下に視線を向けられただけでがくりと絨毯の上に膝をついて、額を擦り付けて土下座した。
「私の手はずで毒物は持ち込まれました。後宮での権力者のイフサーン様とイフラース様。お二人に逆らうことはできなかったし、支払われる金に目が眩んだのです。お許しください」
「この二人に毒物を売ったのは間違いないな?」
「その通りでございます」
嘘偽りなく述べる商人に、イフサーン様の顔色が変わっている。
月の帝国のものは、血が混じっているので肌の色の濃さはまちまちだが、肌の色は褐色に近いことが多い。イフサーン様とイフラース様は若干色が薄いので顔色の変化が見て取れるのだ。
「その商人は嘘をついている! 私よりもその商人を信じるのですか! イフラース、私とお前は双子ではないか。なぜ庇わぬ!」
騎士に押さえつけられて抵抗できなくされているイフサーン様がイフラース様に問いかける。イフラース様は青い目を悲し気に細めた。
「皇帝陛下、お聞きくださいますか。私と兄の物語を」
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