第2話 夜な夜な赤ちゃんの鳴き声がする村

レオンは、今日も雑務に追われていた。


産まれてくる子供の名前は一通り考え終えたので、これは今までそれを優先して滞っていた雑務の処理である。


その中に昨日上がってきた1つの気になる報告書を見つけた。


村の中から夜な夜な赤ん坊の鳴き声が聞こえるというのだ。


レオンも父になる身である。


赤ん坊の鳴き声と聞いてほっとける筈もなく現地に自分自身が向かうことに決めたのだ。


「獣人と魔族軍の国境線にて夜な夜な聞こえる鳴き声の調査に僕自らが出向く」


我が居城であるラーキア城の宰相を務めている胎違いの弟であるウルファス・レアンドロに言う。


「兄上自ら出向くと言うのですか奥方様も間も無く出産を控えているとゆうのにそれなら俺が一走り見てきますよ」


流石、吸血鬼ヴァンパイアの父と獣人の1つである狼族ウルフトライブの母との間に産まれたレウルファスなら散歩程度のことなのだろう。


「ウルファス、だからこそだよ。僕ももうすぐ1児のパパになるんだ。そんな僕が赤ん坊の鳴き声が夜な夜なしているなんて報告書を無視できると思うかい。それにリリアならきっとこう言うさ『レオン、この村にいてるかも知れない赤ん坊を助けてあげて』ってね」


レオンは強い口調で言った。


「そこまでの御覚悟がおアリならこのレアンドロ。兄上の留守中奥方様と兄上のお子を必ず守るとお約束いたしましょう」


そう言い片膝をつき自分の胸をドンと叩く臣下の礼をした。


「留守中の万事全てウルファスに任せる」


その忠節に答え、現地に向かったのだった。


それが2日前のことである。


家を出る前に妻であるリリアの産婆に聞いたところ1週間ほどで産まれるだろうとのことだったので帰る日数を差し引いたら3日で探し出さないとリリアの出産には間に合わないだろう。


早まったりしたら最悪間に合わないかも知れない。


でも赤ん坊をほっとくなんて、できないしその場合は後でリリアに事情を話せば立ち会えなかったことを許してもらえるだろう。


取り敢えず村の家屋を1軒づつ尋ねて聞いて回るとするかなどと考えていた。


しかし着いた村の惨状を見た時にこんな中にとても赤ん坊がいるとは思えなかったのである。


村は焼かれて所々から肉の焦げたような匂いがする。


生き残っている人影は無し。


そんな惨状である。


「当代の魔王様はいったい何を考えておられるのだ獣人族の村を焼き切りこれでは恨みや軋轢あつれきしか生まないではないか。今こそ対話すべき時なのになぜそれがお分かりにならないのか」


当時吸血鬼の党首であったレオンがハイエルフだったリリアと結婚し長く続いたエルフの統一国エルフェアリーナ王国と吸血鬼ヴァンパイア一族の純血戦争。


エルフ側では純潔戦争と呼ばれている血みどろの戦いに終止符を打ち。


吸血鬼ヴァンパイア一族とエルフェアリーナ王国との間で、貿易・国交同盟の締結を結び。


仕入れた物を王都にも流通させることで一定の理解を得て、獣人の国にもそういう提案ができる一端を見せたと少なくとも思っていたのだが。


当代の魔王様は戦争による領土切り取りという既定路線を崩すつもりは無いという表れかも知れんな。


このままでは遠くない未来にも魔族国は危機に立たされるということが何故お分かりにならないのか。


これが嘆かずにいられようか。


まぁハイエルフのリリアと結婚した時に王都から領土安定という名目でエルフェアリーナ王国との国境線に出向を命じられ、役職もエルフェアリーナ王国との親善大使に任命された。


その時からきっと当代の魔王様はエルフェアリーナ王国との勝手な婚姻同盟すら許していなかったという事であり、こんな策を弄した奴は、当代の魔王様の側にずっと控えてるドラゴンの馬鹿の入れ知恵だろう。


そんなことを考えながら夜を待っていた。


「オギャー、オギャー」


確かに声が聞こえる。


どこだどこからだ。


まさか家の中からか。


レオンは声の聞こえた家の瓦礫をどかし地下への入り口を見つけ開いた。


「何者ですか。ここにはもう何もありません。主人もこの村を守るために魔王軍と戦い亡くなりました。わたしにはもうこのしかいないんです。このを奪わないで」


か細い声でしっかりと言いその手には赤ん坊を抱いた白い毛並みの狼族ウルフトライブの女性が現れた。


「僕は怪しい者ではありません。夜な夜な赤ん坊の声が聞こえるという近くを通った商人による報告書を見て、現地に調査に来た者でレオンダイト・ヴラッドと申します」


その名を聞き女性はキッとレオンダイトの顔を睨み


「魔王軍吸血鬼兵団の党首レオンダイト・ヴラッド、主人や村の人をよくもよくも許さない」


そう言って、吸血鬼ヴァンパイアの天敵である銀のナイフで突き刺そうとしてくる。


「待ってください貴方は何か誤解をしている。今の僕はエルフェアリーナ王国親善大使を務めていて、魔王国の戦線からは退いています。それに僕の妻はハイエルフで僕の胎違いの弟は狼族ウルフトライブです。貴方と貴方の赤ん坊もぞんざいには扱わないとお約束いたします」


相手を宥めるようにはっきりと言う。


「そんなことを信じれるわけが無い。私にとって貴方は憎むべき魔王軍デーモンアーミーの兵士よ」


尚も銀のナイフを振り回してくる。


どうすれば信じてもらえる何か彼女にも響く言葉をあっもうこれしか無いやってダメならこの場は戦略的撤退だと覚悟を決め言った。


「僕にも3日後には赤ちゃんが産まれる予定です。ハイエルフで妻のリリアとここにくる前日には2人して赤ん坊の名前を考えて笑い合っていました。そんな僕が商人の報告書だったとしても見捨てられなかったのは赤ん坊が夜な夜な泣いているという一文を見つけたからです。これから1児の父となろうとしてるものが泣いている赤ん坊をほっとくことなどできないでしょう。何か困っていることがあるなら助けたいと思うのが親心ではないでしょうか?」


心に訴えかけるように決意に満ちた声で静かに言った。

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