ブッコローが転落した世界~~~~

タチハヤ

第1話

 パソコンの光が自室の壁にミミズクの陰影を映し出す。


 カチカチとマウスのクリック音だけいつまでも響く。画面に映し出された登録者の数は、リロードをいくら繰り返しても一向に変わらない。


 ブッコローは、思わず「はぁ」と深いため息を付いてしまう。


 時計を見るとすでに深夜を過ぎていた。もうすぐ、日が昇り始める。さすがに体を休めようと寝床へと移動する。


 ここ最近、眠れない夜が続いている。ミミズクなのだから当たり前かと苦笑しながら今日もまた長い夜に思いを馳せた。



 YouTubeチャンネル「有隣堂しか知らない世界」から独立し、早1年。


 R.B.ブッコロー個人でチャンネルを立ち上げたものの、納得のいく数字が出せていなかった。


 グッズや本(老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界 ~「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~)などもヒットを飛ばし、「有隣堂しか知らない世界」というチャンネルの立役者であることを自負していた。


 「これならば個人チャンネルを運営した方ががっぽり稼げるのでは?」と邪まな考えが過ったのが事の始まりだ。


 暇なときに個人チャンネルの企画を妄想していることが増え、日に日にその思いは大きくなっていることに気付いた。


 いつしか撮影機材を揃え、人を雇入れた。そして、反対する者を押し切って動画を公開するに至る。


 個人チャンネルに専念したいという最もらしい理由をつけて「有隣堂しか知らない世界」からは離脱した。


 しかし、YouTubeはそう甘くない。


 妄想していた企画は、悉く不発に終わった。所詮、既存YouTuberの焼き増しに過ぎないのだ。


 今思えば、ザキさんや間仁田さんが世間に認知されて、人気を得ていくのに嫉妬していただけかもしれない。


 「有隣堂しか知らない世界」は、Pの編集や郁さんのサポートあってこその成功だと思い知った。


 結局のところ、個人チャンネルを登録してくれたのは、「有隣堂しか知らない世界」のファン、ユーリンチーたちだったのだ。コメント欄には、「元のチャンネルに戻らないのか?」といった質問が押し寄せた。


 自分勝手に離脱して「やっぱり元鞘に戻りたい」とは口が裂けても言えなかった。



 インターホンの音でブッコローは、飛び起きた。


 時計を見れば、朝の10時を超えている。少しは眠りにつけたらしい。再度インターホンを鳴らされ、ブッコローは玄関へと急ぐ。


 扉を開けると配達員が笑顔で応対する。その姿を見て、注文したものを思い出した。奪うように荷物を受け取り、自室へ舞い戻る。


 地面に散乱した書類や本(老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界 ~「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~)を足で端に追いやり、段ボールに巻き付いたガムテープを剥がした。


 ――――


 なんでも、過去を消し去り、ある時点からやり直すことが出来るという。事実上のタイムマシンといえる。


 初めて聞いた時は「ドラ○もんの道具みたいだな!」とバカにしていたが、藁にも縋る思いで購入を決意した。


 一年分の過去を消すのにお値段1000万円。


 「たっけえっ!」と思わず叫んだのは間違いないが、何せ過去を消せるのだ。むしろ安いと言える。


 それに、この消しゴムは最初から欠陥商品なのだ。過去を消せるということは、いくら借金をしようがそれを消すことができるということ。


 実質、タダ! これを使わない手はない。


 見た目は、変哲もない消しゴム。


「なになに、消しゴムを眉間に当て、戻りたい過去のイメージを思い浮かべる」


 戻るのは、もちろんチャンネル独立を宣言したあの日。


「そして、擦る」


 最初は、ゆっくりと消しゴムを動かす。まだ記憶は鮮明に残っている。次第に焦りが手の動きを加速させる。眉間の毛が千切れて床に散乱してく。


「あ、あっついわ!」


 消しゴムを地面に叩きつけるようにぶん投げた。


「なんだよ。消えねぇじゃんかよ!」


 そんな美味しい話は無かったのだ。徒労感がブッコローを支配し、床に転がった。


 うわごとの様に「1000万……」とつぶやく。


 これからどうすればよいのか、もう分からなくなってしまった。


 ふと、床に転がった書類に挟まれた封書の端が目に入る。郵便物など、ろくに目を通していなかったので、いつからあったのかも分からない。


 手に取った封書は、丁寧にシーリングされている。


 いつだったか「有隣堂しか知らない世界」でそんな企画をやったとふと思い出す。


 予感めいたものがあったのか差出人は、「有隣堂」となっていた。


 今更、何の手紙をよこしたのか。

 

 そっとシーリングを剥がして中身を取り出す。


 それは、手紙というよりは寄せ書きだった。


「新しい蓄光文具を仕入れたので紹介したいです」岡﨑弘子


「なんか、こう、戻ってきてほしい的な話じゃないのね」


「通常業務とyoutubeの両立は、体力的にキツイです」間仁田亮治


「ただの愚痴だな」


「岡﨑さんと間仁田さんではチャンネルが持ちません。戻ってきてください!」渡邉郁


「あーー、想像つく」


「大御所の方がブッキングできそうです。連絡ください」ハヤシユタカ


「業務連絡かよ」


 動画内に出てないスタッフからも一言ずつ添えられている。


 有隣堂らしく筆記具もそれぞれ個性がある。


 ガラスペン、鉛筆、ボールペン。


 どれも「有隣堂しか知らない世界」で紹介したものばかりだ。


 身構えていた内容とは少し違ったが、いつもの空気を感じられた。


 思わずブッコローとマニケラトプスの絵に涙が零れる。


 胸の中のしこりがストンと落ちた気がした。


「みんな……」


 ――徳は孤ならず必ず隣あり。


 徳の有る人は孤立せず、必ず理解者が現れるという意味だ。


 もう一度あのチャンネルに戻ることが出来るならなんでもやろう。


 見栄も意地も捨てて原点へと戻るんだ。


 涙を拭い、スマホに手をかける。


 コール音が鳴るたびに心臓の鼓動も加速していった。



 復帰一発目の収録日。


 皆、何事もなかったように温かく迎え入れてくれた。


 まるで風邪で休んでいたくらいの日にちしか経っていないようだった。


 スタッフ全員にしっかりと頭を下げてから定位置につく。


「本番まで、5秒前、4……」


 3、2とPの指が1本ずつ折られていく。


 もう一度、この場に立てることに最大限の感謝を。


 ユーリンチーに最高のエンターテインメントを。


 ブッコローは、有隣堂のであることを誓った。


「有隣堂しか知らない世界~~~~」

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ブッコローが転落した世界~~~~ タチハヤ @11101

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