七品目 至高の卵かけご飯
地球上で最も高い山は言わずもがな『エベレスト』である。その標高は約九千メートルに届こうかという高さである。
エベレストに登る登山家たちはベテランばかりなのだが、それでも年間に数人は事故や病気により死亡する事があるという。
それはそうだろう。
何故なら高度が人に与える影響はかなり大きい。地球の大気圏内では、高地への移動などにより高度が上がるにつれ、気圧や気温が低下し、人の呼吸に必要な酸素を含む空気が希薄になるためである。
しかし、人体は短期的にも長期的にも高度に順応し、酸素の不足をある程度補償することができる。アスリートは、この順応を利用してパフォーマンスを向上させる。しかし順応には限度があり、登山家は八千メートルを超える高度をデスゾーンと呼び、ここでは人体は順応することができない。
そんな危険を冒してまで何故、人は山に登るのだろうか。
イギリスの有名な登山家、ジョージ・マロリーは「なぜ、山に登るのか。 そこに、山があるからだ」と言ったそうだ。
◇
パンゲア大陸には巨大な山が存在している。
その標高は地球にあるエベレストよりも遥かに高い。
誰も測った事はないが、恐らく一万メートルは優に超えているだろう。
その山の頂上に登るには、四方を断崖絶壁に囲まれた崖を登るしかない。険しい崖を登り切った山の頂上の先には、見た事のない景色が広がっていると言われている。
過酷な環境に適合した魔物――そして、太陽の光を一身に浴びて育った固有の野菜たち。誰もがその景色を見たいと思い、その山に挑んでは散って行った。
地球で言う『超人』と呼ばれる圧倒的なアスリートでさえも、この異世界の人々と身体能力の点で言えば、村人と変わりない。
だが、それでもこの山の頂に辿り着いた者は皆無なのだ。
地球とは違い、この世界には魔物という危険な存在が居る。
崖を登るにしても、登る事にだけ集中する事は出来ない。何故なら、空を飛ぶ凶悪な魔物が徘徊しているからだ。
その名も天空の死神――
漢字の通り、カモメをでかくしたような見た目なのだが、世界最強の生物である龍種ですら、空の戦闘では
そんな魔物が空を徘徊する中、ロッククライミングをする命知らずは居ないと思うだろう――答えは否である。
世の中にはネジの外れた人物というのは何処にでもいるものだ。
未知なる食材を求め、未知なる味を追求する男――その名もシンである。
彼はこの断崖絶壁を絶賛ロッククライミング中であった。
「エリオが引き付けているうちに、早く登らねぇと…」
シンはクライミングに必要な道具は一切使用していない。
つまり、手を滑らせでもしたならば、地上まで真っ逆さまという事である。
何故、道具を使用しない?――それは、そんな悠長に登っていては、
現在は、エリオが楽しそうに怒り狂った
もし、シンが崖を登っているのがバレてしまったら、
何故、シンはわざわざ遠出をして危険な崖を登っているのだろうか…言わずもがな、『ある食材』の為である。
その食材は
春にしか卵を産まない
日本で言えば秋の味覚が松茸だとするならば、この異世界の春の味覚と言えば
赤みの強いオレンジ色の黄身に、甘みと香ばしさ――そして何と言っても濃厚。
この卵を食べてしまったら、他の卵を食べる気にならないほど美味い。
その為だけにシンはこの崖を登るのだ。
相変わらず食に関してだけは貪欲な男である。
「ういっしょっと!おぉっ!!今年もたくさん卵があるぞ!」
額に玉の様な汗を浮かばせながら喜ぶシン。
崖にぽっかりと穴の空いた空間――そこには、人間の赤子ほどもある大きさの卵が見渡す限りにある。
「あんまり乱獲をすると、次の年の楽しみが減っちまうからな」
少年の様に目を輝かせながら、大量に卵を収納していく。
言ってる事と行動が矛盾しているのだが、残念な事にそれにツッコミを入れてくれる様な人は居ない。
以前に来た時は、大量に卵を取り過ぎた為に
その失敗を生かして、卵を乱獲しないように気を付けているのだが、
肉も当然、美味いのだ。
赤みが強く、柔らかさの中にも適度な歯ごたえがあり、コクのある旨み――これに
初めてシンがこの『
それ以来、
「肉は…まだ我慢しよう。俺のせいで
シンはこう言っているが、
彼らからすれば
そんな事を知りもしないシンは、さらに崖を登っていく――山の頂を目指して。
◇
分厚い雲を抜けるとそこは、太陽の光を一切遮る物がない世界。
山の頂には広い平地が広がり、その環境に適した生物や植物が存在している。
まるで人の様に歩く木――『トレント』
太陽の光を浴びて育った天然の野菜たち。
争いのない平和な空間は、まるで天国に来たかのようだ。
だが、実際はこの世界の人々でも長時間は居れない過酷な環境である。
「ふぅ――やっと着いたな。エリオがもう少し成長すればもっと簡単に来れるんだけどな」
腕を回しながら言う。
この山の頂上にはシンを襲って来る魔物は居ない。
それはシンを怖がっているとかではなく、ここに住む魔物達は穏やかな性格だからだ。
「さてと、エリオの事を待たせるのも悪いから、目的の物を採るとしますか」
近くに居たトレントに手を挙げて挨拶をしながら、目的の物を探す。
目的の物とは『ネギ』だ。
それもただのネギではない――
太陽の光を一身に浴びて育った
無論、そのまま食べても美味しい。
至る所に生えている野菜たちを収穫したシンは、ふかふかの地面に寝転びながら束の間の休息を取るのであった。
◇
「さて、そろそろ行くか」
背中に着いた葉っぱを払いながら立ち上がる。
トレント達に別れの挨拶をして、そのまま崖からダイブ――。
「ふぉぉぉぉぉぅっっ!!!!」
楽し気に奇声を上げるシン。
標高一万メートルからダイブするなど常軌を逸した行動。
常人ならば酸素不足の為、即気絶コースなのだがシンは幸いにも常人ではない。
そう――奇人なのだ。
暫く空の旅を楽しんだ後、遥か下で未だ
「エリオォッッ!!!」
シンの声に反応し、すぐさまシンの元に翔け付けて背中でキャッチするエリオ。
「サンキュー。じゃあ戻るか」
『グルルルルッッ!!!』
こうして空の旅を楽しんだシンは、古民家に戻って行くのであった。
◇
古民家に戻ってくる頃には太陽の日は完全に沈み、暗闇に染まった空には満天の星が綺麗な輝きを見せている。
あの星の何処かにも、ここと似たような星があるのだろうか――そんな事を考えながら古民家に入る。
室内ではテーブルに突っ伏しているノワルの姿が見える。
「遅い。早く作れ」
ぶすっとした表情で言う。
いつもなら、売り言葉に買い言葉で突っかかるシンなのだが、先程の星空を見た後という事もあり、シンの心はいつもより広くなっている――わけでもなく、言い合いを始めてしまう二人。
いつもなら、リーシアやアイナが止めに入るのだが、今日は残念な事に不在だ。
不毛な争いが古民家の中で行われ続けるのであった――。
「ノワルのせいで、こんな時間になったじゃねぇか」
「口を動かしながら手も動かせばいいだろうが。これだから不器用な奴は困る」
ノワルの言葉にぐっと堪えるシン。
これ以上言い争いをしていては、日付が変わってしまう。
とはいえ、今回は料理――と呼べるような物を作るわけではない。
今回のメニューは皆大好き『
刻んだ
「久々に食べるな――むぅっ!!美味いっ!卵のコクに醤油のうま味…最後にご飯の甘みが口の中に広がってくる。そして、
米粒一つ残さずに完食したシンは、余韻に浸る間もなく出汁巻き卵を作り始めた。その様子をちらりと見るノワルであったが、「さっさと作って寄越せ」とは言わない。
何故なら、それが自分たちが食べる為に作っているわけでは無い事を知っているからだ。
出汁巻き卵を作り終えたシンは、古民家を出て島の中央にある小高い丘に向かう。
丘からは見渡す限りの大海原が広がり、二つの淡い月明かりに照らされてきらきらと反射する海面が幻想的だ。
その丘の端には綺麗に整えられた二つのお墓がある。
この島で亡くなった二人の日本人のお墓だ。
この島で新たに古民家レストランを開店させてから二人のお墓を作り直し、その日からほぼ毎日の様に料理を墓前に置くのが日課になっていた。
これに意味がある行為なのかシンには分からない。
だが、シンに出来る事は二人の故郷である日本の料理を作って供える事だけだ。
ゆるやかな潮風がシンの頬を揺らす。
月明かりに照らされたその横顔は、少し寂し気に見える。
何故、自分達はこの世界に来たのだろうか――何か理由があるのだろうか。
そんな事をずっと考えていた。
だが、答えは未だ見つかっていない。
いつか答えが見つかるのだろうか…壮大な景色を眺めながら考えるシンであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
どうも。ゆりぞうです。
今回は料理ではないですねw
卵かけご飯というタイトルでしたが、私も数々の卵かけご飯を発明してきたと自負しております。
卵黄をタレに漬けこんでみたり、ピリ辛のタレをかけてみたり、油で生卵を半熟にして食べたり。
どれもが美味しいんですよ。
ただ、そこまで手間をかけてまで食べたいかというと、そうでもないんですよね…。
長年の研究結果では、シンプルに食べるというのが一番美味しい事が判明しましたw
最後に愚痴ですが、最近高すぎなんですよ卵…。
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