六品目 ポテトコロッケ
この世界には三つの超大陸が存在するのだが、その他にも大なり小なり、無数の大陸が存在している。その中の一つにある種族が支配する島がある。
島の面積の半分以上は森が生えている島なのだが、島の中央部分だけはぽっかりと穴が空いたように木は生えていない。
その開けた空間には西洋風の大きな城――そしてその周りには街が広がっている。その城を地球に存在する城で例えるならば、スロバキアにあるボイニツェ城が一番似ているだろう。
その城の一室に一人の男が豪華な椅子に座っている。
銀色の髪に異常に白い肌――一見すると顔色の悪い人間に見えるのだが、その瞳の色と、口元から微かに見える牙がそれを否定していた。真っ赤に燃えるような紅――そして、長い牙。
ヴァンパイアである。
一般的にヴァンパイアとは、にんにく、日光を浴びると灰になる、杭を心臓に刺されると死ぬ、銀の武器に弱いなどの多数の弱点がある。しかし、それは間違いである。いや、一般的なヴァンパイアには弱点なのかもしれないが、少なくとも彼にとってはそれらは弱点になり得ない。
何故ならば、彼は人間から生まれたからだ。何故、人間からヴァンパイアが生まれたかは分からない。恐らく、輪廻転生――もしくは先祖帰りの様なものだろう。その様な理由があり、彼はこの世界で唯一のヴァンパイアなのである。
コン――コン
「――入れ」
男の低い声が室内に響く。
「アルノルト様、お食事の用意が出来ました」
「分かった」
その身なりと佇まいから、この城の執事である事が伺える。
この城には勿論だが食堂はある。しかし、来客でもあれば食堂を利用するのだが、普段の生活で彼は食堂を利用する事はほぼない。その事を分かっている為、執事は室内に食事を運んでくる。
執事を下がらせ室内は彼だけになる。一人で使うには大きな木製のテーブルの上に並べられた料理。見た目からしてどの料理も美味しそうだ。
料理の見た目は、味や香りと同じくらいに重要だとされてる。なぜなら味覚自体も視覚の影響を多く受けているからだ。。
例えば、こんな実験があった。白ワインを濃い赤色に人工的に着色し、人々に飲んでもらった。すると、全ての人が白ワインであると見抜けず、そのグラスから赤ワインの香りがすると答えたそうなのだ。
この事から考えてもこの料理を作った料理人は、味だけでなく見た目にも拘る腕の良い料理人が作った事を感じさせる。しかし、彼は浮かない表情をしていた。
「はあ…吾輩にはこのような豪華な食事は口に合わぬ。だが、吾輩の為を想って料理を作ってくれているからな…」
料理自体は確かに美味い――それもそのはずだ。高級な食材を惜しげもなく使用しているのだから。しかし、彼はこのような豪華な料理よりも、城下町の屋台で売っているような、庶民的な料理の方が好きであった。
お忍びで城下町に行こうにも顔が知られ過ぎている。自分の立場を分かっているが為に、そう易々と城下町に行けないのだ。
窓から城下町の景色を見ながら思う。
『自分も彼らのように自由に過ごしてみたい――』
だが、それは叶わぬ夢だとは分かっている。窓から視線をテーブルに戻すと、ありえない光景が彼の目に映る。
「な…んだと?これは扉…?」
料理が並べられているテーブルの奥に木製の扉が存在していた。その扉には龍と獣、そして蛇の彫刻がされていた。その細かい彫刻からして、かなりの職人が手掛けた物だという事が分かる。
しかし、今はそのような事を考えている場合ではない。何故、このような扉がいきなり出現したのか――執事を呼ぼうと、喉まで出かかった言葉を無理矢理抑え込む。
「いや、これは‥‥‥吾輩が行くしかあるまい」
この先に何が待ち受けているか分からない。だが、そのような不安よりも好奇心の方が勝っていた。子供の頃に周りの目を盗んで城下町に行くときの様な、未知への好奇心を抑えきれずにゆっくりと扉を開く。
「これは…食堂なのか?」
テーブル席にカウンター、その奥には厨房が見えるが人の姿は見えない。
「ふむ…どうやら開店前に来てしまったようだな。それにしても、転移の術式が施されている扉とは実に興味深い」
いきなり現れた扉――その扉の先には見慣れぬ食堂が存在しているというのに、彼は全く動揺している様子はない。それどころか、扉の方に興味が湧いているようだった。
「ほう――なるほど。実に面白い術式だが、一体何のために扉が出現する先をランダムにしているのだ…?固定にすればもっと客が集まるだろうに」
彼は魔法の知識の方面に明るかった。なにせ
生まれてから島から出た事の無い彼にとっては、使いようのない魔法なのだが…。そんな時に外から何者かの声が聞こえてくる。
玄関から外に出ると、白い炎のような日光が彼を照らす。その先は、白い砂浜が広がっており、綺麗な青い海が広がっていた。
砂浜には数名の男女が居て、その中の一人の男性が目元を布で隠しており、木の棒を持って歩いている。
「目隠しをして何をしておるのだ…?」
周りの女性からは「もうちょい右!」「行きすぎだ!左に戻れ戯けがっ!」と、応援しているのか貶しているのか、良く分からない声が聞こえてくる。そして、彼は気付いてしまう。彼らが何をしようとしているかを…。
「なっ…!?アンブロシアを叩き割るつもりか!?」
アンブロシア――芳醇な魔力の元でしか育たないと言われている果物。一つ実を付けるのに半世紀もかかってしまう事から、高級な果物として知られている。また、この果物を食べると不死になると言われているが、定かではない。
そんな貴重な果物を叩き割るなど見過ごせる彼ではなかった。持ち前の身体能力で瞬時にアンブロシアの元に向かう彼であったが、男性は今まさに棒を振り下ろそうとしている所であった。
(ぐっ…間に合え!)
人間――それも非力そうな男性が振り下ろした棒が自分に直撃した所で、大したケガはしないだろうと、頭から飛び込み間一髪でアンブロシアを守る事に成功して安堵していた彼であったが、突如今まで感じた事のない強烈な衝撃が彼に襲い掛かる。そして、彼は意識を失った――。
◇
「ん?なんか変な感触が…はあ!?」
シンは目隠しを取り、目の前の光景を見て驚愕の表情を浮かべた。
スイカ割りをしていたはずが、いつの間にか見知らぬ人物が泡を吹いて倒れていたからだ。
「スイカ割りなのに、人を叩いてどうするんだ。しかし、シンの攻撃を受けて木っ端みじんになっていないとは頑丈だな」
「いや、人を化け物みたいに言うなよ。ノワルも見てたんだから教えてくれればいいだろうが」
「そんなこと言ってる暇はないでしょ?早く治療してあげなきゃ!」
この中で唯一の常識人であるアイナによって古民家に運ばれていくアルノルト。
「よし。回復魔法をかけたし、問題はなさそうだな」
「そうだな。しかし、おかしいな…こやつは本当に人間なのか?」
「どっからどうみても人間だろ?少し肌は白くて顔色は悪いけど」
「人間はこんなに長い牙が生えておるのか?」
寝ている男の口をむぎゅうと掴んで開くノワル。
そこには、通常ならばあり得ないほど長い、牙が男の口から生えていた。
「ヴァンパイア…?」
「なんだそれは?」
ヴァンパイアの存在を知らないノワルに説明をするシン――とは言っても、シンもそこまでは詳しくないのだが。
「――うっ…ここは…」
シンがノワルに説明している内に目を覚ましたアルノルト。
「おお!起きたか!身体はなんともないか?」
「吾輩は一体…はっ!!アンブロシアはどうなった!?」
アンブロシアと言われても、直ぐには何か分からなかったシンであったが、スイカの事を言っている事に気付く。
「スイカの事か?いや、すこーし力を入れ過ぎてぐちゃぐちゃになっちまったよ」
「なんと…」
愕然とするアルノルト。
彼の住んでいる島では高級品として扱われている。勿論、彼もアンブロシアは食べた事があり、好物の一つでもあった為、彼が愕然とするのは当然だ。明らかにショックを受けている彼を見て、シンはどうしようかと悩んでいた。
「腹が減ったな…シン。ポテトコロッケを作れ」
「ぽてところっけ!?聞いた事がない料理名だが一体なんなのだそれは」
料理の名前を出すと、一気にショックから立ち直るアルノルト。
「うお!びっくりした…そんなに気になるなら食っていくか?えーと…俺はシンだ」
「アルノルトだ。是非、食べさせてくれ」
アルノルトはシンの強烈な攻撃を受けたというのに、動いても平気なようで食堂に向かう。
「アイナもちょっと手伝ってくれ」
「はーい。何をすればいい?」
ジャガイモの皮むきをアイナに頼み、その他の準備をするシン。
玉ねぎをみじん切りにし、フライパンで飴色になるまで炒めたら、バターとひき肉――今回は
皮をむいたジャガイモを塩茹でして、串が通るくらい柔らかくなったらお湯を捨てて鍋の中で潰していく。つぶし加減はお好みで良いが、今回は少し食感が残る程度に潰していく。
★鍋の中で潰す理由は、極力洗い物を多くしたくない、ずぼらな筆者の性格によるものである。
先程、炒めた肉と玉ねぎを入れてあるフライパンに、潰したジャガイモを加えてヘラなどで均等に混ぜ合わせていく。
★フライパンで混ぜ合わせる理由は、極力洗い物(ry
後はタネを成形して、バッター液→パン粉の順につけて、170℃の油で揚げていけば完成。
「庶民の味方、『ポテトコロッケ』の完成だ。いっぱい作るから遠慮せずに食べてくれ」
「こんなに、美しい見栄えの物を庶民が食べるだと…?にわかには信じがたいが」
アルノルトがこう思うのも無理はない。というのも、シンの住んでいた国、日本は世界的に見ても家庭で作る料理はハイスペックなのだ。
例えばパリでは、朝食はバゲットにバターとジャムを塗っただけである。夕食すらも総菜を買ってきて食卓に並べるだけだという。
そんなある種、異常な国で生まれ育ったシンには、なぜアルノルトが驚いているのか理解が出来なかった。
アルノルトが一口コロッケを口に入れると、「サクッ」という小気味良い音が聞こえてくる。
「ぬぅっ!!程よいじゃがいもの食感に、甘い玉ねぎと粗目の肉とのバランスが取れている。それぞれの素材が口の中で合わさり、見事に調和している…優しい味わいだから、何個でも食べられてしまいそうだな」
「だろ?…というか、アルノルトってヴァンパイアだよな?普通の食事も食べるんだな」
シンは今更だが疑問を口にした。
「ヴァンパイア…?確かに吾輩は普通の人間とは違うが…そうか。吾輩の種族はヴァンパイアというのだな」
この世界には
つまり、アルノルトは様々な種族が存在するこの星で、唯一のヴァンパイアなのだ。
「まあ、気が向いたら食べに来いよ。とは言っても、次もまたここに来れるとは限らないか」
「ふふっ。吾輩は必ずまたここに来る。その時はまた、珍しい庶民料理を作ってもらうぞ」
微笑みながら話すアルノルト。
彼は島を治めている、いわば国王のようなものだ。気軽に話しかけてくる者が居ない環境で育ってきたのだ。そんな中、アルノルトは自身の身分をシン達に伝えてはいないとはいえ、こうして砕けた口調で話してくれる。それがアルノルトは嬉しくてたまらなかった。
千年以上生きている彼は、家族や友人たちの死を数え切れぬ程見送ってきた。今回のシンたちとの出会いは嬉しくもあったが、同時に悲しくもあったのだ。
見た目からして、シン達は人間だ。せっかく見た事も聞いた事もない料理を作ってくれる者に出会えたが、人間の寿命は精々百年――それまでは暇を見つけてここに来ようと密かに決意をして、その日は別れた。
その後、城に居る者の目を盗んでは、シンの料理を食べに転移で移動をするアルノルト。シンも最初は突然現れたアルノルトに驚いたものの、また会えた事に喜んだ。
古民家レストラン『シン』に久々の常連――そして、アルノルトにとっても
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます