五品目 メンチカツ
この世界には地球とは違い、特殊な食材が数多く存在する。
一般的にこの世界で知られている特殊な食材は『酢モモ』という果実だ。
この食材は地球にある桃のように木に生えている果実である。正しい採取をすれば、頬が落ちる程に甘くて瑞々しい果実だ。
しかし、間違った採取をしてしまうと途端に食べれないくらい酸っぱい果実になってしまう。
こういった少し変わった食材がこの世界には山ほど存在するのだ――。
◇
「おい。料理番。我はアレが食べたい。アレを獲ってこい」
「いや、流石にそれだけでノワルが何を食べたいか分かるはずないだろ?作って欲しいならノワルが獲ってこいよ」
レストランの椅子に、偉そうにふんぞり返りながらノワルは言うが、流石に長い付き合いのシンでも主語がなければ分かるはずがない。
「ちっ…我に労働をさせる気か?それが出来ぬからシンに頼んでいるのだろう」
「お前は俺にいつも労働させてるけどな。…というか、ノワルが獲ってこれない食材なんかあるのか?」
シンは疑問に思う。果たしてノワルでも獲ってこれない食材があるのか、と。ちらりとノワルにヒントを寄越せと視線を向けるが、「ふっ」と鼻で笑われてしまう。
「なんで俺が馬鹿にされなきゃいけねぇんだよ!」
「お前が阿保面を我に向けてくるからだろうが」
喧嘩する程仲が良いとは言うが、毎日のように繰り返される光景にアイナは呆れていた。
「お父さんも子供じゃないんだから、ノワルさんに突っかからないでよね」
「ぐっ…まあ、そうだな。アイナはノワルでも獲れない食材が何か分かるか?」
娘に正論を言われて言葉に詰まるシンは、無理矢理に話題を変えるのであった。
「ノワルさんが獲ってこれない食材…いや、そんなものはないと思うから、獲れるけど面倒な食材なんじゃない?」
「なるほど…面倒な食材か」
(ウニ栗は確かに採るのは面倒だが、ノワルがよく採ってくるのを考えると、候補から除外して良さそうだな…とすれば――)
数ある特殊な食材を思い浮かべ、ノワルがその中でも特に好きな物を考える。
「『
「あれは我には美味く調理できぬからな」
「確かにノワルくらいだと、手加減しても一撃で消し飛んでしまうな…この中だと確かに俺が適任だよな」
「頼むぞ。軟弱者」
言わなければいいのものの、余計な一言を付け加えるノワルと、またも口論になる二人。そんな二人を呆れながら見ているアイナであった。
◇
この世界の冒険者の装備している武器と言えば、剣などが一般的である。魔法を主体とする魔法使いでも、弓や短剣などのサブウェポンを持っている。
それは何故なのだろうか――。
考えてみてほしい。この世界には『魔物』と呼ばれる、人間よりもハイスペックな存在が居るのだ。そんな魔物に対し、己の拳一つで戦い勝つ事などできるのだろうか――答えは否である。
その為、魔物にはない『知恵』と『技術』を使い、人々は魔物に蹂躙される事もなく、今まで生きて来れたのである。
しかし、何処にでも変わり者というのは存在する。
武器に頼らず、己の肉体――そして、拳のみで魔物と渡り合おうとする馬鹿…変わり者――その名もリンチン。
幼少期の彼は、自分の名前を周りに馬鹿にされ、よくいじめられていたのだった。身体も細く背も小さかった事もあり、イジメの標的になったのだろう。
だからと言って彼は両親を恨む事は無かった。少し思う所はあるが、大好きな両親が名付けてくれたのだから。
両親が付けてくれたリンチンという名前は『宝』という意味である。その意味を教えてもらった彼はますます自身の名を誇りに思い、その日から周りに馬鹿にされぬように身体を鍛え始めたのだった。
その後、大人になった彼は冒険者になる事を決意し、村から旅立つことになる。己の肉体のみで、何処まで高みに登れるかを確かめるために。
そんな彼は現在、一人で大森林と呼ばれる森で修行を行っていた。この森はジーランディア大陸の中でも比較的に魔物は強くはない。しかし、少し変わった魔物が出現する事で有名である。人々はこの魔物を
「やはり、某の腕を鍛えるならばこの森が一番良いな」
夜の森で焚火の傍に居る男の鍛え抜かれた身体はまさに鋼――度重なる魔物との戦闘により、身体中には痛々しい傷が刻まれている。何度も何度も修行の為に岩に打ち込み続けた男の唯一の武器である拳骨は歪な形をしていた。
そんな彼の耳に魔物との戦闘音が聞こえてくる。
「おかしい…夜の森に来る物好きが某の他にも居るとは」
この森の魔物は他の冒険者にとっては旨みが少ない森である。存在する魔物はどれも使えるような素材すら取れず、食材にすらならないからだ。そういう事情もあり、この森に訪れる冒険者と言えば、リンチンだけなのである。
リンチンは戦闘をしている者に興味が湧いた――こんな旨みのない森に、しかも夜も遅いというのに来る者に。
「ふむ…音の種類からして鈍器の武器で戦っているようだな」
近づくにつれ大きくなっていく音。最初は鈍器――ハンマーのような武器で魔物と戦っていると思っていた彼も、次第に音の違和感に気付く。
「これは…なんとっ!!間違いない…素手で戦っておるわ!某のように己の肉体のみで戦う者が他にいるとは」
当初はこんな森に来る酔狂な者の顔でも拝もうか、程度に考えていた彼だが、歩いていた足は次第に駆け足になっていた。
少し森が開けた場所で男と
六本の腕を持つ
「なんという動き…一見すると無駄が多いように感じられるが――なるほどフェイントを入れているのだな。それに、某でなければ見えぬ程の攻撃…これはさぞや高名な武術家なのだろうな」
男と魔物の戦いは続く――あれだけ動き周っているというのに、男は息一つきらしていない。そして彼は気付く。
「何故、魔物の急所を攻撃しないのだ?威力は強いだろうが、あれではいつまで経っても倒す事は出来ぬのではないか?」
人体にも急所と呼ばれる場所がかなりの数はあるが、魔物も同様に急所は存在する。しかし、魔物は人間とは比較にならない位、分厚い筋肉で覆われている。その為、魔物を素手で攻撃する際は、こめかみなどを狙うのが普通だ。
しかし、見ている限りでは男は魔物の顔面に一度たりとも攻撃を加えていない。
「まさか…あえて急所を狙っていないのか?一体なぜ…?」
腕を組み考え込むリンチン。
しかし、いくら経っても答えはでてこない。深く考え込んでいるうちに、魔物が倒れた際に生じる地響きが聞こえてきた――。
◇
結局、シンは文句を言いながらもエリオに乗って、
ノワルが食べたいという事もあったが、シンも久しぶりに食べたくなったという事もあり、こうして遥々ジーランディア大陸にまで来たわけなのだ。
(しかし、相変わらずこの魔物は怒ってるな…確か、顔が真っ赤になるまで殴り続ければ良かったはず)
当たれば大木をもなぎ倒してしまいそうな、嵐のような連撃を考え事をしながら避けているシン。流石、ノワルの尻尾の攻撃を受け続けてきただけあって、避けるのだけは上手い。
次第にシンの手加減をした打撃を受けて、魔物の顔は真っ赤になってくる。
「よし。この位で良いな」
渾身のボディーブローを魔物に叩き込み、一撃で魔物の命の灯は消えた。
「後はもうこの森に用はないし帰るか…ん?」
帰ろうとした時に、森の木々の隙間から何者かが覗いているのが見える。
「なんだあのぬりかべみたいな生物は。新種の魔物か?」
そう見えなくもないが、あれは人間である。シンに見られている事に気付いた男は、シンの元に歩みよってきた。
「素晴らしい戦いであった。さぞ高名な武術家とお見受けした。一つ聞きたい事があるのだが、良いだろうか」
「うわ…魔物かと思ったら人間か。聞きたい事ってなんだ?」
「何故、魔物をすぐに倒さなかったのであろうか」
「すぐに倒したら
当たり前の様に言うシンに、リンチンは驚きを隠せなかった――そして自分を恥じた。
(勿体ないか…某のレベルに合わせて魔物と戦う…思えば某はいつから挑戦者じゃなくなったのだろうか。昔はもっと格上と戦っていたではないか)
言葉は悪いが、リンチンにとって魔物というのは自身の強さを図る道具という風に感じていた。しかし、シンはすぐに魔物を倒すのは勿体ないという。つまり、生きるか死ぬかの中での戦いこそが、強くなるための鍛錬だという事だ。その為にはあえて、自らを死地に置く――だからこそ、シンは魔物の急所を狙わなかったのだ…当たり前だが、リンチンの推測…いや、妄想は全て勘違いである。
先入観とは怖いものだ…リンチンの勘違いはまだまだ続く。
「某はリンチン。貴殿の名を教えてくれぬだろうか」
「リンチン?へー、面白い名前だな。俺はシンだ」
今まで初対面の人はリンチンの名前を聞くと、笑うか馬鹿にするかのどちらかであった。しかし、言葉では「面白い名前」と言っているが、そこには一切リンチンの事を馬鹿にした感じは見受けられなかった。その事に少し驚きながらも会話を続ける。
「シン殿はその魔物を解体しているようだが、もしかして食べるのか?」
「そりゃそうだろ。せっかく苦労して倒したんだから、食わなきゃ駄目だろ?」
リンチンはシンの言葉に衝撃を受けた。というのも、リンチンも
(命を奪ったのだから食すのが礼儀というわけか…武人としても人間としてもシン殿は格上だな)
「せっかくだからステーキにして食ってみるか?」
シンの言葉に悩むリンチン。
(自分が食べるのが嫌だ…というわけではなさそうだな。しかし、この肉は臭くて食えたものじゃないはず。どうすれば良いだろうか)
悩んでるリンチンの返事を聞かずに、調理を開始するシン。
最初からシンはこの森でステーキにして食べるつもりであった。古民家に戻ればあっという間にノワル達に食べ尽くされる事が分かっていたからだ。
しかし、リンチンの前で自分だけ食べるわけにもいかず、一応誘ってみたというわけなのである。
未だ悩んでいるリンチンの元に、香ばしい良い匂いが漂ってくる。我に返ったリンチンはシンの方に視線を向ける。
(なんだと…某があの魔物を焼いた時には、こんなにいい匂いはしなかったはず…臭み消しのハーブでも使っているのか?)
シンの傍に近寄って見てみるも、特にハーブのようなものは使っている様子はない。しいて言えば、塩コショウをステーキに振りかけているだけだ。
「焼き加減はこの位でいいか。ほら、リンチンも食べろよ」
「う、うむ。頂こう」
恐る恐る一口噛んでみると、驚くほどに柔らかい。
「う、美味い!これが
「それはそうだろ。ここまで柔らかい肉にするのは苦労したけどな。リンチンも見た感じ武道家だし、これ位できるだろ?」
(武道家とは、料理が出来て当たり前なのか!?しかし、実際にシン殿は武道家であり、こうした美味しいステーキを作っている…)
「これくらい出来る…か。某もこれくらい出来ればシン殿のようになれるだろうか」
「ん?なれんじゃね?」
シンの適当な返事により、リンチンは『武道家は料理が出来て当たり前』という風に勘違いをしてしまう事になる。
ステーキを食べ終えたシンは、リンチンに別れを告げて島にエリオと共に戻って行った――。
その後、リンチンはシンの様な武道家になる為に、
シンの教えの通りに、命を奪った責任として魔物を残さず食べるようにしていた。最初は臭かった肉も次第に、シンが作ってくれたステーキと何ら変わりのない味になるまで、そう長い年月はかからなかった。
そして、シンの最後の教えとして料理人の道を究めることになる。食材は勿論、自分を成長させてくれた魔物であり、シンとの唯一の思い出である魔物、
最初は魔物の名を聞いて誰も食べには来なかったが、その食欲をそそる暴力的な香りで食べてみようと思う者が出始めるまで、そう時間はかからなかった。たちまち美味しいと人気店になったリンチンの店は、『ユニークレストラン』として、庶民に愛され続けるのであった――。
◇
無事に島に戻ってきたシンは寝る暇もなく、調理を開始していた。この
恐らく、この魔物の『叩けば叩くほど美味くなる』という特性上、ミンチ肉にする事でより肉の旨みが引き出されるのではないか、とシンは推測していた。
「さて、ノワルたちが起きてくる前に作っておくか」
玉ねぎをみじん切りにする――この、みじん切りにした玉ねぎは生のまま使用する。
★玉ねぎを炒めずそのまま使うことで、シャリシャリとした玉ねぎと肉の食感がしっかりと残る、おいしいお肉屋さん風メンチカツに仕上がるのである。
塩をボウルに入れ、ミンチ肉を粘りが出るまでしっかりとこねる。
みじん切りにした玉ねぎ・卵・牛乳・ナツメグ・パン粉・胡椒を入れ、ねばりがでるまで手早く捏ねていく。
肉だねを丸く成形をしたら、冷蔵庫で三十分~一時間ほど寝かす。
★こねるうちに溶け出した肉の脂を固めるため、成型後はしっかりと冷蔵庫で冷やした方が良い。
肉だねを冷やしている間に、バッター液を作る。
揚げ物の衣をつける際にバッター液を使うことで、小麦粉を付けて卵液にくぐらせ、パン粉をまぶすといった工程がひとつ減り、バッター液にくぐらせてパン粉をまぶすだけになる。 一工程減るだけでなくパン粉が均等に付き、サクッとした衣に揚がる為、揚げ物の際は非常におススメなのである。
後は、バッター液に肉だねをくぐらせて、パン粉をまぶして揚げれば『メンチカツ』の完成である。
お好みでキャベツの千切り、トマトを添えると見栄えが良くなる。
「くぅ…食材採取から調理までとなると、流石に疲れるな…料理人の特権で何個かメンチカツを味見でもするか――う、うんめぇ‥‥‥肉は鼻から抜けるような香りと旨みで、ふんわり&しっとり。そこに絶妙にシャキシャキ感を残した甘いタマネギがゴロゴロ。この肉と肉汁、そしてしゃっきり玉ねぎのコントラストがたまらん」
シンにとってのメンチカツは高校生時代、部活の帰りに肉屋で買い求め、電車のホームで貪っていた記憶に結びつくのだが、あれが「おやつ」とか「お惣菜」だとすると、この
あまりの美味しさに、無意識のうちにメンチカツを食べ続けてしまうシン。
その日、小鳥の
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――どうも。ゆりぞうです。
私がこんな事言うのもなんですが、コロッケやメンチカツって時間やら食材の値段、そして洗い物の手間とか考えると、買った方が良いんですよねwww
そう思うのは私だけだろうか…でも、自分で作った方が美味しいから結局、スーパーで余程の事がないと買う気が起きないんですよ。お金がないっていうのもあるんですけどw
では、ここまで読んで頂きありがとうございました!!
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