四品目 妖精スープのおじや

 世の中は善人ばかりではない――これは誰しもが分かっている事だ。





 スラム地区のボロボロの建物の地下牢に、一人の女の子が蹲っていた。薄汚い布一枚を身に纏い、身体はガリガリにやせ細っていた。地面に倒れ込んでいる姿から満足に食事もとっていない事は明らかである。


 彼女は犯罪を犯してこの牢に入れられているわけではない。違法な奴隷商人によって捕らえられたのだ。だが、何故この女の子は捕らえられてしまったのだろうか。



 それは彼女のだからだ。赤と青のオッドアイ――未来を見通す力のある魔眼だ。


 奴隷商人はその噂を聞きつけ、盗賊に扮し彼女の住む村を焼き払い、彼女だけを生かして捕まえた。



『この魔眼さえあれば俺は大金持ちになれる』



 しかし、そうは上手くいかなかった。まだ幼い彼女は魔眼の力を十分に使いこなせてなかったからだ。見通せる未来もほんの数秒先まで…その事実を知った奴隷商人は激怒した。



 地下牢に閉じ込め、満足な食事を与えずに放置したのだ。彼女が成長すればはるか先の未来が見通せるとも知らずに――。




「お――母さん――」


 いつから牢に入れられているのか、もはや彼女には分からなかった。最後に食事をしたのはいつだろうか――カチカチの黒パン、屑野菜の塩味のスープ…それすらもここ数日は食べていないような気がする。



 空腹からか意識が朦朧とするなか、冷たい壁に手を伸ばす彼女。彼女の目にはそこに母親の姿が見えたのだろうか。


 手に当たった感触は、大好きな母親の暖かい肌ではなく、冷たい壁でもなかった――そこで彼女の意識は途切れた。



 ◇


 短髪で黒髪に金のメッシュが入った男が厨房で食材と格闘をしていた。


 この男の名はゴマである。


 そんなゴマの最近のブームは料理だ。その日も厨房でシンに教えてもらった『餃子』を一人で作っていた。


「んー…シン兄みたいに上手く出来ないな」


 肉だねを作るのはシンから合格を貰ってはいるのだが、皮に包むのがどうも難しいようで、皿の上には歪な形をした餃子が並んでいた。


「味は美味しいんだけどな…出来ればシン兄みたいに綺麗な形にしたいよな」


 シンにコツを聞こうにも、今日は島にいるのはゴマだけだ。シン達は何処に行ったのかというと、妖精のスープが残り少なくなったから分けてもらう為に、トロン村の近くに住む妖精たちに会いにいったのだ。


 ゴマも行きたかったのだが、じゃんけんに負けてしまい留守番係になってしまった。


 シンが帰ってくるまでに、餃子をマスターさせて褒められたいゴマは、餃子を作り続けていたのだが、そんな時に扉が開く音が聞こえてくる。




「いらっしゃーい。テーブルに座って待っててね」


 なんとも適当な接客態度ではあるが、そもそもゴマはバイトなどの経験なんてあるはずがない。


 もくもくと餃子を作っていたゴマであったが、客が入って来ていない事に気付き、扉の方に顔を向けると、女の子が倒れていた。



「おーい。こんな所で寝てると風邪引くぞ?」

 つんつんと指で女の子をつつくゴマ。


 死んでる?と一瞬思ったゴマであったが、倒れ込んでいる女の子の身体は微かに動いている。


「んー…こんな時はどうすれば良いんだ?シン兄だったらベットに連れていきそうな気がする」


 ゴマは客室に女の子を持ち上げて連れて行くことにした。


 ふかふかのベットに女の子を寝かせたゴマは、せっかくだから自分も昼寝でもしようと女の子と共にベットで寝る事にする。





 ◇



 暖かい――


「お母さん――え?」

 暖かさから目を覚ました女の子は、隣で寝ている男に気付き驚く。


 自分は意識を失う前は確かに、あの薄暗い地下牢の中にいたはず。なのに今はお日様の匂いがする、ふかふかのベットの上に青年と一緒に寝ていた。



「もしかして、私は死んじゃったの?」

 女の子は状況が分からない。


 仮に自分が死んだとしたら、隣で涎を垂らしながら寝ている青年は一体誰なのだろう。


「こんな綺麗なお顔の人っているんだ」

「ふぇ?あ、目が覚めたんだね」

 女の子の声で目を覚ますゴマ。


「あの…ここは天国でしょうか?」

「そうだけど?」

 天国――というものが実際あるかは分からないが、ここはなだけであって、ただの古民家レストランである。


「やっぱり」と、呟く女の子に不思議そうな顔を向けるゴマ。


「そういえばさ、なんでそんな細いの?ちゃんとご飯食べてる?」

「…実は――」


 女の子はこれまでの事をゴマに話した。


 女の子の話を聞き終えた後のゴマは、いつもの明るい微笑みを浮かべてはいたが、内心では激怒していた。


『こんな小さな女の子の人生を、自分の私利私欲の為に滅茶苦茶にするなんて、許せない』


 しかし、今はその奴隷商人をどうにかするよりも、女の子に食事を与えなければいけない事に気付く。


「そうか。じゃあさ、僕がお腹いっぱいにご飯を食べさせてあげるよ。えーと、僕はゴマ。君の名前は?」

「わたしはハナ。ありがとうゴマお兄ちゃん」


 レストランのテーブルにハナの事を座らせたゴマは、自身の作った餃子を食べさせようとして、思いとどまる。


(確か、シン兄が言ってたな。何日もご飯を食べてない人には、胃に優しい料理を食べさせた方が良いって)


 しかし、ゴマは餃子以外の料理を作った事は無いのだ。そして、気付く――虹色のスープの存在を。


「確か、シン兄はこのスープにご飯を入れて、卵でとじたのを食べさせてくれたな。あれならハナも食べれるかも!」


 それ位なら自分でも作れるはず。ゴマは早速、妖精のスープのおじやを作る事にした。



 慣れない手つきで料理を作っていくゴマの姿を見て、自然と微笑んでしまうハナ。時間が経つにつれて、ハナの元にもいい香りが届いてくる。


「いい匂い――」

「へへ。そうだろ?絶対にハナもこの料理が気に入ると思う」



 数分後にはハナの元におじやが運ばれてくる。湯気が虹色に光っている光景は物凄く幻想的だ。


「綺麗。天国に居る人たちは、みんなこんなに美味しそうな料理をいつも食べてるんだ…」

「いつもはもっと凄い料理をシン兄が作ってくれるんだ!」

 少年の様な笑顔を向けるゴマ――そして、ゴマの言葉を真にうけて天国だと勘違いし続けるハナ。


 ゴマが作った『妖精スープのおじや』は見た目は不格好だが、ハナにとって生涯忘れる事の出来ない料理となった――。





「ありがとう。ゴマお兄ちゃん。とっても美味しかった」

「喜んでもらえて僕も嬉しいよ。少し休憩したらお風呂に入って、今日はもう寝ようか」


 ゴマは当たり前の様に毎日のように風呂に入ってはいるが、ハナの様な平民は風呂に入った事はない為、風呂の入り方を一から説明するゴマ。




「すごい…お貴族様になったみたい。石鹸も良い匂いだし、ふっわふわで気持ち良かった!」

「汚れも落ちて綺麗になったね」


 お風呂から上がってきたハナは、身綺麗になっていた。


 汗と泥でべとついていた髪もサラサラになり、肌も白くて綺麗になっていた。昔にアイナが来ていた洋服をハナに渡したが、少し大きかったようだ。




「じゃあ寝ようか」

 寝室に案内するゴマ。


「ゴマお兄ちゃん。一緒に、寝てくれる…?」

「うん。勿論」


 今まできっとハナは寂しかったのだろう。大好きだった両親は奴隷商人に殺され、今まで一人で地下牢に閉じ込められていたのだから。そんなハナの気持ちを分かったのか、ゴマは一緒にハナとベットに入る。



 窓から差し込む月明かりがハナを照らす。その寝顔は涙で濡れていた――



 ◇



 次の日、ゴマたちは砂浜に座って海を眺めながら話をしていた。


「ハナはこれからどうしたい?」

「…ずっとここに居たい――でも、自分だけこんな天国のような場所で暮らしていいのかな…」


 たった一日をこの島で過ごしただけのハナではあるが、自分だけこのような場所で暮らして良いのか――自分以外にもまだまだたくさんの人々が不幸で苦しんでいるというのに。幼いながらにも葛藤があるようであった。


「僕はハナの意思を尊重するよ。どんな道を選んでも僕は君の事を応援する。まだまだ君は子供だ。ハナがやりたい事が決まるまではここに居ればいい」

「ゴマお兄ちゃん…ありがとう」



 ハナはこれからどのような人生を送るのだろうか…自分では気づいていないようであったが、ハナの中ではこの時既に自分がやりたいことは決まっていたのだ。それは、


『苦しんでる人達を守りたい――』









 ◇



 ジーランディア大陸の都市では、『八咫烏』という巨大な闇の組織が違法な行為をして大金を稼いでいた。


 人身売買――暗殺――違法薬物の売買。


 それ以外でもかなりの数の犯罪を行ってきていた。


 何故、この八咫烏という闇組織は存在し続けているのだろうか。それは、この都市の領主と裏で繋がっているからだ。


 領主にとってもこの八咫烏は都合の良い存在であった。自分に歯向かう勢力を金さえ積めば、八咫烏が処理をしてくれるのだから。八咫烏からしても、金払いの良い領主であった。



 しかし、今まで私腹を肥やした領主と八咫烏はある日、




 領主と組織が貯めに貯めこんだ金品は、貧しい村や孤児院。そして真っ当な領主の元に匿名で届けられる事になった――金品の傍に自身の瞳と同じ色の花を置いて。


 赤い花は『ポインセチア』花言葉は「祝福」


 そして青い花は『ムスカリ』花言葉は「明るい未来」


『貧しい生活を送る弱者達に明るい未来がおとずれますように――』




 だが、悪事に手を染める者は世の中には腐るほどいる。八咫烏という組織はほんの一部なのだ。


 今日もピエロの仮面を被った人物は闇に潜る。弱きものを助ける為に――

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