地獄の始まり

 冒険者協会と国からは大量の報奨金を頂いた。この依頼を知れたのも初日の一夜を安心して過ごせたのも彼らのおかげですから、報奨金は四人で頭割りした。それでも、1ヶ月は生活に困らない額だった。


 区切りという区切りがつきましたし、彼らに恩返しはできた。この機会に別の国に行ってみることにしよう決め、彼らにお別れを告げようとした時――


「パーティーを組まないか」


 そうイルグレスさんに提案された。お誘いは有難いが、私は旅人の身でありパーティーは組めないと言うと、彼らは倉庫まで来るようにと私に命じた。


 その理由を訊くと、簡単なお別れ会をしたいとのこと。私は二つ返事で了承し、それから四人で古びた倉庫まで移動した。


 倉庫はいつも通りの廃屋感、そればかりかお別れ会と言えるのかどうかも不思議な光景だった。

 イルグレスさんは木箱の上に腰掛け、シャッゼオさんとデーガさんは武器を持ち、イルグレスさんの両サイドに立っている。そのままイルグレスさんが私に問い掛けた。


「旅人で、一文無しでこの国まで来た。魔物をいとも簡単に操る神具を持っている。どう見ても普通の人間ではない。一体君は何者なんだ」


「普通の旅する少女ですよ」


「嘘は良くない。君は普通の人間じゃないね?」


「普通の人間ですよ」


 淡々と私は答える。正体を明らかにするわけにはいかない。


「本当のことを言わぬなら僕たちとパーティーを組まないか?」


「ごめんなさい、パーティーの件はお断りしたはずです」


「では、本当のことを言え」


 口調が荒くなった。


「…………」


「本当のことを言えばお別れ会終了だ」


「…………」


「さあ早く言うんだ!」


 荒々しくなった口調で私に迫るイルグレスさん。どうしてしまったのだろう。まるで人が変わったようだった。身の危険を感じ、埒が明かないと悟った私は腹を括った。


「分かりました。本当のことを話す代わりに約束してください」


「内容による」


 約束できないと言われるかもしれないが、私の提示する条件は本当に些細な約束。納得はしていただけると思う。


「……絶対に他言無用でお願いします」


「良いだろう」


 即答だった。双方の条件で納得した私たち。私はパーティーメンバーに加わらない条件で本当のことを話す。彼らは見聞きしたそれを絶対に口外しない。


 そして、私は躊躇いながらも口を開いた。


「……私は……妖精です」


 私はついに人に話してしまった。個人的に話したくはなかった。危険な人間に私の存在が知れたら、折角の旅も楽しめないから……。


 そう思ったのは束の間、私は妙案を思いついていた。記憶を操作する魔法、《記憶操作デラ・メモリア》で彼らから私の記憶だけを消してしまえば問題はないと。気付かれぬように去り際で。


 当の彼らは驚きで目を丸くしていた。先程までの上から目線の威勢はない。


「それじゃあ私はこれにて失礼します」


 私は振り返り出口に向かった。そしてあの魔法を放とうと人差し指を振ろうとしたその時だった。


 冷たい金属が私の腕を締め付けた。


「痛いっ」


 シャッゼオさんに腕を掴まれていた。


「どういうおつもりですか!」


 怒りを顕にして振り返る。


「それはこちらの台詞だ。今何をしようとした」


「別に何も……」


「魔法を感知した……」


 腕を掴んだままのシャッゼオさんが隣で呟いた。


「まあいい。それよりもまだ僕たちは本当のことを聞いていない。妖精である証拠を見せるんだ」


 そう言われるだろうとは思っていた。でも、最後は記憶を消してしまえば問題ない話。


 私は《妖精化ディオリス》の魔法を行使する。体が光の霧に覆われ、忽ち姿が見えなくなる。シャッゼオさんの掴んでいた腕は霧と化した。


 光の霧が次第に小さくなり収まると、そこには外見的特徴のほぼ変わっていない一人の妖精が現れた。背丈は30センチくらいと言ったところ。違うところは妖精の象徴であり、命とも言える羽衣のような羽が出現したこと。今の私は妖精のルミナティア。


 彼らは一瞬言葉を失っていた。


「ははっ、素晴らしい、素晴らしいよ! 約束通りパーティーの件は諦める」


 警戒している私を歯牙にもかけずイルグレスさんは近づいて来る。


「これが妖精の羽なのか……実に美しい……」


 私の羽に触ろうとするイルグレスさんを後退りをして拒んだ。


 顔をしかめたイルグレスさん。


「妖精である証拠です」


「あぁ本当に妖精だった……」


「それでは私はこれにて失礼します。お世話になりました」


 急に人が変わった彼らに私は恐怖を覚えていた。彼らは危険な人間だった……。早く関わりを断たないと、逃げないと……。もうお別れですと体を翻し、出口に向かって勢い良く飛んだ。

 すると、出口を塞ぐようにデーガさんが仁王立ちをしていた。


「やっぱり惜しい、惜しいよ」


 後ろでイルグレスさんが不敵な笑みを浮かべながら頭を抱えていた。


「君のその美しい羽をくれないか?」


 目が獲物を捕らえる肉食獣のそれだった。


 本当に何を言っているのだろうかこの人は? 約束と違う。本当のことを話したのにどうしてまた追加注文をするの? 約束なんて守る気は毛頭ないのだろう、そういう目をしている。

 何度その目を誰かに向けて来たのだろうか。感じられる雰囲気は今までとは全く違う。

 初めは橙色の温厚な雰囲気だった。だけど、今は他色を拒むどす黒い雰囲気だ。本当に別人、これが彼の本性……なの? 私は全然大丈夫なんかじゃなかった。シルフの忠告通りにもっと注意深く気を張っていればこんな事にならなかった……。


「イルグレスの言うことを聞け、それまでここは通さん」


「君はもう逃げられない」


 私の体を後ろから鷲掴みにされた。


「痛いっ!」


 妖精の姿であれば人間が鷲掴みにすることくらい造作もない。鉄の手が背中からお腹を覆っていた。


「シャッゼオ、さん……」


 私をどうしても自分たちの元に縛り付けて置きたいみたいだ。


「さあその羽をくれるのかくれないのか」


「嫌です」


 背中の羽は妖精の証であり力の源。なくなったら妖精としての死が訪れる。命と同じ重さだ。

 あの子に会うその時まで、どんな事があってもこの羽だけは失うわけにはいかない。


「それじゃあパーティーの件は諦めきれないな」


「本当のことを話したら諦めてくれるって言ったじゃないですか!」


「それは嘘だよ」


「嘘……」


「そう嘘、君は僕と出会った時から、すでに僕の掌の上で転がされていたんだよ。力を試すためにね。僕たちの手となり、足となり動いてくれるのか、その力が君にはあるのかをね」


「そ、そんな……私があなたたちの依頼を受諾することも想定内だったってこと?」


「誰でも良い。取り敢えず力のあるやつが来てくれさえすればね」


「酷い……」


「酷いとは心外だね。僕たちは僕たちの生活を豊かにする下僕が欲しいだけなんだよ。これはそのための審査だ」


「酷い……酷いよそんなこと……」


 イルグレスさんは鼻で笑った。


「何がおかしいの!?」


「すまないね。体を掴まれたまま僕たちに反抗する生き物は初めてだったからね。どうだい? シャッゼオ」


「力が……入らない……」


「どういうことだ?」


「不思議な力が……押し返して来る」


 私から溢れた淡い光は、シャッゼオの手を押し返すように広がっていった。


「そうか、道理で君の表情から苦しみが感じられないわけだ」


「これ以上の話し合いは意味を成さない」


 そう断言すると、再度パーティーメンバーにならないかと促された。それは、パーティーメンバーという名の奴隷だ。きっとそんな扱いが待っていると思った。


 シャッゼオさんの手から逃れた私は、天井に空いた穴から外へ出ようとしていた。そんな時、下から伸びて来た鉄鎖が私の脚に巻き付けられた。振り解こうとするも鉄鎖につけられた鋭利な棘がくい込んだ。


「いっ! あぁぁ、あぁ……」


 下を見るとシャッゼオさんが鉄鎖の柄を手にしていた。


 鉄鎖は勢いよく地面に向かって叩きつけられ、それに伴い私も勢いよく地面に向かって一直線に降下を始めた。

 地面に打ち付けられる直前に風属性魔法で衝撃を和らげるのが精一杯だった。それでも、脚の痛みだけは和らげなかった。


 その様子を後ろで彼らは嘲笑っていた。


 自然と涙が出た。脚の痛みからだろうか。脚には赤い涙が何筋も伝っていた。


 地面に横たわった私はイルグレスさんの前へと差し出された。痛みでその場に立ち上がることさえできなかった。


「惨めな姿だな。シャッゼオよくやった。後で褒美をやろう」


「あの鈴が欲しい……」


「良いだろう」


 不敵な笑みが私を囲っていた。


 統御の鈴は妖精神様が身を守るためにと託してくれた神具。決して誰にも渡すわけにはいかない。その身を守る時が今だとしても、こんなことがあったなんて誰にも言えないから、渡せない。

 そんな私の想いなど無下にあの鈴を出すんだとイルグレスさんは私に詰め寄って来た。


「僕たちも使いたいんだよ」


 私と目線を合わせるように屈みながら囁いた。


「使われたいの間違いじゃなくって?」


「まだ舐めた口を聞くか。デーガ、シャッゼオ好きにしろ」


「やっと俺様の出番か! シャッゼオ譲れ」


「殺すなよ……」


「ハッハッハ、こいつの忍耐力によるな」


 また涙が溢れて来た。どうして、どうしてそんなことするの? 何が目的なの? 私には分からない。


「まずは高く売れそうなその羽をもらおう」


「えっ!? やっ、やめて……」


 デーガさんはお構いなしにその巨大な両刃斧で羽を切ろうとして来た。


「いやっ、やめて……やめてください!」


「ハッハッハ、命乞いは心臓が鷲掴みされた時にだけにしておけ」


 その命乞いが今なのだ。羽は妖精の力の源であり、妖精の心臓でもあるのだから。


 両刃斧が私の背中に添えられる。冷たい鉄の温度と羽を切られそうな恐怖に猛烈な寒気が誘き出された。刃は羽の付け根のすぐそこまで来ていた。


「お願いします! やめてください!」「やめてください!」「やめて! やめて! いやっ! やめてっ!」


 そんな私の声も届かず、羽に刃の当たる感触がした。


「いやだぁ! 本当に、やめてください……お願い……します……」


 私は泣きながら懇願した。涙が滝の如く溢れる。涙は川のように頬を流れ、目は赤く染まる。脚は千切れそうなほど痛い。少しでも動く度に激痛が走る。


「いやだよぉ……こんなところで……」


 もう今の私に残された道は懇願することだけだった。妖精が人に命乞いをするなど、妖精の自尊心を捨てたも同然の行為だった。


 それでも良い。まだ妖精として生きていきたかったから。


「やめて……ください……」


 声にならない声で必死に懇願した。


「へっ、今更なにをほざくか!」


 そして遂に羽が掴まれた。もう切られるのかな、力が入らない……。もう鈴を渡してしまった方がいいのかもしれない。例えこのことを報告することになっても、この命が尽きてしまったら元も子もないから……。


「デーガやめろ」


 イルグレスさんの声がした。デーガさんは俺にも遊ばせろと反抗していた。それから二人は何を話していたのか分からない。言い争う声だけが聞こえていた。

 私の事で言い争うなんて恋だけにして欲しかったな……なんて場違いな淡い妄想を抱いて現実逃避しようとした。


 すると、イルグレスさんが再び私の前に屈んだ。再度、パーティーメンバーにならないかと提案された。


 私は命のため頷く選択肢しか残されていなかった。苦しい辛い返事をした。か細く弱々しいまだ子どものような声色で。


「……はい」

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