思い出の花を

 騎士のような鎧姿の人、魔女のようにローブを羽織った人、背中と腰に斧を携えた恰幅のよい人など、僕にとってはコスプレ大会ですかと思うほどに見慣れない光景がそこには広がっていた。


 僕たちは人々の間を抜けて奥へと進んだ。壁には広告や写真、指名手配犯と思われる物騒な紙も貼ってある。突き当たりの受付カウンターには受付嬢さんが一人、目が合った受付嬢さんは微笑んで見せた。その笑顔に導かれるように僕たちは受付カウンターへと足を運んだ。


「ご依頼ですか?」


 受付嬢さんはあからさまに周りとは違う軽装な僕を見て尋ねた。


「依頼を受けに来ました」


 ルナのその言葉に驚いたのか、受付嬢さんは若干目を見開いた。


「左様でございますか。それでは冒険者カードのご提示をお願いいたします」


 魔法でカードを1枚出現させたルナはそれを受付嬢さんに手渡した。ルナって冒険者だったんだとここで初めて知った。


「ルミナティアさんですね」


「はい」


「冒険者ランクはシルバーランクとなりますので、シルバーランク以下のご依頼が受託可能となります」


 こちらが一覧ですと数百ページはある冊子がカウンターの上に置かれた。


 ありがとうございますとルナは冊子を捲る。書いてあることは分からないが、ページを捲るスピードからは大体察しがついていた。

 金銭的な問題だと思う。決まって凝視しているページには他とはあからさまに大きい数字が書かれていた。ルナは冊子の半分ほど見たところでページを捲る手が止まった。


「これにします!」


 算用数字で『3』と書かれていた。小さいように思えるが、もしかしたらお金の価値が違うのかもしれない。硬貨とお札みたいに。


「かしこまりました。それではこちらに手続きをお願いします」


 ルナは紙にペンですらすらと慣れた手つきで手続きを進めた。記入が終わると先程の冊子のページが切り取られ、手渡されていた。


「ありがとうございます」


「いってらっしゃいませ」


 と、受付嬢さんの明るい声とにこやかな笑みが向けられていた。


 淡々と進んだ依頼受諾。僕たちは冒険者協会を後にし、大通りへと戻って来ていた。


「早速行こっか」


 と、振り返りざまに言うルナ。しかし、何も知らない僕を引き連れて依頼をこなすのは些か危険でないだろうか? 依頼内容にもよるが、戦闘系だった場合、僕は必ずと言っていいほど足でまといだ。遠距離攻撃として投石するくらいはできるが、間違いなく1ダメージにもならない。勿論それ以外の内容だとしてもサポートできるか危ういところだ。そんなことだから心配で仕方がなかった。


「何の依頼を受けたの?」


 そう訊いたのはその心配を多少は和らげようとしていたからだ。


「思い出の花を。って依頼」


 依頼の紙を見ながらルナは答えた。続けて依頼内容を音読してくれた。


    ○


 冒険者様の思い出の花は何でしょうか?


 突然申し訳ございません。

 どうやら私は花が好きすぎる故、誰これ構わず尋ねてしまう性分のようなのです。

 自己紹介はこれくらいにさせていただきますが、依頼内容とは全く関わりがないというわけではございません。


 単刀直入に申しますと私の思い出の花『十年花』を探していただきたいのです。


 探しておりますが、中々発見に至っていない状況なのです。

 十年花は花屋に並んでおりません。妖精の森に自生していると耳にいたしましたが、生身の人間の立ち入りは禁止されておりますため、採取することも叶いません。


 つきましては、冒険者様のお力添えを賜りたく、ご依頼をさせていただきました。


 何卒よろしくお願いいたします。


    ●


 音読を聞く限り丁寧な文章で綴られている。それに探しものの依頼なら僕にもできそうだった。


「十年花……人間界ではそう呼ばれているのね」


 ルナは心当たりがあるようで考え込むように呟いていた。


「知ってるの?」


「もちろん、私たち妖精の間ではクリスタルフローラと呼んでいたけどね」


「クリスタルフローラ……」


「そう、透き通るほどに美しい白銀の花を咲かせることからそう呼ばれてるの。それに見たものを幸せにするなんて話もあるくらいに珍しい花なんだよ」


「そっかぁ、一度でいいから見てみたいな。でも、話を聞く限り妖精の森まで行くことになりそうだね……」


 妖精の森に自生しているとしか書かれていなかったため、恐らく他の地には自生していないのかもしれない。花好きな依頼人さんでさえも知らないのですから。

 路銀調達として依頼を受けたのに妖精の森まで採取に行ったら、本来の僕たちの目的を果たすことになってしまう。本来の目的を果たすための依頼なのに……。


「それなら問題ないよ。もうあるから」


 もうこの依頼は達成できたと言っても過言ではない物言いだった。まるでこうなることを予測していたとしか僕には思えなかった。用意周到、その言葉に尽きる。


 ルナは黄色い光を指先から出現させ、そのまま空中に円を描いた。描かれた光の円の中に手を突っ込むとそこから1つの植木鉢が取り出された。

 植木鉢には土が敷き詰められ、その上からは可愛らしく膨らんだ蕾が、今か今かと花咲かせるその時を待ち望んでいるように見えた。


「花咲くその日はそう先じゃないよ」


 どれほど美しい花を咲かせてくれるのだろうか。いつかこの目で見てみたい。


「どれくらい?」


 この高ぶった気持ちを抑えきれずに僕は訊いていた。


「1、2年ってところかな。妖精の森に着いたら見せてあげるよ。きっと咲いていると思うから」


「ありがとう」


「さて、花は咲いてないけど一応依頼人さんの所に行ってみようか」


「どうなんだろう、開花状態の方が良いのかな?」


「どうだろう?」


 そんな曖昧な感じのまま依頼人さんの所へ向かう僕たち。依頼人さんの住所は依頼用紙の下部に簡単な地図と共に記載されていた。


 地図通りに歩みを進めると、依頼人さんの家と思わしき小さなログハウスに辿り着いた。それはまるで、富裕層が広大な庭に建てていそうなおしゃれな小屋のよう。周りの家々とはひと味も、ふた味も違っていた。そんなログハウスを取り囲むのは、緑豊かなグリーンフェンス。赤、青、黄といった色彩豊かで可愛らしい花々が至る所に咲いている。


「きれい」


 思わず零れた言葉だった。感じたことはルナも同じだったようで首肯を繰り返していた。


 芝生が敷き詰められた庭に足を踏み入れると、色彩豊かな可愛らしい花々の花壇がログハウスを取り囲むように並んでいた。そこはさながら花屋のよう。僕たちはその光景に見惚れながら玄関へ向かった。

 扉には花形のノッカーがついていた。ここまで花とは依頼人さんは相当お花好きのようだ。

 ルナがノッカーで扉を叩くとトントントンと濁りない軽い音が響いた。


 暫くすると扉が開いた。中から姿を現したのは10代後半に見える一人の女性。肩を過ぎるくらいの茶髪は緩くウェーブがかかっており、髪飾りの白く輝く一輪の花のブローチが可愛らしさを引き立てている。そして、白と赤を基調としたワンピースを着込んだ彼女はさながらご令嬢のよう。花とログハウスと彼女、相性は抜群だった。


「どちら様?」


 彼女は訝しげに見つめていた。


「こんにちは。十年花の依頼内容の件でお伺いしました」


 ルナが元気よく放ったその言葉を聞いて、彼女は訝しんだ表情を穏やかな表情へと刹那の内に変えた。


「どうぞ上がってください!」


「ありがとうございます」


「お邪魔します」


 小屋の中へと足を踏み入れた。天井は高く、シーリングファンが優雅に回っている。綺麗に整理整頓された部屋はまるでモデルハウスだ。


 彼女は僕たちを部屋に招くと紅茶を入れて来るからと奥の部屋に消えていった。

 ものの数分で彼女は戻って来た。どうぞと白いティーカップに入った紅茶が差し出された。対面するように彼女も椅子に座る。


「私はフィオナ・フラウスローズ。フィオナって呼んでくれればいいよ」


 彼女の挨拶に続いて僕たちも挨拶をした。


「ルミナティアです。よろしくね」


「真白です。よろしくお願いします」


「ルミナティアさんにマシロくんね。今日は依頼内容の件で来てくれたんだよね」


「はい、まだ蕾の状態で花は咲いていないですが……」


 そう言いながらルナはあの光の輪の中から植木鉢を取り出し、フィオナさんに手渡した。

 フィオナさんは目を輝かせながらそれを受け取った。


「ありがとう」


 フィオナさんの目には潤いが齎され、きらきらと輝いていた。長年の待人と再開を果たしたかのように、長く、長く見つめていた。数分、また数分、そして10分が経過しようとしていた時、我に返り僕たちを見て一言呟いた。


「あっ、ごめんなさい……」


「十年花お好きなんですか?」


 ルナは優しく語り掛けた。


「好きなんてものじゃない……大好きっ!」


 真夏の陽光よりも眩しい笑顔が向けられた。それは心の底からの笑顔で、好きの気持ち、大好きの気持ちが抑えきれずに溢れたものだった。


「本当に大好きなんですね」


「はい、初めて本当の友達ができた時のキューピットになった花ですから」


「本当の友達?」


 あっ、と言葉を漏らしながら、フィオナさんは言い過ぎたと口を手で覆い隠していた。けれど、それはもう手遅れだった。隣の妖精は既に興味津々と頷いていた。フィオナさんは仕方ないと穏やかな表情を浮かべていた。


「話すと長くなるけど聞きたい?」


「聞きたいです!」


 と、前のめりで目を輝かせている妖精が隣にいた。


 フィオナさんは僕の方を見て小首を傾げた。僕はどうなのか訊いているよう。

 僕も正直なところ聞いてみたい気持ちがあった。花がきっかけで『本当の友達』ができるのか。それが不思議でたまらなかった。僕がそう呼べるのは緑ヶ丘ただ一人だ。きっかけは何だったのだろう? 幼馴染みだからと答えるのが正解なのかもしれない。

 だから尚更、花という自然、植物を通した『本当の友達』が気になって仕方がなかった。


「聞きたいです」


 と、言葉にしていた。


 それからフィオナさんは、初めてその話を他人にするのか、逡巡の後に口を開いた。


 それはとある感情が招いた。嬉し悲しくもフィオナさんの優しさに溢れた物語だった――

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