10年前のあの日
遠足で近くの森へ紅葉狩りに行っていた時のこと。限局された範囲でのみ許可された自由行動という時間があった。
みんなは鬼ごっこやかくれんぼといった外の遊びを楽しんでいる。
ふと上を見上げると真っ赤な服に身を包んだ子が木の枝に座っていた。かくれんぼ中なのか、唇に人差し指をあてがい静かにと訴えて来た。その小さな体と服装で見事な紅葉に囲まれてしまえば見つけ出すのは至難の業だ。
一方で僕は小川に落ち葉を流して遊んだり、四方八方を紅葉に囲まれてみたり、と一人静かに有意義な時間を過ごしていた。もっと奥に行けばもっと綺麗な場所があるかもなんて、好奇心と探求心に駆られ森の中を歩き進めてもいた。
少し歩くとなにやら賑やかな声が森の奥から聞こえて来た。その声のする方へと自然と歩みを進めていた。
一人の時間を謳歌し過ぎて人肌恋しくなったのか、周りのみんなと同じように誰かと一緒に遊びたかったからか。それは僕にも分からないけど、感覚的なことだとは言えた。
木々の隙間から覗くと数人の男子グループが話をしていた。その前には古めかしい小さな祠。
「あの扉を壊せたら一番な!」
「一番になったらどうなるの?」
「一番はみんなからおやつを1個ずつもらうことができる」
「「よっしゃー! やるぞー!」」
罰が当たりそうな会話だった。これは止めに入った方がいいよね? 僕一人だけど止められるかな。止めたことで逆恨みされたらどうしよう……。
不安と恐怖で心臓が握り潰されそうだった。鼓動が速く強く、脳天にまで響くほどに打ち鳴っていた。
自ら火の中に飛び込んだことはない。ましてや油を注いだこともない。だから、怖くて怖くて仕方がなかった。
だけど、目の前の光景は見逃せないものだった。
それは祖父から言われた『優しい人になりなさい』の一言。それがいつしか僕の目標になっていた。
そのためにもこれは止めるべきなんだ。いけないことは注意する。神様の家なんだ、壊させちゃいけない。神様を守ったら優しい人だって言えるよね?
後先のことなんて考えもせず、僕は勇気を振り絞って木々の隙間から飛び出した。
「そんなことしちゃいけないよ!」
強く言い放った突然のその言葉に、男子グループは体を震わせ、驚いた表情で振り返った。その場が一瞬で静寂に包まれた。僕の鼓動が相手にも聞こえそうなくらいに。
その中でグループのリーダー格と思われる男子が口を開いた。
「な、なんのことだよ。俺ら何もしてねぇぞ。なあそうだろ?」
周りは一斉に頷き、「そうだよ、なにもしてねぇよ」、「言いがかりだ」と僕に向かって一斉攻撃が始まった。
「で、でも、あの扉を壊すって……」
「もともとボロボロなんだから壊しても変わんねぇよ」
「ボロボロだから壊すは違うと思うよ」
テンションが下がったのか、男子グループは「つまんね、帰ろうぜ」とだけ言って立ち去ろうとした。
意外と平和に解決できたと少し安堵した。神様を守れた。これで優しい人に近づけたかなって……。
その時だった。男子グループは一斉に小さな祠へ向かって石を投げつけ始めた。コツンコツンと石が祠に当り、その中の一投が祠の扉に命中した。閉じていた扉は衝撃で勢いよく開いた。神様が怒り出したかのように。
「あっ……」
そうだよ、こんなに上手くいくはずないんだ……。
守れなかった。優しい人に近づけていなかった。
そして男子グループは僕に近づくと思い切り突き飛ばし、地面に横たわった僕を囲み嘲笑い始めた。
なんで、どうして……。
悔しかった。
悲しかった。
目尻が急激に熱を帯び冷たい水滴が頬を伝った。熱いのに冷たいなんて変な感覚だった。
この騒動で先生方が数人駆けつけて来てくれた。男子グループはこれでもかと説教をされていた。僕に駆け寄って来た先生は服に着いた落ち葉を払ってくれた。
「痛かったよね。怪我はないかな」
「怪我はないです……でも」
小さな祠を指差した。
「祠? 何があったの?」
「神様を傷つけようとしてたので注意しました。でも、石を投げられて扉が開いちゃいました……」
「……そっか」
先生は憂いを帯び、揺れる瞳で僕の瞳を覗いた。
「神様を守ろうとしてくれてたんだね、ありがとう。でもね、神様は誰かを守ることができるくらいに強いんだよ。だから、目の前で誰かが傷つくのは神様も望んでいないと思うの。こういう時はまず先生に話して欲しいの。全部自分で何とかするんじゃなくて、他人の力を借りることも大切なんだよ。怪我をしないように自分にも優しくしてあげてね」
僕は勇気で押さえつけていたのかもしれない涙が一気に溢れ出した。
先生は僕をぎゅっと抱きしめ言いました。
「よく頑張ったね。はる人くんは優しいよ」
暫くして僕が落ち着くと先生は帰ろうかと僕の手を取った。
「神様に挨拶だけしておきたい」
先生は和やかに微笑み、一緒に挨拶しようかと言ってくれました。
僕は開いた扉を優しく閉め、合掌した。
その後、泣きじゃくった顔のままの男子グループは神様と僕に謝罪した。嗚咽で何を言っているかも分からない状態だったから、取り敢えず何も言わずに僕は頷いた。
それよりも僕は祠に見惚れていた。何か不思議な力を感じていたから。
先生と一緒に帰ろうとした時、後ろから吹いたそよ風が僕を撫でていった。その不思議な力の正体のような気がした。
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