第41話 蘇生(2)

 二人の男の顔が私を見下ろしていた。その時私は制服姿で、体育館みたいなところの床に転がっていた。深い夢から覚めた気分だった。最後に覚えているのは、ゴルフクラブを振り回してきた男の冷たい真顔。


「メガネかけてる女なんてみんなブスって偏見があったけどさ」ひげの生えている方の男が言った。「こう見るとなかなかカワイイじゃねえか。なあ、人質に使う前に一発ハメていいか?」


「ダメですよ」と言ったのは髪の長い方の男だ。「必要以上に恐怖を与えたくないんです。ちゃんと人質としての任務を全うしていただかなくては。ねえ、江崎美礼さん、あなたはよみがえったんです。死の淵からね」


「生き返った? 私が?」


「そうです。でも不完全な形での蘇生なんです。あなたは僕の奴隷。自分の意思ではこの世界を抜けることはできないですし、財産も取り上げられているんです」


「胸はまあまああるじゃん。なかなかに楽しめそうだ。こんな上玉を目の前にして、お預け食らわせるなんてひどいぜ、香月くん。そうだ、御堂の馬鹿野郎の目の前で犯してやるのも一興だな」


「菅田くん、やめましょう」


「あなたたち何を言っているのよ? 御堂くんがどうして……」


「お前は人質なんだよ、江崎美礼。しゃくなことにあいつ、ここまで生き残ってやがんだよ。まったく不可解な理由でな。きっとラッキーのたまものだぜ。あんな野郎は幸運にでもすがらないと生き残れないからな。だからまあ、アンタの命を餌に隙をついてブッ殺してやろうって算段なんだよ。分かる?」


 かすみがかっていた思考がふいに晴れ、私は窮地にいることを悟った。私は生存をかけたゲームのなかに身を投じられ、自分でも知らないうちに危険な男たちの手駒にされていたのだ。私と御堂くんの関係は彼らに知られていて、人質として利用されようとしている。


「美礼ちゃん、顔が真っ青だぜ」菅田という男が言った。「なんか怖いことでもあるのか? 俺でよければいつだって相談にのるぜぇ」


 ここから逃れなくては、身じろぎしようとしたとき、私の両手が背中のほうにあることを知った。太い縄で後ろ手に縛られているのだ。もがけばもがくほどに縄が食いしめ、ぎしぎしと悲鳴をあげた。


「たまんねえな、その顔。欲情するぜ」


 男の野太い指が私のほおをつかむ。ほおに食い込んできた指先の脂ぎった感触に鳥肌が立つ。変化した私の表情に、男は満足のほほえみを浮かべた。


「だめだ、だめだよ、香月クン。我慢できねえ。一発やっていいか?」


「菅田くん」香月という男の声は硬質を帯びていた。「外してくれますか。江崎さんと二人きりでお話ししたいんです」


「あんだと。俺を邪魔しようってのか、香月クン」


 二人はにらみ合った。息を五回ほど吸って吐いてする間に、にらみ合いは終わった。菅田が折れたのだ。菅田はにこっと笑い、涼しい顔の香月の肩に手を置いた。


「分かったよ。香月クン。二人でゆっくりな」


 過ぎ去り様、菅田は私に向かって目をカッと見開き、口角を上げ、投げキッスを送ってきた。力任せに閉じられた扉が、ガンと大きな音を立てた。


「許してください。彼はどうにも品性下劣なところがあるんです。あの手の男は本来殺害対象なのですが、なにごとも使いどころというものがあるもので」


「無駄よ。人質なんかとっても御堂くんには通じない」


「そうでしょうか。そうかもしれません」香月は涼しげだった。「それを確かめたいところがあります。彼は生き延びた。彼の強さの理由が知りたいんです。僕は自分の強さを証明するために戦っている。僕が一番になれば僕だって弱くないんだってことが言えますから。彼はあなたの存在に動揺するでしょうか。しないでしょうか。非常に楽しみにしています」


「おかしいわよ……あなた」


「普通じゃないとよく言われます。だからいじめられていたんでしょうかね、僕は」

 

 香月の手が目の前に差し出された。


「さあ、おたちください。そろそろ戦いは最終局面を迎えます。〈名簿〉によると生存者は僕を含めあと三名。村西健と御堂さんがぶつかるとしたら、御堂さんが勝つでしょう」


 私はその手にかみついた。白魚のような手の甲に歯が食い込むと、口の中で手は鮮魚のように震えた。口の中に滴る温かい液体。香月の張り手が私のほおを打ち、私は口を放した。


「痛いですよ」


 冷たいまなざしが私を見下ろした。手の甲からは鮮血が流れ続けている。


「あなたなんかに御堂くんを好きにはさせない……。私があなたを殺す……」


「あなたは結構物騒なことも言えるんですね。意外でした。おそらく僕の怒りを買って僕に自分を殺させることで、自殺を遂げようというつもりではないでしょうね? 御堂さんの足を引っ張りたくないとそんなことを考えている? あなたはなかなか勇敢なのですね」


 香月の指がパチンと音を立てると、外に出て行った菅田が中に入ってきた。


「彼女は混乱しているようです。大人しくさせましょう」


「なかなかキミもいい趣味してるじゃない、香月クン」


 菅田の拳が、足が、冷たい私の全身を打ち据えた。いままで味わったことのない強烈な痛みが思考を奪う。意識が遠のいていく。


「あなたは目覚めたら、〈学校〉にいることでしょう」香月はまるで催眠術師のように私に耳打ちした。「そして己の無力を痛感しながら、御堂さんと相対することになります。御堂さんは取引材料のあなたをどう使うでしょうか? どうか楽しみにしていてください」

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