第42話 再会

「まさかお前がここまで残るとはね。めちゃくちゃ運がいいじゃねえか」


 香月が立てこもる教室へと歩いた。


 菅田はぺらぺらとしゃべった。


「みんな死んだのか。井上とか針本とかな、だれかに殺されたのかねえ」


」と僕は言った。「それはそうとなぜ君は香月なんかに仕えている?」


「仕える? 人聞きの悪い。手下とかじゃねえんだからよ。俺と香月クンは熱い友情で結ばれてる。パートナーシップって奴だよ」


「金か」


「ありていに言うとな。金払いのいいやつならだれだって大歓迎だぜ。それに香月クンは俺を蘇生してくれた恩人だしな」


「このゲームは最後のひとりになるまで終わらない。君か香月のどちらかが死ぬことになるぞ」


「それは違うね。この世界を離れれば俺は香月クンの〈奴隷〉さ。対等じゃないんだよ。だからさ、勝利をめぐって争いに発展することはないってワケ。俺はさ、香月クンに忠誠を誓っているんだ。ちょっとした騎士みたいなもんだぜ」


 菅田は口角を上げた。


 香月のいる教室が目前に迫る。


 香月と菅田はおそらく何らかの手段で僕を殺すつもりだ。信用できないという一点において、コイツらは信用できる。


 僕だってみすみす殺されるつもりはないが、菅田に持ってこないように言われ、ナタもボウガンも使えない状態になっている。もちろん、ポケットにナイフを隠し持っている。やつに「もう武器はもっていないな」と問われたとき嘘をついたのだ。


 菅田が教室の扉を開いた。


 案の定香月はそこにいた。教室中の机とイスが壁の隅に寄せられ、真んなかに何もないスペースが作られていた。香月がいるのは窓際だった。その手には黒い拳銃が握られ、横に立つ少女へと向けられていた。


「どうして来ちゃったの? 御堂くん?」


 そこにいたのは、紛れもなく江崎さんだった。髪は乱れ、顔には傷を負っている。両手は後ろ手に縛られているようだった。


「江崎さん」


 鼓動が高鳴った。江崎さんがそこにいる。物言わぬ死体となって、血を流して倒れていた江崎さんが、今ここで同じ空気を吸っている。


「お久しぶりです、御堂さん」


 香月はにこりと笑った。


「お互いにここまで残るとは思いませんでしたよ。あなたは勝負強いのですね。尊敬します。さて、どちらかを選んでください。いまこの場で江崎さんを殺して〈校外〉に引きこもるか、僕たちと戦うかです。僕も菅田さんも銃を持っています。きっと後者はあなたにとってはよい選択肢にならないでしょう」


 どこかで何かが崩れる音が聞こえた。部屋の気温も高くなっている。校舎を飲みこむ炎は勢いを増しつつあった。


「――誰だよ殴ったりなんかしたのは」


「僕が菅田さんにお願いしました。彼女。暴れたものだから、大人しくしていただく必要があったのです。ご理解ください」


 香月は江崎さんの体を僕のほうに押した。江崎さんが僕の腕へと飛びこむ格好になった。制服越しに感じられる柔らかな肌の感触。甘いにおい。僕は両腕に抱きしめた。


「江崎さんっ……! 江崎さん……!」


「御堂くん……」


 江崎さんの両目からはとめどなく涙のしずくがあふれだし、僕の首筋を濡れした。僕も涙で前が見えない。


「ごめんなさい。あいつらにいいようにされてしまって」


「いいんだ。君のせいじゃない。まったく君のせいじゃない」


「さあ、御堂さん、どうぞ。江崎さんを殺してください。必要ならば道具をお貸ししますよ」


 香月は言った。


 江崎さんの髪に触れ、首に触れる。このまま首をへし折れば、僕と江崎さんは二人だけの世界にこもることができる。僕の望む世界を実現することができるのだ。


「私を殺した直後に、あいつらあなたを殺すつもりよ。あなたが消える前にことを済ませる気だわ。私なんか置いて、逃げて。そうすれば勝機はある」


 蚊の鳴くような声で江崎さんが言った。


「できないよ」僕はそう言った。「――江崎さんを殺すなんて……できない」


 その首にかけた手の力をゆるめた。僕は江崎さんの体を再び抱きしめた。耳元で泣き声が聞こえた。さめざめと泣く絶望の声を。


「なるほど」香月は拳銃を構えた。「つまり僕たちと戦うということですね」


 突如、背中を激しい痛みが襲った。僕は江崎さんを押し倒すようにして教室の床に横たわった。視線を向けると、鉄パイプを構えた菅田がいた。


「ってことは御堂は殺されてもしかたないよね、香月くぅん?」


 香月は目を閉じ、息を吸った。目を開くと、その瞳には氷のように冷たい光が宿っていた。


「どうぞ」


 菅田の鉄パイプが振り下ろされた。体にめりこんでくる。顔に、首に、腕に、背中に、胴に、脚に。患部が悲鳴をあげた。


「やめて! もうやめて!」


 僕の体の下で江崎さんは泣いていた。


「ははは、この女バカか。やめるわけねえだろ、こんな楽しいことさ」


「殺すなら私を殺して!」


「お前はこの次だよ。残念だったな御堂、お前の女は俺がじっくり殺してやるし、なんならその後で犯してやるぜ? あの時息の根を止めておけば、お前も、お前の女も幸せになれたのにな! お前が臆病だったばっかりに!」


 菅田は笑った。攻撃の手は休まらず、僕は背中を丸めて打撃を受け続けるしかなかった。


「オラ死ね死ね、御堂。雑魚のくせに強がりやがって。たてつきやがって。俺になびかないお前が嫌いだったよ。ずっと殺してやりたかったんだよ。さあ、死ね。これでてめえも終わりだ」


 菅田は振り回した。ひときわ強烈な一撃が肩に落ちて来て、僕は絶叫をあげた。酷使された菅田の鉄パイプが折れ曲がった。


「やめて……これ以上御堂くんを撃たないで……」


「もういいでしょう。ここでゲームを終わりにしましょう。」


 香月は言った。


「約束が違うぜ。御堂の息の根を止めさせてくれる約束だろ? おいしいところを持っていく気かい、香月クン?」


「大人しく従ってください。御堂さんの命は私が速やかに奪います。その後、三人で戻りましょう」


「やれやれ、お前の目も節穴だよな」


 菅田は荒い息をつきながら、制服のポケットから拳銃を取り出した。デザートイーグルと思われるいかついボディ、その銃口は香月に向けられている。


「俺はよ、ここでのこのことついていく気は毛頭ないぜ。香月クン。このゲームは俺がもらうんだ」


 菅田は勝ち誇った笑みを浮かべて、引き金に手をかけた。音が鳴った。しかし――空砲だった。


「なんで……」


「お兄さんはあなたを完全には信用していなかったんですよ。その銃はフェイクで、ただのおもちゃです」


「あああっ。兄貴のクソがッ」


 香月は銃口を菅田に向けた。その時だった。


 全員が別のことに気を取られていた。だからドローンが羽虫みたいな音を立てて教室に侵入してきたことに誰もが気がつかなかったのだ――僕以外は。


「――何?」


 振り向きざま、香月のその額には大穴がうがたれた。のけぞり、背中から崩れ落ちた。だらしなく崩れた肉体になおも銃弾が打ちこまれ、香月の体はダンスを踊っているようだった。ドローンが弾を撃ち尽くすまでそれは続けられた。


 香月は絶命した。その体が紅茶色の発光をしはじめた。


『ザマァ見ろ!』


 ドローンから聞こえて来たのは草木乃絵の声だった。拾った武器をまざまざと捨てるようなことはしない。僕らは香月から接収したドローンの設定を書き換え、〈校外〉の携帯回線から操れるように設定していたのだ――蘇生した仲間のなかにドローンに明るい人間がひとりいたのだ。


 草木乃絵は今、校舎の外にいて、スマートフォンの画面をのぞきながら、この現場を見ているはずだ。


「絵乃、ちゃん?」


 板張りの床に倒れていた江崎さんはキョトンとしてその空飛ぶ機械に視線を合わせた。


『美礼! 早く死体に触って! 光輝いているうちにほら早く!』


 江崎さんは僕に視線を合わせた。


「御堂くん、ありがとう」


「後で会おう。ゲームが終わった時に」


『ほら急いで美礼! 早く死体に触って!』


「うん!」


 江崎さんは後ろ手を縛られたまま、香月の輝く死体へと倒れこんだ。その体と体が重なり合った瞬間、江崎さんは煙のように消えてなくなった。


「菅田。君と僕だけだ」


 返事はなかった。


 僕はよろよろと立ち上がった。


「お前なんでその体で立ち上がれるんだよ……」


 菅田が言った。全身が震えていて、いつもの全身からほとばしるような覇気は今や失われている。


「全身が痛むよ。吐き気もしている。寒気もしている。でもね、痛みには慣れているんだ。鍛えているし、その上誰かさんが常習的に暴力を加えてくれたおかげもあってね」


菅田は突っ立ったままだった。なんの闘志も感じられない。そんな相手を殺すのは主義じゃない。


「菅田、僕を殺してみろ。学校中の財産が君のものだぞ。なんでも君の思いのままだ」


 ふぅふぅと菅田は息を荒げ、鉄パイプを拾い上げた。使いすぎて折れ曲がった鉄パイプを。


「あああああああッッッッッ!」


 菅田が距離を詰めて来た。僕はポケットに手を突っこんだ。硬い感触――バタフライナイフ。


 僕は右手で柄をつかんで振り上げると、刃を飛び出させた。


 見当外れの菅田の一撃を横身になってかわすと、その心臓にめがけてやいばを叩きこんだ。


「んっぐぅ――ゴォッッッ!」


 菅田の喉からは奇妙なアマゾンの鳥のようないななきがほとばしった。


 確かな手応えがあった。その体がぐったりと倒れてきた。即死だったのだろう。意思を完全に失った身体の重みが僕にのしかかって来た。


 二つの死体。一つのドローン。ひとりの男。完全な静寂が部屋を支配した。


「――終わったのか?」

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