第44話 終結
冷たい金属製のフックに吊るされた学友たちの肉体を取り外す。フックが外れるときのにちゃっという音は何度聞いても聞きなれない。助け出したとき、みんな泣いていた。あるものは命乞いした。あるものは何でも言うことを聞くといった。僕はみんな聞き流した。恩義を感じる必要はないと。
そこには雲井周助がいて、天野玲香がいて、福田笑子がいた。彼らは関係を修復できるのだろうか。だが、それは僕には関係ない。あとのことは彼らに残された課題なのだ。
横尾凪沙は助けられた時、意外そうな顔をしていた。
「あれ? 君は私を助けてくれたの? 何で?」
「全員を助けることにしたんです」
「せっかく勝ったのに? もったいないと思わなかった?」
「いいえ」
「そうなんだ。君って面白いね。ありがとう。ひとつ心配なんだけどさあ。私たちの中に暴力が解決法としてにじみついちゃったりしていないかな? ムカついたら殺しちゃえばいいやみたいな」
「分かりません」
「君は正直だね。慰めの言葉でもくれるかと思ったんだけど」
横尾はむむむっと腕を組んだ。
「先輩手伝ってくれませんか? みんなを助けるのを」
「いいよ。任せといて」
横尾凪沙はウインクしてこたえた。
猪口哲心は「まさか助けられるとは思わなかったよ」と暗い声で言った。「俺はずいぶんとお前にひどい仕打ちをしてしまったからな」
「気にしていないとは決して言わないけど、そういう状況なんだからしょうがないと思う」
「そうか。やっぱり優しいなお前って。なあ、俺の愛の告白聞いてどうおもった? 返事が聞きたい」
「少しうれしかったよ。お前が正直に話してくれたからだ。でも、申し訳ないけれど告白は受け入れられない。俺はあの子が好きなんだ」
僕は遠くで草木や大勢の仲間と一緒に生徒たちをフックから下ろしている江崎さんに視線を向けた。
「残念だけど仕方ないな。でもそう言ってもらえてよかった」
副会長の村西と生徒会長の今村は肩と肩を抱き合い、笑い合っていた。
「またこうして生徒たちに会うことができるなんて信じられないな」
今村は言った。この人が笑っているのは初めて見た気がする。
「ああ。これも全てお前のおかげだよ、御堂開」
村西は言った。
「いえ。何もかもを元通りにしたいと思ったんです。少なくとも肉体的には」
「博愛主義に目覚めたってわけではなさそうだな」
「はい。悪しき人間になりたくなかっただけです」
「お前は正しいことをしたよ」
「生徒会に入れ」
開口一番副会長の村西健が言った。
「もし部活も委員会活動もやっていないのなら日々退屈だろう。お前は俺たちの生徒会にとって必要な人間だ」
こんな場でそんな申し出受けるとも思っていなかったので、僕は少なからず戸惑った。
「ありがとうございます。考えさせてください」
「前向きに検討を頼むぞ」
村西健は腕を組み言った。
「最後に言わせてくれ。本当によかった、俺を殺したのがお前で」
皮肉なのかそうでないのか表情に乏しい村西からはうかがい知ることができなかった。
「三百三十三人全員がそろっていないぞ」
針本がいち早くその事実に気づいた。
「全部二九七人しかいない。あと三十六人はどこにいった?」
「よく数えたな。本当か」
すでに百人前後が解放されていた。大勢の人間が歩き回っているなかでよく数を数えられるものだ。
「目がいいもんでね」
「その理由なら知っているわ」
東村が名乗り出た。
「アモンに取り憑かれている時に知ったのよ。三十六人は世界からの離脱を望んだ人たちよ。アモンの作った世界が心地良すぎてそこに留まることを希望した生徒」
「そんなに大勢いるのか? この世界から離脱したい人間はサァ」
針本は顔をしかめた。
「当たり前じゃない。永遠に自分の殻にこもっていられるのよ。むしろ幸せと言っていい」東村はそう言った。「私も里美が同意してさえくれれば二人だけの王国を作って永遠にそこで暮らしたいわ。
「同意してもらえなかったんだな?」
「針本クンったらイジワルな質問ね。その通りよ。里美は金田クンには飽きたみたいだけど、他に気になる子ができたんですって」
「もともとあの子のためにはじまったゲームだったのにな。残念」
「ええ本当に」
〈殻〉に戻りたいかと言われれば、その誘惑は強いものがある。亡き父や元気な母とすごした記憶はいまも宝物だ。
でも、一切は過ぎていく。記憶の中にとどまり続けるのは死んでいるのと一緒だ。
僕は前に進まなくてはいけない。
僕らはそれからずっと無言で蘇生者の顔を見ていた。うれしそうだった。僕らに感謝を述べ、それから友人たちとの再会を喜んでいた。
最後に蘇生させたのが、香月京だった。
「あなたは結構残酷なことをしますね」
眉根をひそめて香月は言った。
「この学校での僕の評価がどうなったかを知らないわけではないでしょう? このまま死なせたほうがよかったとは思いませんか」
香月のいう通り、生徒全員の視線が集まっていた。彼をよみがえらせるのにブーイングがあったのは事実だ。彼に殺されたものは大勢いる。全身を切断されたとか、嘘か本当か自分の肉を食われたと訴えている人もいた。憎悪の激流が彼へと流れこんでいた。
「いや」
僕はやんわり否定した。
「消えたいと願っているのなら、いまごろここにはいない。そういう人は――東村によると――一斉に消えてしまったみたいだから。君はこの期に及んで生きたいと願っている。そうなんじゃないのか」
「どうでしょうか。意識と無意識は正反対のことを考えているものですから。心は死にたがっても体は生きたがっている。そういうものでしょう?」
「どっちでもいい。ただ生きていてくれ。それだけだ」
「ねえ御堂さん、ひとつ聞いてもいいですか」
「なんだ」
「僕たちはどちらもいじめられていた。でもこの殺し合いでは優勝と準優勝だと言っていい。僕たちは生き物として強いということでしょうか? この僕も自信を持って生きていていいのでしょうか」
「こんな異常な状況で生まれた自信にどれだけの意味があるんだろう? 僕たちが生きるのは現実の世界だ」
「それは謙虚さで言っています? それとも本当にそう考えている?」
僕は何も応えなかった。
後ろ手にあいさつして、香月とは別れた。
これが香月をみる最後の姿になったのは皮肉な話だった。
香月は一月後に殺された。
小屋に監禁されて、拷問されて全身傷をおって、やせこけた状態で発見された。
犯人は山川里美だった。
手錠をかけられたとき、山川は自分を殺した男がゆるせないと警察に話したという。
時を同じくして東村こみえが姿を消した。なぜ消えたかも、どこへ消えたのかも誰も知らない。
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