第38話 飛行物

『横尾先輩の家が崩れた。』


 針本からスマートフォンに連絡があったのは、副会長との戦いを終えて間もない頃だった。


 ついにあとひとのところまで登り詰めた。仲間を多く開放し、知恵を集め、情報を集め、その結果が実を結んだのだ。


 あとは香月涼だけだ。


『香月は危険な奴だ』針本は言った。『あいつの被害者を分析すると、あいつは爆弾とか落下物とかトラップを張っているようだ。生徒たちの死亡場所から考えて、やつが一年の教室棟を根城にしているのは間違いないようだが、あそこに入っていくのは危険だ。しかもどうやって手に入れたのかは知らないが、銃を持っている。ボウガンでどこまで対抗できるか」


『もどかしいわね』と割りこんできたのは草木だ。『ねえ東村、最後に香月と戦ったのは横尾さんだと思うんだけど、横尾さんがどうやって死んだかは今わからないの? あんたの決めたルールでしょ?』


『残念ながら。どうしても見たいなら、一度戻ってきて、死体部屋を開けて〈名簿〉を見る必要があるわね。でも、そうしたら学校に残っているのが香月くんだけになってしまって勝利が確定してしまう』


『こうしてダマっているのもラチがあかねえだろ』と寺原は言った。『トッシンあるのみだよ。それがオトコってもんだろ』


『あなたはその直毛突進ぶりで御堂クンに殺されているんだからちょっと黙っていてちょうだい』と東村。


『ねえ、待ってなにか音が聞こえない? ぶぅーんって虫の羽音みたいな』


 草木が注意を促した。


 周囲を見張っていると、確かに草木のいう羽音が聞こえてきた。その音はどんどん大きくなってくる。よく耳を済ませると、機械音のように聞こえてきた。


 次第に音が大きくなる。耳を弄するほど大きい音ではないが、無視できるほど小さい音でもない。僕は柱の陰に身を隠した。巨大な蠅のようなものが廊下の中空を通り過ぎて行った。


「驚いたな」


 僕はその正体に気づいて呆気にとられた。


「ドローンだ。廊下を飛んでいる」


『マジで⁉ 香月のやつ、そんなものまで飛ばしているわけ?』


 鈍く光るこげ茶色のボディ。大きさは人の頭程度。体の先端にはカメラのレンズが光っており、抜かりなくあたりを見回している。最悪なことにその機体の腹面には銃のような物が取りつけられていた。


『ドローンとはな。きっとパソコンか何かで遠隔操作しているんだろう』と針本は分析した。『通信が復活したとなればこういうことも可能か。その操作者は香月自身なんだろうか?』


『どうかしらね。私たちだって〈校外〉から御堂クンを支援している。だとしたら、香月クンにだってそういう協力者がいないとも限らないわ。通信は回復しているのだから、ドローンを使えば安全圏から手を貸すことだって無制限にできる』


「待ちぼうけも安全じゃないな。銃を撃つドローンがその辺を偵察しているんだ」


 こうしている間に別のもう一台が飛んできた。今度は緑色で、さっきのとは逆の方角から飛んできた。


「複数台いるようだ」


『一匹見たら百匹はいるってやつだな。どこぞの茶色い虫みたいに』


 カメラは前方にしかついていない。背後からなら、いけるのではないだろうか。


「しかけてみる」


『慎重にな』


 ウエストポーチから野球のボールを取り出した。ボールは鉄芯を埋め込んでいて、表面も金属でコーティングしてある。立派な武器なのだ。


 ドローンが目の前を通り過ぎて行ったのを確認後、僕は狙いをつけて、投げつけた。ボールを投げるなんて中学以来でやけに緊張した。ビンゴ。ボールはうまく飛んで、ドローン本体に激突した。ドローンは墜落した。


 ドローンは羽をもがれた羽虫のようにじたばたと身をよじってから、急にその動きを止めた。


 僕は近づくと、そのボディに鉈の背の部分を何度もぶつけて完全に動かなくさせた。


 改めてそのドローンを観察する。真新しい緑色のボディはピカピカしていてた。ボディの下に取りつけられた銃――外して使えないかと思ったけれど、特殊な溶接で取りつけられているようだった。前面にはカメラ。目に当たる部分では光が点滅している。そこには『通信』とある。


「通信が生きていた。GPSか何かで場所が特定されたのかもしれない」


『マズくない? ドローンが総攻撃を仕掛けてくるよ』


 草木の心配はすぐ現実になった。微かな羽音が廊下の奥から鳴り響いてくる。


『また聞こえてきた』


 武器を握りしめる。


「平気さ。全部撃ち落として見せるよ」


 ドローンの操縦者は香月ほど慎重ではなかったようだ。壁への衝突を恐れてかあまりスピードを出してこない。編隊を組んで飛んでくるのなどせず、一機ずつ突撃してくる。肝心の銃の狙いは見当はずれだった。


 僕は逃げ続け、角を曲がった。


「いまだっ」


 僕も僕でトラップを張っていた。寺原から聞いた、教室から持ってきたカーテンを養生テープで廊下に貼りつけるシンプルなもので、角を曲がってきたところを衝突させた。もともと戦場で使うような大掛かりなものではない。ラジコンに毛が生えたようなものだ。ドローンはカーテンに巻き取られてその動きを止めた。


「次の作戦に移る」


 僕はスピーカーに向かって話しかけた。

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