第37話 去るもの(横尾)
「またトラップだよ」
一年生の教室棟の廊下。鋼線が張られていた。ギザギザした硬い鋼線。急いで走り抜けると足がスッパリ切られるという寸法だ。
「古典的だけど効果的。それにしても、おっかないやつもいたもんだな。武器を充実させるより罠を充実させるなんて」
刀を振るい、目の前の鋼線を切った。天井から微かな物音がしたので、身を引くと頭上からボーリング用のボールが三つばかり落ちてきて、床に穴を開けた。
「何? 落下のトラップ? 足をケガした後、頭をボコりってこと? いやらしい攻撃をしかけてくるなあ」
ゲームも終盤になってきた。やはり手ごわいやつが残っている。果たして誰が生き残るのだろう。西村は無事だろうか?
教室棟の窓辺からバリアを透かして日光が入り込んできている。西村が予想した通り、最後に残ったひとりが勝利を得るのだろうか。
でもあくまで西村という男の推測に過ぎない。なんの保証もない。何事も起こらなくてここに置き去りという未来すらあり得る。
もしかして死んだものから天国に行けるルールだったりして。だとしたら私はひとりでとんだ茶番を演じていることになる。
まあ、いいんだけどね。私は私でいまこの瞬間を精いっぱい楽しんでいるわけだし。
次のピアノ線を切った。爆発音が響いて何かの破片が右ほおの表面を切り裂いていった。
もし身を避けるのが遅かったら、もし刀のリーチがなかったら、今ごろ上半身がなくなっていたかも知れない。線が引っぱられた拍子に両脇から爆弾が作動するタイプだったらしい。
木片やら鉄片やらがあちこちに散らばり、壁も床も穴だらけだ。白い煙があたりに充満しいる。ごほごほと咳きこんだ。
「あんまりトラップに触らない方がよさそうだね」
突然、背筋がゾクッとした。まるで裸の背中を誰かに指でなぞられた時のようなあの感じ。この感覚は、おそらく私に特有のものだろう。この戦いのさなか、何度も感じることがあった。第六感というヤツだ。
私は引き返した。それがよかったのだろう。敵の魔の手から逃れることができた。
ズドン!
破片をまき散らし、壁に穴が開いた。爆弾の後は銃撃か。流石の私も想定していなかった周到さだ。
煙が晴れてくるにつれて、狙撃者の姿があらわなってきた。
猫背に細身のシルエット、ズボン姿は男か?
銃がポンプアクションして、弾が装填された。男は肩に銃床を当ててこちらを振り向く。銃口と目が合う。
引き金は引かれない。男はタイミングを測ってる。なんのタイミングかは分からないけれど。
選択肢がある。
積極的に攻めこんで相手に斬りかかるか。相手の意図を見極めてから一発撃たせてから斬りかかるか。不意を打つか、慎重に構えるか。どちらにしろリスクがある。刀と銃じゃ対等に戦うのはそもそも難しいのだ。
私はその場にとどまることにした。
あいつはまだ何か隠し球を持っている気がする。不用意に突っこんでいくのは危険だ。
ひたすらに待つ。煙が晴れる。現れたのは、なんとまあいい男。私好みの美少年が
おそらく私が死んだのか確認に来たみたいだ。
こんな可愛い顔して凶悪なトラップの数々をしたげてきたのだからまったく人間という奴は侮れない。
今度は私が打って出る番だ。スカートのポケットから小刀を取り出し、腕の筋肉がはちきれんばかりの強さで投げつけた。
少年は目をギョッと開いて、身をかわそうとする。なんともぎこちない動きだ。
狙いはわずかにそれ、カン高い金属音を立てて銃身に打ちつけた。その衝撃で少年は銃を取り落とした。
チャンスだ。私は大股に飛び出した。
動きはじめた私を目にして、少年は背中を見せて引き返した。無駄だ。短距離の速さでは私にはかなわないだろう。これでも国体に出場しているレベルなんだから。
少年はよたよたと走りながら、奇妙なステップを踏んでいるようにも見えた。アヤシイ、と勘が告げた。
案の定、そこにはきらりと光るピアノ線があって、少年は踏まないようにそこを飛び越えたのだ。どんだけ仕掛けてるんだよコイツ!
そんなトラップまでまみれの床のせいで、私自慢の俊足を生かす機会もない。体力のハンデを悪知恵で乗り越えるのだから中々のものだ。
それでも少年を廊下の際まで追い詰めた。あと刀を一振りするだけで相手は終わりだ。
いざ刀を構えた。
ブルッ。まただ。第六感。
少年が笑っていた。
今は飛び出さない方がいい。
距離をとった瞬間、少年がブレザーの内側から拳銃を取り出した。少年は撃ちはじめた。床に無数の穴が開く。小ぶりでもなかなか威力がある。
背後に気を付けろ――直感が言っている。
しかし、目の前の相手はすぐに殺せる位置にいる。
背後からは誰の足音もしない。
直感に従うか、目の前の利を取るか。
勝負に出る。敵を一刀のもとに切り伏せるのだ。リスクはあるけれど、人生は一か八かだよね。今まででそれでやってきたんだし。
腰を落とし、足のばねを聞かせて一気に勝負を仕掛ける――しかし、
協力者はすでに背後に迫っていたのだ。
頭の後ろで銃声が響いた。背後に首を向けた。あり得ないものの存在に度肝を抜かれた。ドローンがホバリングしている。その底部には銃砲が取り付けられていた。きらりと黒光りする銃身。それはまるで死の色だった。
「どんだけ隠し球を持っているのさ」
直後、銃弾が浴びせられた。肩に腕に脚にそして頭が焼き切れそうなぐらい熱を帯びる。強烈な衝撃。飛び出る血流。私の視界は暗転した。私は何も考えられず、何も感じられなくなった。
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