第33話 解放
「俺を復活させるなんてな。俺がお前を殺そうとしたの忘れてないか」
フックから降ろされた時、針本は苦笑した。
「もうとっくに狂気の渦中にいるよ。僕の知ってる人間じゃお前ぐらいしか信頼できる奴がいなくてね」
「俺が背後から襲いかかってきたらどうすンだ?」
「お前はそんな無駄なことはしないよ」
針本は僕の前に片手をさし出した。
「信頼にはこたえる。俺にできることがあったら何でも言ってくれ」
「頼む。早速手を貸してほしい。あと九人は救出するつもりなんだ」
それから手分けして信頼できそうな人間を選びだした。
みんな感謝の言葉を述べた――生きて戻れるとは思わなかったと泣いて喜ぶ人もいた――僕のためなら何でも尽くすと。なかには東村に見殺しにされて恨みを持っている人もいたけどなんとか説得した。
みんなを食堂に連れていき、お手伝いの浅間さんにお願いして、おやつとコーヒー(もしくは紅茶)を出してもらい、作戦会議を行った。
「恐ろしいのは香月京」。終盤まで残っていた東村は、敵の動向に詳しい。「ためらいなく人を殺す、弱いものから殺す、強いものは吟味して殺す。このゲームにこんな最適な人間が居たなんて考案者として誇らしいくらいよ」
「香月の犠牲になったやつらを分析してみたが、まあまあ恐ろしい。ピアノ線を貼ったところに追い詰めて胴体を切断させたり、天井から鉄板を落下させるトラップを使った殺人方法と多種多様だ。頭が回る殺人鬼は恐ろしいゼ」
針本はやけに楽しそうに言った。
「一方で、横尾も危険だ。あいつは日本刀でなんでもぶった切りやがる。あいつのためらいのなさは人間国宝レベルだ」
寺原という男がドーナツをほお張りながら言った。ちなみに彼は僕がついさっき殺したアイスホッケー男である。
「俺の防弾チョッキやるよ。発砲を受けても防げるはずだ」と別の生徒が言った。
「催涙スプレー貸してあげる。これを投げつければ相手も身動きが取れないはずよ」と申し出るものもいた。
「すごい、みんな協力してくれるのね」と草木。
「本来人間は協力し合う社会的な動物。こういう風に同じ目的をもって行動する時は強いわ。同じ学校、同じ会社、同じ国家の枠組みのなかで競争しあって、いじめあって数を減らしあっているなんてそうとう幸せな状況じゃないとできないわよ」
東村はくすくす笑った。
「このゲームの考案者にだけは言われたくないわね」
俺も連れて行ってくれないか――中にはこう申し出るものもいたが、僕が答える代わりに東村が断固拒絶した。東村は耳打ちする。
「信頼しちゃダメよ。ここでは〈奴隷〉の私たちも、〈校舎〉に一歩入れば、自由の身。いつ寝首をかかれるか分からないからね」
「分かってる。こことあそこでは信頼しあうことの意味が違う。それにしても、君が僕にそう言ってくれるなんて僕を信頼してくれていることの何よりの証拠だね」
「なんだか感じるのよね。あなたがこの戦いに勝利するんじゃないかって。私じゃ無理。あなたに賭けてみるのも悪くないわ」
「信頼にこたえられるよう全力を出し切るよ」
その時、ドアが引かれ、男がひとり入ってきた。紺色のスーツの男。その男が入ってくるだけで、部屋の雰囲気が一変した。知らず知らずみんなの視線が集まっていったのが分かる。
「なんだなんだ、パーティでもやっているのか?」
「親父。ごめん、食堂を独占しているな」
「いや、いいんだ。しかし、お前が友達を連れてくるなんて珍しいね。そこの美人さんはお前の彼女だったりする?」
「いやだ、美人だなんて。照れるなあ」
とほおを染める草木。だが、親父の視線は明らかに東村に向けられていた。東村はというとどこ吹く風だが。
言われてみれば、一見パーティでもやっているように見える。みな片手にコーヒー、もう片方の手にドーナツを持って歓談しているのだから。話している内容といえば、これからいかに巧みに人殺しするか、なのだが。
「おい御堂、お前の親父さんって」
針本は僕の父の顔を見て息をのんだ。
「――そうだ。生きているんだよ。この世界だと」
針本の視線に親父が気づいた。
「お前は……知り合いだったか?」
「はい! あなたに大変お世話になりました。あなたからもらった釣り竿で毎年シーズンになると親父と鮎釣りに行ってますよ」
針本の目に光るものが浮かぶのが見えた。そうだ、針本は親父に懐いていたっけ。よく針本と僕と姉とでショッピングセンターに連れて行ってもらったり、アウトドアに行ったりしていたのだ。
「そうだったんだな。議会が終わったらさ、一緒に上流のほうに行こうぜ。お前の親父さんも一緒にな」
「はい。また会ってください」
親父は後ろ手に別れを告げると、母の待つ戸口まで引き返していった。
トイレを借りると言って、針本は姿を消した。僕はその背中を見送った。
「なんか意外」と草木。「針本って情に薄いやつだと思ってたけど、あんたのパパには懐いてんのね。あんたのパパって何やっている人なの?」
「生前はサラリーマンだったよ。この世界になってからは福田の父親に代わって議員をやっているみたいだけど」
「生前……!? まさかあんたのパパって?」
「そうだよ。死んでいた。この世界になってから息を吹き返したんだ」
「そうだったんだ。もしかしてそれであんたは、天野と福田を生き返らせられなかったんだ。理由があったのね。ごめん、あたしさっきひどいこと言っちゃったわね。悪かった。許してくれる?」
「別に傷ついちゃいないよ。君の言う通りだったから」
「天野と福田それから雲井もクソだからそのままでいていいと思うよ。あんたのパパはいい人そうだし、あいつらが存在するより何倍もマシ。そうでしょ?」
「君なりに励ましてくれているんだな。ありがとう」
話し合いはその後も白熱した。
いつまでも続けばいいのにと思ってしまうぐらい、僕には大切な時間になった。それでも、時間は限られていた。学校へと向かう時が来たのだ。
最初の六人がポジションに着いた時、ある家はもう荒廃していた。戦況は刻々と変化している。そろそろ戦いへと身を投じなくては手遅れになってしまう。
「そろそろ持ち場についてくれ。全員の到着が確認されたら僕も扉をくぐる」
何か質問は、周りを見回した。
「作戦の前に円陣とか組もうぜ」
寺原が言った。
なぜそんなことをしなくちゃいけないのか考えていると、後ろから強い力で肩をつかまれた。誰かと思ったら針本だった。
「円陣!」
針本は声を張り上げた。即席のチームは僕の周りを囲むようにして並んだ。草木も、東村もそこにはいた。
「何か声をかけろ、御堂」と針本。
「そうよ。リーダーでしょ」と草木。
何を言えばいいのか。
「――作戦、開始」
そういうと、予想よりも何十倍もの音量で「おおっ!」と声が返ってきた。分厚い音声のカーテンに包まれた気分だった。これには
「気合はいるだろ?」
「ああ、そうかもな」
「勝ってこいよ」「生きて戻れ」「応援してるぞ」仲間たちは口々に言うと、僕の背中を叩いたり、手のひらを合わせてきたりした。僕が〈扉〉の前に立った時にも仲間たちは送り出してくれた。後ろ髪を引かれる思いもありながら、より強い一歩を踏み出す原動力にもなった。
期待を集めている。みんな、僕の勝利によって救われることを信じている。きっと彼らのためにも僕は勝たなくてはいけないのだ。
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