第31話 ゲームのルール

 女は自らを二年E組の「東村こみえ」と名乗った。


「何でも聞いてちょうだい。あなたたちが知りたいこと全部。今の私は〈奴隷〉だもの」


「このゲームを創造したと言ったわよね。どういうことよ」


 草木は言った。


「あなたと話しているつもりはないわ。ってかあなた誰よ」


「ちょっと、中学で二年間同じクラスだったでしょう! 草木絵乃! 忘れるとかありえないし! あんた脳内年齢二百歳とかなんじゃないの⁉︎」


 草木は顔を真っ赤にして言い立てた。


「怒った顔かわいいわね」


 東村はくすりと笑った。


「草木の質問に答えてくれ」


「いいわ。もともとはこのゲームは私が中学校の時に書いたホラー小説の内容が具現化したもの。こんな世界にあこがれてたわ、中学生の時は。ただ、そんなのは昔の話――恋人とよりを戻したくて悪魔に祈ったらなぜかこっちが叶っちゃったんだけどね」


「悪魔に祈ったって?」


 僕は眉をひそめた。


「悪魔がお願いをかなえてくれるの。生き物の鮮血――私は生けにえとしてにわとりを用意したわ――で六芒星を描き、マリーゴールドの花で飾りつけた。それから〈使役者〉として教師たちの髪の毛をそこにばら撒いた」


「気が狂ってる、そんなの。生き血とか生けにえとか。ありえないわ、フツー。人毛とかもキモすぎ」


 バッタのフンでも食べたような顔で草木が言った。


「私だって正気じゃなかったわ。恋に狂わされたわけ。それだけあの人との別れは辛いものだった」


「ふうん。相手はどんな男だったのよ」


「男? いつ私が男と言ったの? 相手は山川里美。私の最愛の人」


 その名前には覚えがあった。隣の席のあの悪い笑顔の女。それから恋人を失って保健室に運ばれていった女。


「山川? でもあいつは」


「分かってる。A組の金田って男とと交際していた。許せなかった。私を捨てて選んだのがあいつだなんて。本気でくだらない男よ。ただの下衆。男ならだれでもいい女しか近づかないような男。そんな男に里美がなびいたなんて信じられない」


「なあ、東村。君が山川を取り戻せるように協力するから、僕に力を化してくれないか?」


 東村は目を輝かせた。それは、まるで地獄の池に溺れる囚人に一本の糸が垂らされたかのような歓喜だった。


「本当? あなた、本当に? 私に里美をくれるの?」


「最終的には彼女の判断だが、とにかく君と同じように解放する。だから――」


「いいわよいいわよ。私に分かることならなんでも言ってちょうだい。あの子はいま誰かに囚われている。その誰かからあの子を奪うまで絶対にあきめない」


「まず、このゲームの終わりはどこなんだ? どうしたらこのゲームはケリがつくんだ」


「最後のひとりになることよ。学校に残っている唯一の人間になれば、その人の勝利。ゲームは終わり日常が戻ってくるわ」


「じゃあ、僕が今こうしている間にもゲームは終わってしまう可能性があるってことか?」


「そういうこと。ただ、〈扉〉が存在している限りゲームは終わっていない。ゲームが終盤に近づけばドアはほとんど存在感を失い、求めた時しか目の前に現れなくなる。でも見えているうちはまだ大丈夫」


「〈扉〉が見える限り、まだまだ戦いは続くのか。ただ、もし香月が……もし相手が穴熊を決めこんだらどうなる? 二度と取り戻せないのか?」


「そうだよね。ある程度財産を手に入れたらあとは終わりまで引きこもっていましょ、なんていかにもやりそう。てかあたしだったら確実にそうしているわ」と草木。


「そういう人もいるでしょうね。でも、案外少ないものだったわ」


「なぜ分かる」


「〈名簿〉は見ていないの?」


 豊かな髪を揺らしながら、東村は扉の手前に移動した。そこには小さな棚がひっそりと置かれてあった。あまりに完璧に風景に溶けこんでいたため僕はそのなかを確かめようとは思いもしなかった。


 棚のなかから出て来たのは、真紅の革の装丁がされた大版の冊子だった。東村の横から僕と草木は顔をのぞかせる。


「何よこれ⁉︎」


「参加者の情報が載っているのか」


 ぺらぺらとページをめくると、見知った顔が現れた。


「これあたし?」


 ページは草木のものだった。顔写真と共に情報が載っていた。


  【草木絵乃】2年D組

   雲井周助にボウガンで喉を刺され殺される。現在開放済。

   所有者の推移:雲井周助→針本正資→御堂開


 一方、僕のページはこうだ。


  【御堂開】 2年A組

   生存。〈校外〉に逗留中、七分

   獲得プレイヤー:針本正資、雲井周助、天野玲香、福田笑子……


「なるほど。今のプレイヤーの状況が書かれているわけか。これをたどっていけば誰が誰を捕らえてるのかわかる」


「そういうことよ」


 次に、江崎さんのページを探し出した。


  【江崎美礼】2年D組

   井口哲心に金属バットで頭を殴られて殺される。

   所有者の推移:猪口哲心→香月京


「東村、ちょっと借りるぞ」


 そのページを開いた。


  【香月京】

   生存。学校内で活動中、三時間

   所有プレイヤー:山川里美、猪口哲心、江崎美礼、堂本長介、藻塩吟……


 美麗な顔立ち、長く透き通った髪、涼しげな目元。間違いなく香月だ。その所有リストには山川里美の名前もあった。


「えーっ。イケメンすぎない? 一年なの?」


「この香月が里美を殺したのね」


 東村はギッと歯ぎしりした。


「私の仇敵ね。里美を所有している。こいつは危険な男よ。か弱いものや平和主義者を好んで狙っている。殺人嗜癖しへきがあるに違いないわ」


「サイコパスってやつ? イケメンなのにもったいないなあ」


「敵はあと何人残ってるんだろう」


「それも名簿には載ってる。巻頭よ」


 僕はページをめくった。すると「〈校内〉にいる生徒数」と「〈校外〉にいる生徒数」、「奴隷になった生徒数」、「自殺・バリアで死んだ人数」とトータル三百三十三人になる統計が出てきた。


「うち〈校外〉にいる生徒は三十人。結構生き残っているんだな」


「そうだ。わざわざ学校行かなくてもここで殺しちゃえばよくない? ひきこもってるところに侵入してグサリ。不意打ちで大勝利。どう? 私冴えてない?」


 草木は言った。


「無駄よ。他のプレイヤーの家にはバリアが貼られている。それに外の世界ではお互いがお互いを見れなくしているの。あくまで戦闘が行われるのは学校って設定なわけ」


「何でそんなバカみたいなルールにしたのよ」


「自分の世界に引きこもっていられる余地を残したの。それって素敵なことだと思わない?」


「あんまり素敵と思わないけれど⁉」


「それでね、御堂クン。別に三十人全員が相手ってことでもないわ。そこは安心して」


「どういうことだ」


「三十人それぞれのページを開いてみれば分かる。〈校外〉にいる時間に注目してみると、結構引きこもりがいるのよ。最初の殺人を終えて穴熊している生徒は二十三人ってところ。つまり目下の相手は御堂クンを含めた七人だけってこと」

 

「実質あと六人叩けば勝利は確実ってところか?」


「大体そう考えていいと思う。どこかで番狂わせがあるかも知れないけれど」


「それならいい考えがある。二人とも協力してくれ。あと五人、害のない奴らを集める」


「集める? それで?」


 答えようとした矢先、腹がなった。東村だった。


「あら。お腹が減ってるみたい。なにかご馳走してくれる?」

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