第30話 参加者

「もうどういうことなのよ。おかしいわよ、この世界」


 戻ってくるなり草木は愚痴りはじめた。


 草木の話によると、御堂家お抱えの運転手に『草木スポーツ用品店まで』と頼むんだ時、『そんなお店はありませんよ』と返ってきたそうだ。それならと今度は『昔の江崎珈琲屋前まで』と頼んでも返事は同じだった。Googleマップで見てみても、確かにそこは空き家になっていたという。


「なんで? 私って解放されたんじゃないの? それなのになんでまだほかの死亡者みたいな扱いなワケ?」


 と草木はテーブルの上のミカンを僕に断ることもなく口に運ぶ。お手伝いさんの浅間さんがおいて行ってくれたものだ。


「きっと完全には自由になっていないのだろう。おそらくこのゲームが終局オワリを迎えるまでは」


「ゲームの終局ってなに? いつ、どうなったら終わるの? 一体何が終わりになったって笛を鳴らすワケ?」


 草木は顔をひそめ、苦虫を食ったような顔でフローリングの床に横たわると、ビーズクッションの上に顔を埋めた。


「もう、誰か答えを教えてよ」


 草木はクッションに顔を埋めたまま、ジタバタと手足を動かした。


「今回のゲームについて、かなり詳しいところまで知っていそうなやつがいる」


「それ、どういう――」


 俺は扉を指差した。


「あれが見えるな?」


「なに? 壁? 何もないじゃない。あんたの部屋って何もないわよね。つまんない」


 意気がくじかれそうになる。どうやら扉そのものは他人には見えないのだ。ただし、扉を開けて死体室を開くと、今度は視界に入ったようで「あたしここキライなんだけど」と苦々し気な顔つきをした。


 扉をくぐると、明らかに部屋が広くなっているのに気づいた。ほぼ倍の二十人くらいに増えていた。さっき殺した生徒の所有物が一気に手に入ったのだ。


 壁に等間隔に吊るされた生徒たち。目当ての人物がそこにいた。腰まである長く豊かな髪、人形みたいにきれいな造形の顔立ち、すらりと長い手足。ノートの持ち主。彼女をよみがえらせれば何かの話が分かる。


 ただし、その人格まで保証はされていない。針本や猪口みたいに好戦的な態度で臨んでくる可能性だってある。


「ああ、この女やべーやつじゃん」


「やべーやつ?」


「うん。オカルトとか魔術とかを本気で信じてるやつ。中学の時なんかね、クラスで怒ってきた先生に呪文かけてたの。死の呪いとか言って。みんな笑ってたけど、こいつは本気だった。てか、こいつを甦らせるわけ? 危険じゃない?」


「リスクは承知の上だよ。何事も保証されていない。一か八かだ。襲いかかられたら反撃するだけさ。下ろすの手伝ってくれ」


「あんたが責任持つならいいけど。でも殺されたって知らないからね。自業自得。あたしは悪くない。死んだ奴が悪いってことで」


 二人で女を両脇から支えた。


「間近でみると本当美人ね。あんなオカルト狂いじゃなければ芸能人にだってなれたわよ、この子」


「無駄口聞いてないでしっかり持ち上げてくれ」


 人体を外す時のニチャアっという音がして、女の体がフックから解放される。女は深い呼吸をして、両目を開けた。

 

 息を吹き返すと、女はキョロキョロと周囲を見やった。壁に吊られた肉体を見て、草木を見て、僕を見た。


「そうか、あたし負けちゃったわけね。この部屋にいるってことは。あんた、私を下ろしてくれたみたいだけど、何が目的? 性的な命令ならお断りしたいところね」


「ノートを読んだ。おそらく君が書いたノートだ。このゲームのルールについて知っていることを全て教えて欲しい」


「ふうん。ルールね」


 女はにやりとした。そばかすのあるほっぺたまで笑いが広がった。口元から両方のするどい犬歯がのぞいて、僕の目にはどこか悪魔的に映った。


「いいわよ。このゲームを創造して、ルールを想起したのは私だから」

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