第六章 財産
第28話 トーク
草木絵乃――江崎さんの幼なじみで、彼女をひどく傷つけた人間でもある。ショートボブの髪に、僕と並ぶぐらいの身長は女性にしては高いのではないかと思う。
今草木は引きつった顔でフックにかかった学友たちを見やっていた。こうするとせっかくの整った顔も台無しだ。
「みんなあんたの所有物ってわけね。福田も天野も。それから雲井周助のクソ野郎も」
「そうだ。ここにぶら下がってるやつらは全て俺のものだ」
僕は福田に近づいた。
「彼らを降ろすから手伝ってくれ」
と言うと、草木は首を横に振った。
「何言ってるのよ。そこにぶら下がってるからあんたの所有物なんでしょ。あたしみたいに自由にしたらあんたの財産、その分なくなっちゃうんじゃないの?」
「――何だって⁉︎」
「な、何よ。そんな怖い顔して。あたし何か変なこと言った?」
「いや、確かにそうかもなと思って」
吊るされた福田と天野の姿を見やった。物言わぬ制服姿の二人。彼女たちの財産があるから父は蘇ったようなものだ。二人を解放することは……世界がリセットされて、父を再び殺してまうなんてことが起きるのではないか?
「それにこいつら性格悪いから絶対に解放しちゃダメよ。大っ嫌い。ずっとぶら下げておいて。世界の終わりまでね」
「ひどい言い草だな。曲がりなりにも友達じゃないのか」
「友達ぃ? ンなわけないじゃん。お金あるし人気もあるからこび売ってただけよ。まあ、おかげで私もいい思いしてたんだけどさ。あ、そういえば、ねえねえ、あんたいま彼女いるの?」
草木は首を傾げながら僕を見つめた。
「助けてもらえてうれしいの。あたし、強い男の人って好きよ。それにけっこうイケメンだし。ソフトマッチョだし。つき合ってあげてもいいよ。ああっ、いま呆れた顔してたでしょう! ヒドイなあ」
この女が、江崎さんが人生を賭けてまで守ろうとした女だと言うのか。頭は空っぽ、性格は悪い、自意識過剰――。
「……最悪だよ」
「何が? 何が最悪なの?」
「お前がだよ。言っておくけど、お前なんか大嫌いだからな。かわいこぶってもお前の本性は知ってるよ。幼なじみを傷つけたり、万引きしたりするような女だ」
「エエッ、なんで知ってるの?」
草木は目をぱちくりさせた。
「分かった。あんた御堂開って男でしょ。美礼の恋人の。美礼が言いつけたんだ。ふーん、なるほどねー。そーかそーか」
したり顔で草木は言った。
「江崎さんはお前とは違う。この話は、天野と福田が話してるのを聞いたから知っているんだ」
「あいつらか。くそっ、どこかしこ構わず言いふらしてるのね。やっぱり殺されて正解よッ、くそッ、あいつらッ」
草木は
「それにしても、あんたが私に最悪なんていう権利あンの? 私が財産失うわよって忠告したら福田を助けるのやめたわよね。それってどうなの? 万引きするよりタチ悪くない?」
「それは……」
「ふん。人のことは馬鹿にするくせに自分のことは見えてないってタイプね。性悪男の見本のような奴じゃん。あっ! その顔、逆上してるわけ? 私を殺すつもり? こんなに人を殺してるんだもんね。殺人も癖になるわよね。ムカついたら殺せばいいと思ってるんでしょ。殺しなさいよ。ほらほら、殺せ!」
僕は草木の首の骨をへし折る代わりに、ため息をひとつ吐き出し、全身の力をゆるめた。
「よくしゃべるな」
「よく言われるわ」
つくづく江崎さんがこいつを守った理由が分からない。これ以上一緒にいると頭がおかしくなりそうだ。
「もう帰ってくれ」
「えっ。マジ? 帰してくれンの? ラッキー!」
「ああ。僕はやることができた。君と遊んでいるヒマはないんだ」
「何それ。まさか、ゲームに戻るつもり?」
「そうだ」
「なんで? せっかく金持ち二人の財産をまるっとゲットしたのに。このまま穴熊を決めこんだらよくない?」
「まさか。人間を生き返らせることができると分かったんだ。僕は江崎さんを生き返らせるために全力を尽くす」
「美礼は殺されたの!?」
「ああ。相手は分かっている。猪口哲心――僕の友人だった男だ――そいつをさらに香月京という下級生が殺した」
「その香月って子を殺すことで美礼はあなたの元に戻ってくるんだ」
草木は黙りこんだ。いままでずっとしゃべっていたやつが急に静かになるとなんだか不気味だ。とはいえ、こいつにとっても江崎さんにはなにか思うところがあるのだろう。僕は草木の反応を待った。
「美礼のこと、よろしく頼んだわよ」
「言いたいことはそれだけか?」
「ソレだけ!」
草木はぷいと背中を向け、俺の部屋を出て行った。
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