第25話 闘争part2(横尾)

「もしもし」


 スマートフォンの向こう側からぼそぼそと声が聞こえてきた。聞き慣れたクラスメイト――村西の声だ。


「もしもし、村西、生きてたんだ」


『驚いた。携帯電話が通じるのか』


「ねえ、私が生きているのに驚きはないの?」


『お前が死ぬとは思っていなかったよ、横尾。順応性が高い奴だからな』


「そうそれが、取り柄。ねえ、どこにいるの? これから会おうよ」


『なんだ? いまなんて言った?』


「ねえ、聞こえてる?」


 このとき私は食堂にいた。明り取りの窓の前に行くといつも電波がよくなって快適に通話ができるのに、いまは分厚いバリアが日光をさえぎっている。


『聞こえた。でも、ところどころ聞き取りづらい。電波が戻っているのなら、情報室のインターネットやテレビも使えるんだろうか』


「多分ね。やってみようか。いまの巷のトレンドが分かるかもよ」


『そんなの知ってどうする』


「あはは」


 テーブルの上においたスマートフォンをスピーカーモードにして、丸イスに腰をけて刀剣の手入れをする。血で汚れた刀身にアルカリ洗剤をかけ、ウエスで拭いた。この作業は殺伐とした状況にあって、私の気持ちを落ち着かせてくれる唯一の手段だ。


『なぜ電波が使えるようになったんだろうな』


「知らない」


『聞いてくれ。勘にすぎないが――』


「村西の勘は結構あたるじゃん」


『――勘にすぎないが、ゲームの参加者が減るごとに、異常な状況が、正常な状況に戻りつつあるのではないか。そのうちバリアもなくなって、外の世界と完全につながるのではないか。そういう気がする』


「面白い」


『おそらくは、最後のひとりになった時。その時が決算の時というわけだ。何もか元に戻るが、財産だけはあるひとりだけがせしめる』


「今残ってる人はさ、みんなすごいお金持ちだよね。私だってすでに結構なもんだよ。ひとりひとりはそんなに手持ちがないと思っていたけど、かき集めるとかなりのものになるんだね。最後に残ったらどうなるんだろう。こりゃみんな血眼になって生き残りたがるだろうね」


『横尾もそうなのか?』


「私は金に興味がないけど、試合では一番になりたいタイプだから」


『お前らしい。お前にだけは、敵意は覚えないよ』


「村西はなんで戦っているの? 死にたくないから?」


『愛のため』


「なにそれ」


 村西が冗談を言っているのだと思って笑い飛ばしたが、相手は笑っていなかった。本気なのだ。


「なんか変わったね、村西」


『そうかも』


「ねえ、これから会わない?」


 今度は村西は笑った。


『馬鹿か、お前は。この状況下でのと言うのがどういうことを意味するのか、分からない俺じゃないぞ』


「そうかな? 私たちは結構前みたいに普通に話できると思うよ」


 沈黙があった。


『やめておくよ。お前ほど危険な人間を他に知らない。充電がそろそろ切れそうだ。じゃあ、次会う時は地獄――』


 突如、通話が途切れた。スマートフォンの画面には『電波の状態をご確認下さい』とエラー表示が出ている。まだ〈世界〉は通常化していないのだ。


「よしっ」


 刀は見違えたようにキレイになった。


 一番を目指す――そのために生きている全員を殺そう。村西と出くわしたとしても、その時も最善をつくす。


 パステル調の床に転がる斬殺死体を踏みつけないように気をつかいながら、次の標的を求めて食堂を後にした。

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