第19話 幼なじみ
階段を上がってこちらに向かってきたのは、ソフトリーゼントの端正な顔立ちの生徒――針本だった。その顔にみなぎる歓喜。僕たちとの再会を喜びをもって受け止めていることは間違いない。ただし、その両手にはボウガンが握られ、矢じりは僕の顔に向けられていた
「針本、お前」
「渡りに船ってやつだな。こんなところに隠れているやつがいるなんて。しかも武器らしい武器も持ってない。ひょっとして、お前らまだ誰も殺してないんだろ。そろそろみんなひとりぐらいは殺していて、武器を持って戻ってきてるぜ」
「お前は何人、
「俺か?」針本はにやりと笑った。「四点稼いだ。このゲームは殺したもの勝ちだ。殺せば殺すほど得がある。三年の雲井周助って知ってるか? あいつを殺したらすげえ金が手に入ったんだよ。どうやらあいつ、恋人の天野玲香を殺ったみたいだな」
「やっぱり。天野さんは……そんな……」
江崎さんは吐き気をこらえるように口元に手をやった。針本のどう猛な瞳が僕を、江崎さんを見た。満足げな笑みが浮かんだ。
「お前らでプラスツー。六人キルだ。お前からじゃ大したドロップアイテムは期待できそうにないが、ゼロよりマシだな」
「あなた針本君って言うの? お願い、見逃して」
江崎さんの額からは一筋の汗が流れていた。
「こんなのよくないよ。殺し合いだなんて……」
「江崎さんだっけ。〈ルール〉はもう敷かれたんだよ。仮に俺に殺されなくても他のやつに殺されるゼ」
「お願い」
蚊の鳴くようなか細い声が江崎さんのくちびるからこぼれた。
「江崎さん後ろに下がっててくれ」
「カッコいいじゃん、御堂。ヒーローだぜ」
針本はひゅうと唇を鳴らした。
「小学校の時からそうだよな。お前は偉そうにしてるやつらが嫌いで、立ちふさがってくる同級生に立ち向かっていった。マジでかっこいいと思うゼ。本当にそう思う。でもさ、それは無謀さと紙一重だ。ライオンに立ち向かうシマウマだ。もっと頭を使わなきゃ生き残れないんだよ」
どうやら針本の殺人はフカシではない。こいつは本当に何人か殺している。鋭い矢じりの先は抜かりなく僕に向けられて、揺らぎがない。
階段の途中にいる針本と僕の距離はおよそ6メートル。僕が持っている武器といえばポケットのなかのバタフライナイフだけ。距離的に突撃をかませば一発逆転のチャンスはある。
――それにかけるしかない。
僕は不敵に笑う幼なじみに向けて走り出した。
すかさず針山のボウガンから矢が放たれた。矢は僕の左腕を深々とえぐった。たまらず叫び声が喉を切り裂いた。
「御堂くん……!」
身体をちょっと動かすだけで、患部からとてつもない痛みが走った。左手の袖が冷たい。血が流れ出して衣服を汚しているのだ。
「ああああああっ!」
それでもがむしゃらに飛び出した。針本の誤算は僕が痛みに弱いと決めこんでいたことだ。一発目が当たると弱気になって立ち向かわなくなると思いこんでいたことだ。何度殴られ続けてきたと思っている? 何度蹴られ続けてきたと思っている? そして僕がどれだけ自分で自分の体に針を突き刺してきたと思う?
「おらッ!」
二発目を発射する前に、僕の肩が針本に当たり、針本はボウガンを投げ出した。
僕と針本はもつれ合いながら、階段をころがり、踊り場で壁に衝突した。右脇腹に鋭い痛みが走ったのは、針本のナイフに刺されたからだ。やつもどこかに隠し持っていたのだ。痛みに目の前がかすみ、吐き気が襲ってきた。
一方で、僕は勝利を確信する。
僕のナイフはしっかりと針本の喉元に食いこんでいた。
「んごげっっっ」
僕は針本に馬乗りになり、何度もデタラメにナイフを振るった。喉に、胸に、ほおに、目に、額に、腕に、肩に。細い刃先が柔らかな肉をうがった。めった刺しとはこういうことを言うのだろう。
殺人犯が相手をめった刺しにすることがあるけれど、その心理が分かった。絶対に相手に起き上がってほしくないと思うからだ。確実に相手が死んで、二度と起きてこないという確証をとことんまで求めてしまうのだ。
カツン、カツン。
振り下ろしたナイフが地面をたたく音に気づいたのは、しばらく立ってからだと思う。その証拠に地面はえぐれ、粉のようなものが散らばっていた。さっきまで階段室にいたはずなのに、いまや僕の学生服の尻は、熱を閉じこめたアスファルトの上にあった。
「外だ」
ナイフを打つ手を止めた。
学校の昇降口前にいた。そこは生徒たちの通学路であると同時に、教師たちの駐車スペースになっていて、無人の自動車がびっしりと停められていた。太陽は西にあり、校舎の影が辺り一帯に垂れこめていた。
時計をみると午後四時だった。あれからどれくらい時間が経過していたのか想像もつかなかった。
「脱出したんだ」
体に違和感があった。驚いたことに、ボウガンの傷も、ナイフの傷もキレイに消え失せていた。学生服へのダメージだけが残っていた。
「体がリセットされるんだ。〈校外〉に戻ってくると」
それから校舎に目を向けた。昇降口の前面を〈バリア〉がおおっていた。金田の身体をずたずたにした〈バリア〉だ。校舎の二階部分に目を向けると、窓という窓に〈バリア〉が張られていた。
「江崎さん……」
江崎さんを置いて出てきてしまった。守ると一度は誓ったのに。学校へ戻るにはどうしたらいいのか?
天野玲香は、それから針本はどのようにして学校に戻ったのだろうか。もしかして、バリアを突っ切ったのか? 唯一その方法しかないように思われる。だが、僕にはどうしても身体をぐちゃぐちゃにされた金田が思い出されてしょうがない。
――でも、他に行くべき場所はないのだ。
校舎に向けて走り出そうとしたその矢先、
「おい、開!」
夕暮れの空に自分の名前を呼ぶ声が響き渡った。
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