第17話 闘争(横尾)

「驚いた」


 気がつくと、教室の床に横たわるクラスメイトのなきがら――その隣に自分が立っていた。


「本当に〈校舎〉の外に出られちゃった。面白ーい」


 足元の死体は、何かを訴えるかのように、私へと見開いた目を向けていた。目玉は飛び出し、舌はだらりと垂れていた。なんだか、おばけ屋敷のおばけみたい。ちょっと怖いけどちょっとマヌケ。


「この死体はどうなるのかな? 消えてくれるの? それともこのまま? このままだったら嫌だなあ。臭くなりそうだし」


 うめき声に気づいた。最初は猫の鳴き声かと思ったが、ここには猫はいない。いるのは自分を含めた同じ学校の生徒三百三十三人。そしてうちひとりは確実に自分自身で始末した。椅子で頭を何度も殴りつけて。


 私は歩みを進め、黒板前の段を上り、教卓の裏をのぞきこんだ。そのなかで震えている男子生徒がいた。


「よ、横尾さん!」


 すえた匂いがした。その生徒の手がおおっているのは制服ズボンの股間――その部分はしっとり濡れそぼっていた。失禁したようだ。


「た、助けてください。死にたくない。死にたくないんだ」


「どちらも無理じゃないかな」


 私は笑って見せた。


「よ、横尾さん!」


「私たちはいずれ死ぬ運命でしょ? それを避けるなんて無理だよ。それから、助けることだけどそれも無理。どうやら私たちは〈ゲーム〉に放りこまれたみたいなんだ。殺し合いという〈ゲーム〉のなかにね。それなら生き抜くためには、殺しあい、殺されあうということをしなくちゃいけないじゃないかな」


「殺すのか……僕を!」


 その男子は非難するようなまなざしを向けてきた。その瞳の中にはひかえめなほほ笑みをたたえた自分の姿が 映っていた。


「悪いけど、そこに〈ゲーム〉があれば参加者として最善をつくすタイプなの。それでいままで、勉強にスポーツとたくさんの壁を乗り越えてきたの。そういうわけだから、ごめん死んでちょうだいね」


「きみのことが好きだった……!」


「ありがと」


 ウインクをひとつした後、私は生徒の右胸をひと突きした。日本刀の刃はすっと吸いこまれるように肉体のなかに入っていた。刃先は肋骨あばらの間をすり抜けたと思われる。男子生徒はゴボゴボと口から血の泡のようなものを吐き出した。


「恋愛とかさ、私にはよくわからないんだよね。でも、好きって伝えられるのはうれしいよ」


 男子の右胸から日本刀を引き抜くと、男子の体は教壇の内側にぐったりと倒れた。


「うんうん、結構使えるじゃん、じいちゃんの形見。骨董品かと思ったけど、なかなか威力があるよ」


 それから男子生徒の死体が光を発した。教壇の裏側は今まで照らされたことのない種類の光で輝いた。


 死体を見つめていた。やがて光は消えた。


「光りはじめてから三十秒。それまでに死体に触らなきゃ外にも出ることもないんだね。よかった。毎回戻されたんじゃたまんないもんね。それにしてもルールを事後的に知るしかないなんて大変だな。ルールを熟知するにはいっぱい殺さなきゃいけなくなるじゃん」


 もっともいまが殺しのチャンスだ。この〈ゲーム〉にうまく順応できている人は多くない。パニックになったり、まごつていたり、現実逃避していたりする人が大半だろう。そこで機先を制して殺し続ける。経験を重ね、財産を積み重ね、〈校内〉と〈校外〉の行き来を重ねれば重ねるほど、ほかの〈プレイヤー〉に対して優位に立てる。


 およそ全生徒の八割は羊となり、あとの二割――狼たちの餌食になる――と私は思う。狼の側に回るため、私は全力を尽くす。このゲームはきっと狼同士の争いになったときが本当の本番だ。


「今はひとりでも多く羊狩りをしなくちゃね。学校のみんなには悪いけど、いっぱい殺させてもらおう」


 日本刀を一回空振りする。時代劇みたいにきれいに血が振り払われると思ったけれど、油じみた血液がねっとりと残っている。拭き取る布が欲しいな。こんな油じみたものが残っていると切れ味に影響しそうだし、見た目もかっこよくない。


「そうだ。なにかウエスでも持ってくればいいんだよ。もう一回〈外〉に戻って」


 ガタン!


 ロッカーから音がした。水を打ったような静けさを破って、男子生徒がひとり飛び出してきた。


「うおおおおあああああ!」


 彼が握っていたのはモップだった。やりみたいにして先端を私に向けてきた。思わず笑顔がこぼれた。


「それで戦おうっていうの?」


 私は彼の近くまで足を運んだ。


「うるせええ! やってやらああ! このアマああ!」


 モップの先端が振り下ろされる。長年にわたりしみこんだ臭いとほこりがあたりに舞い散った。私は背をかがめて刀を振った。モップは先端が切れて、とがった細長い棒と化した。


「こっちのほうがよくない? あんなのじゃ殺傷能力がないでしょ?」


 モップ男は真意を測りかねているようだった。


 なぜ自分に優位な状況を作ってよこすのかわからないといった面持ちだった。


 なぜかというと私もよくわからない。まあ、親切ってやつなのかな。私もこれがゲームである以上、興奮したいし、一方的な虐殺ゲームにも飽き飽きしていたのかもしれない。


「かかってきてよ。少しは楽しませてね」


「死ねええ!」


 とがったモップの先端が繰り出された。


 私は半身でかわすと、踏みこんで距離を詰めた。男は驚愕、私は 破顔一笑した。


「隙あり」


 刀を横凪よこなぎに一閃。首を失った胴体が教室の床に倒れこんだ。


「うん、手応えあり。楽しいじゃん、このゲームもさ」


 生きがいってやつ。私は全身を駆け抜けていく心地よいものに身を委ねる。

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