第二章 学校閉鎖
第06話 サド女
英語の自習中のことだった。いち早くプリントを終えた僕は、ノートの隅にイラストレーションを書いていた。腕に蜘蛛の巣の入れ墨をした男――つまり僕の象徴なわけだが――が全身を鎖につながれて
あとは目の中に黒色をさすだけで完成というところで、机に向かう僕に影がおおった。
見上げると、男たちが僕の机を四方から囲んでいた――そいつらが誰かは言うまでもないが――菅田、金田、井上、針本だ。
「何描いてるのー?」
菅田は猫なで声で言うと、僕からノートをひったくった。急に奪いとるものだから、紙面に当てていたシャープペンシルが、デタラメな線を描いた。僕の分身は血の涙を流したかのようになってさまった。
菅田はノートを見てくすくす笑っていた。金田と井上もノートをのぞきこんで「ははっ」と嘲笑を浮かべた。
「キモすぎだろ」
「なんだよ、このヒドい絵」
「返せ、菅田」
「なあ、山川はどう思うよ」
菅田に話しかけられて、その女子はあからさまにうれしそうにしていた。山川里美はごく最近、金田の恋人になった女子で、僕とは机が隣同士だった。話したことは一度もない。
「この絵さ、どう思う?」
「えーっ?」
山川は満面の笑みを浮かべながら、菅田たちの顔をうかがい、さらに僕の顔をうかがった後、
「気持ち悪〜い」
と菅田に同調した。
「だってよ、御堂クン。女の子からも不評だヨォ。あんまり気持ち悪い絵描いてるとアタマおかしくなるぜ」
「でもこいつ仲のいい女子いるみたいですよ」
「うっそだろ。きっと御堂のほかに男は知らないやつなんだろうな。なあ、今度お前の女に会わせろよ。お前の目の前で落とすところ見せてやっからよ」
殴りつけようと体と起こすが、身を乗り出して来た金田に遮られた。
「そうだ、これリメイクしたらよくね」と金田は言った。
「いいねえ」
菅田が人物の下に巻きグソのイラストを描きはじめたので、僕はカッとなって机の下から菅田のすねを蹴りつけた。
「――っ痛え!」
よほどきいたらしい。菅田は倒れこんで山川の机にぶつかに、机の中身――教科書、ノート、化粧品、コンドーム――をぶちまけながら板張りの床に倒れこんだ。ぷっ。無様に尻を天に掲げて倒れた姿に僕は笑いを禁じ得なかった。
クラス内に沈黙が広がった。
遠巻きに見ていた連中も、別の話に夢中になっていた連中もこっちに振り向いていた。
菅田は立ちあがろうとして今度は別の机を倒し、また転倒した。ようやく立ちあがったときになると、その坊主頭の額は赤く腫れていた。菅田が僕に視線を向けると、なぜか金田と井上が恐れおののいて背後に一歩下がった。
菅田の野太い指が僕の制服のえりをしめ上げた。
「やりやがったな、この野郎。どうしてくれんだよコレ」
土下座して謝れ、針本が僕の耳元でささやいたが無視した。
「ちょっかいかけてきたお前が悪いんだろ、菅田」
相手の怒りを逆なでしたのは自分でも分かった。菅田の顔はゆでダコみたいに真っ赤になった。でも僕も負けてはいられない。
僕たちはにらみ合った。
「後にしようよ、菅田君」山川は薄笑いを浮かべていた。その笑顔はサディスティックな喜びの色をたたえていた。「御堂くんを血祭りにあげるのはさ」
「いいだろう」
菅田は
隣の席からはくっくっと笑い声が聞こえてきた。山川の細められた両目が俺を舐めるように見ていた。菅田たちの頭がおかしいのは前から知っていたが、この山川というやつも大概だ。きっとサディストなのだろう。この前も僕が廊下で殴られていたのを笑って見ていた。
ポケットに手を突っこみ、バタフライナイフの所在を確かめた。その柄の硬さを手のひらに感じると安心を覚えた。
もし菅田が襲い掛かってくるのであれば――いいさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます