第117話 『最強の鬼神』
「「「…………」」」
目の前の鬼……いや、鬼神といっても過言じゃないくらいのオーラを放つ魔物の登場に、言葉を失う私達三人。無理。三人でかかったって、これは絶対に勝てない。多分こいつは、お兄ちゃんが言ってたダンジョンマスターだと思う。
「おいおい、せっかくここまで来たのにだんまりか? まあ、オレがやることはどのみち変わらないが。それ、いくぞ?」
目の前の鬼が消え、吹き飛ばされるリーダー。音が置き去りとなり、遅れて聞こえる爆発音。目の前の光景が現実のものと思えない。
「そら、オマエ達もボーッとしない!」
背後から聞こえる声に、咄嗟に身を伏せる。頭上を何かが通り過ぎる気配。遅れてくる風圧。吹き飛ばされる楓ちゃん。何これ? どうしようもないじゃない!?
「お、手加減してるとはいえよく躱したな!」
ゴツゴツした地面を手で押し、腕の力だけで飛び起きる。それと同時に背後に向かって刀を振るう。さっきから背後を取られているから、完全に勘での攻撃だ。
キン!
果たして私の勘は当たったが、ただそれだけだった。
「へぇ、オマエなかなかやるな! だがこいつはどうだ?」
鬼は圧倒的な力で私の刀を跳ね飛ばし、気がつけば岩壁に叩きつけられていた。遅れてくる腹部への衝撃。
(痛い……すごく痛い)
久しぶりに感じる強烈な痛み。楓ちゃんも反対側でぐったりしている。霞む目で戒さんが鬼神に向かって行く姿が見えた。笑いながら戒さんの剣を弾き飛ばす最強の鬼。その金棒が振り下ろされる前に私が止めないと。
「キー坊」
私が力なく発したその言葉は、辛うじて鬼の耳に届いたようだ。戒さんの頭上数ミリメートルのところで黒い金棒が止まっていた。
「ああん? オマエ、その名前をどこで聞いた?」
戒さんの額の上で止まっている金棒はそのままに、顔だけこちらを向ける恐ろしく強い鬼。動きは止めているが、殺気はなくなっていない。お兄ちゃん、大丈夫だよね?
「実は私、キー坊さんの知り合いでこのダンジョンに入る前に、困ったら自分の名前を出すようにと言われてまして……」
「なんだ、そうなのか! それならそうと早く言ってくれりゃいいのによ! って、オレがいきなり仕掛けちまったのがよくなかったか。いやー、すまなかった!」
チョロかった。お兄ちゃんと知り合いって言っただけで、急にフレンドリーになった。
「おう、オマエがキー坊の知り合いならちょっと伝えてほしいことがあるんだが」
黒い金棒を肩に担ぎ、大股でのっしのっしと歩きながら私に近づいてくる。その顔は先ほどまで殺し合いをしていたとは思えないほど、ニッコニコの笑顔だった。
「はい、何を伝えればいいですか?」
片手を差し出されたので、それに掴まり起き上がる私。うう、お腹が痛い。
「転移石に魔力を登録しておいたから、今度来たときは一気に最下層まで飛べるって言っといてくれ!」
お兄ちゃんまた会いに来る約束なんてしてたんだ。それにしてもお兄ちゃん、よくこの鬼相手に無事でいられたね。戦わなかったのかな?
私が間違いなく伝えると言ったら、鬼は嬉しそうに『頼むぞ!』って言った後、私達に攻撃したことを謝ってくれた。
それから、お兄ちゃんに借りがあるのに何もしてやれなかったと悔しがっていた。だからなのか、5階層の転移石まで案内してくれて私達の魔力を登録させてくれた。本来の5階層のボスより間違いなく強いからって。
私達三人は5階層の転移石で入り口へと戻り、
「さて、アスカ君。できる範囲でいいので説明をお願いできるかな?」
きた。やっぱりそう来ますよね。キー坊の名前を出しちゃったから、戒さんにも聞かれてたし。仕方がない、ついさっき考えた言い訳を使うしかないね。
「実は昨日の夜、キー坊さんから電話がありまして、私が摩周湖
うん、真面目な顔して聞いてくれてるけど納得はしてなさそうだね。肝心なところは何一つ言ってないから仕方ないけど。
「そうか、もしわかればでいいんだが一つだけ聞かせてくれ。キー坊さんは北海道解放作戦には参加していないはずなのに、なぜ北海道に?」
私は少し考えてから答えた。お兄ちゃんならこう言うんじゃないかと思って。
「小麦を採りに来たそうです……」
「はい?」
予想通り聞き返されました。ああ、戒さん目をまん丸くして驚いてるよ。
「その、小麦を採りに来たそうです。料理に使う」
あまりに意外な答えだったのか、はたまた逆にしっくりくる答えだったのか。どちらにせよ、戒さんからは更なる追求はありませんでした。
そらから、三人でダンジョンマスターとの戦闘の反省会をしながら、釧路港を目指すのでした。
▽▽▽
「はい、わかりました。そっち方面に向かってみます」
摩周湖のダンジョンマスターに殺されかけた私達は、釧路港目指して歩いていたのだが、政府の方に取り残された人の情報が伝わってきたらしく、戒さんの電話に居場所を知らせる電話がかかってきていた。
電波が通じるようになったのに気がついた人達が、自分達の居場所を発信し始めたからだろうか。どうやら近くに生存者がいるみたいなので、戒さんの先導で山道へと入っていく。
摩周湖のすぐ東に管理用の山小屋があるらしく、魔物がいなくなったタイミングで避難所から逃げだしたのだが、運悪く小鬼に遭遇してしまい見つからないように隠れたのだとか。
ということは、釧路方面は函館方面とは違い魔物が全くいなくなったわけではないようだ。ダンジョンマスターが死んだか生きているかの違いかな。
比較的近いところだったので、ものの数分で着いた。いや、上位
山小屋は人がいるのか怪しいくらい静かだったが、魔物に襲われないように息を潜めているなら当たり前かと納得し、戒さんがドアを開けるのを後ろから眺めていた。
ここに情報通りに生存者がいるなら、戒さんに任せた方がいいだろう。なにせ、日本一の
私と楓ちゃんは生存者は戒さんに任せて外で見張りをすることにした。
「ねぇねぇ、アスカ。キー坊さんってあの摩周湖のダンジョンマスターと戦ったのかな?」
二人きりになったところで楓ちゃんがお兄ちゃんのことを聞いてきた。危なく、お兄ちゃんの名前を出しそうになってぐっとこらえる。
「うーん、どうだろう? 名前を出せっていうくらいだから出会ってはいると思う。案外、料理で釣ったのかもね!」
「あー、ありえる! なんかあの鬼、お酒とかおつまみとか好きそうな顔してたもんね!」
そんな話をしながら外で待っていると、小屋の中から子どもの叫び声が聞こえてきた。
「すっげぇぇぇ! 本物の獅子王戒だ! あくしゅして、あくしゅしてくれよぅ!」
どうやら無事生存者と会えたらしい。その中には子どももいるようだ。生きている間にたどり着けてよかった。楓ちゃんも同じ考えだったようで、二人で顔を見合わせてから、久しぶりに声を出して笑った。
子どもの声がしてからすぐに、戒さんが小屋から出てきた。続いて、小学校高学年くらいの男の子と、その両親であろう男性と女性が姿を現す。
「あれ? 皇帝のみんなと一緒じゃないのか? 若いお姉ちゃんが二人? 獅子王さんってロリコ『ちがーう!!』」
男の子が私達を見て何か言いかけたんだけど、突然大声を出した戒さんに遮られて最後まで聞こえませんでした。何だか戒さんがずいぶん慌ててるみたい。どうしたんだろう?
「だってよう。あんなに強い皇帝のメンバーを捨てて、俺とおんなじくらいの女の子二人といるなんて……獅子王さんってハーレ『それもちがーう!!』」
また男の会話に割って入る戒さん。何が彼をそうさせるんだろう?
「あんた、子どもになんてこと教えてるの?」
「いや、違うんだこれには深いわけが……」
「安全な場所に着いたら説教だね」
「……安全な場所に戻れるなら、説教でも何でも受けるよ」
「あんた……生きててよかった。よかったよぉぉ」
何だろう、最後は感動的なシーンのように見えるけど、端から見てるとあんまり共感できなかった。楓ちゃんも苦笑いしてるし、私間違ってないよね?
お父さんとお母さんが泣き終わるのを待って、私達は釧路港目指して南へと進路を向けた。
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