第109話 その頃、渋谷センターでは

 海斗達のパーティーが渋谷地下迷宮ダンジョンに潜ってすぐに事件は起こった。


 突如、入り口から発煙弾が投げ込まれ、発生した煙に乗じて迷彩服に黒の目出し帽を被った者達が大勢、渋谷センターになだれ込んできた。


「ゴホ、ゴホ。なんだ!?」

「誰だあいつら?」

「おい!? 銃を持ってるぞ!」

「下がれ! 下がれ!」


 一瞬でパニック状態となった渋谷センター内だが、そこにはたくさんの探索者シーカー達がいた。日々戦いを生業としているだけあって、対応は早い。銃という言葉に反応し、盾を持つ者達が前へと躍り出る。

 さらには突風スキル持ちの人物が煙を押し流し、視界を確保する。即席ではあるが、自分達の役割をよく理解している見事な連携だ。


 だが侵入者達もよく訓練されていた。その素早い対応の間に、入り口を封鎖し探索者シーカー達相手に完璧な戦闘態勢を敷いていた。


「火の玉よ、敵を打ち砕け。ファイアーボール!」


 侵入者の一人がファイアーボールを放ったのをきっかけに、探索者シーカー対侵入者の激しい戦いが始まった。


 ドゴン!


 揺らめく火の玉が盾を構える探索者シーカーに直撃し、数名を巻き込んで爆発した。お返しにとばかりに弓を持つ者達が一斉に矢を放ったが、下からの突風がその矢を吹き飛ばす。遠距離攻撃の撃ち合いは侵入者が一枚上手だ。


 魔法や弓の撃ち合いでは分が悪いと悟ったのか、探索者シーカー達が前線を押し上げ、乱戦に持ち込もうと動いた。その時――


「炎の壁よ、立ち上れ。ファイアーウォール」


 待ってましたとばかりに、再度侵入者の火魔法が放たれた。勢いのままに炎に飲まれる戦士達。


「熱い! 下がれ! 下がれ!」


 数名が炎に焼かれ後退を余儀なくされる。


「何事だ!」


 そこに現れたのは探索者シーカー協会渋谷支部支部長の熊田剛健だ。一目で状況を理解し、行動に移る。


「くそ、上位ランクのシーカーがいない隙を狙いやがったな」


 現役を引退して久しいとはいえ、格闘術と腕力強化のスキルを持つ元2級の探索者シーカー。前線を飛び越え、侵入者の魔法をかいくぐり、敵陣へと一人突撃していく。探索者シーカー達も熊田に続き、至る所で乱戦が始まった。


「うふふ、出てきましたね。あなたの相手はワタクシですわ」


 数名の侵入者を殴り倒したところで、一人の女が熊田の前にスッと現れた。黒ずくめの中で唯一派手な紫色のチャイナドレスを纏った、細目の美女だ。両手には針というには長すぎる、彼女専用の武器『ロングニードル』が握られている。

 海原 凪うなばら なぎ探索者シーカーライセンスを剥奪される前は2級まで上り詰めた強者。回避術と毒生成のスキルを持ち、相手の攻撃を躱しながらニードルで毒を打ち込む。暗殺者としての顔もあり、それがバレて探索者シーカーライセンスを剥奪された過去を持つ女。


「チッ。しばらく姿を見てないと思ったら、こんなところにいやがったのか。お前らアレだろ……『新人類』だよな」


 熊田は自分がまだ現役だった頃、この海原と地下迷宮ダンジョンに潜ったときのことを思い出していた。まだ探索者シーカーになりたてだった彼女だが、すでに戦闘スタイルは確立されており、華麗な回避から確実に毒を打ち込む姿に感心したことを覚えている。


「あら、バレてましたの? まあ、いいですわ。あなたにはここで死んで貰いますから」


 海原は手に持つ針を舐め妖艶な笑みを浮かべる。その姿に熊田の背筋に冷たいものが走った。


 相手は現役の暗殺者。片や引退して久しい髪が薄くなりかけたおじさん。熊田は、厳しい戦いになるだろうと思っていたが、それでも引くわけにはいかない。渋谷支部の存続をかけて、トップ同士の戦いが始まった。




「そっちの集団は毒で弱らせてるから大丈夫だと思うけど、ゲートから出てくるシーカーには注意してね。特にアイスとホットが担当してるパーティーは要注意よ。配信してるはずだから、動向は必ずチェックしておいて」


 渋谷センターの占拠に成功した新人類達の指揮を執る海原凪。熊田の健闘も虚しく、トップが倒された探索者シーカー達は一人、また一人と無力化され最終的には海原の毒でみんな身動きが取れなくなってしまっていた。

 特に熊田は重症で、今は何とか耐えているが後数時間放っておかれたら命が危ない危機的状況だ。しかし、誰も助けることができない。


 地下迷宮ダンジョンに入っていた者も、ゲートから出てくるや否や拘束され人質が増えるばかり。明らかに東京の上位ランカーたちが北海道解放作戦でいなくなったところを狙った、計画的な犯行だった。


「姉さん。この後はどうするので?」


「ああ、ファイアーかい。そうだね、ここにいるシーカー達は残念だけどみんな死んで貰うよ。今回の目的の一つは協会の弱体化だからね。こんなヤツらでも成長したら厄介な敵になるかもしれないから、心配の芽は早い内に摘んでおくのよ」


 開始早々ファイアーボールを放った侵入者の質問に海原が答えたことで、探索者シーカー達の間に動揺が走る。まさか全員殺されるとは思っていなかったからだ。


 しかし、毒によりどんどん身体が弱っている。ここにはポーション類を売っている店あるのだが、当然のごとく占拠されポーション類も回収されてしまっていた。支部長が倒された今、元2級の暗殺者に勝てるものはもういない。


 誰もが諦めかけたその時にゲートから一組のパーティーが現れた。

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