第108話 新人研修③

「キラードッグ3匹だ。まずは俺達が手本を見せるから、よく見ててくれ」


 俺との戦いに敗れた女子大生姉妹は、漣さんの両隣から初めて見るであろう本物の魔物の姿に、少々怯えているように見えた。


「落ち着け。お前達には指一本触れさせない」


 いつも言葉が少ない漣さんが、なんか格好つけてしゃべってる。前にいる三人にも聞こえたのだろう、ここまで歯ぎしりの音が聞こえてきた。


(翔は手を出すなよ)


 開始早々、海斗から念話が飛んでくる。雑魚相手だから必要ないとの判断なのか、自分達がいいところを見せたいからなのか、どちらかと言えば後者のように感じるが、目立ちたくない俺にとっては願ったり叶ったりの指示だ。ありがたく従わせて貰おう。


 俺は油断せずにファイアーボールを展開させ、怯えた振りをしながら隙あらば抱きついてこようとする姉妹を牽制する。


 不破さんがメイスで一匹、海斗が片手剣で一匹、綿貫さんが弓矢で一匹、それぞれ一撃で倒しポーズまで決めている。


「すごい!」


「あんなに簡単に!」


 さすがに探索者シーカーが戦う姿は迫力があったのか、彼女たちも素直に感激している。これには前を行く三人組も満足げな表情だ。あ、漣さんが綿貫さんに場所を変わるように絡んでる。


 この状況に味を占めたのか、海斗、綿貫さん、漣さんは三人でポジションを回し、一人は女子大生姉妹の隣に、もう二人は魔物を倒して喝采を浴びるという役割を満喫していた。唯一、不破さんだけは盾役という役柄女子大生二人の隣には立てなかった。


(いや、この新人二人にも経験を積ませろよ……)


 俺は心の中でそう呟いていた。


”魔物を倒すところはあの二人が映らなくてよいですわね”

”正直、女も魔物もいらないのでショウ様を映してくれないかしら”

”さすが6級だな。キラードッグもゴブリンも瞬殺だ”

”はぁ、ショウ様がまったく映ってないわね”

”あの女達、まだショウ様の隣を諦めていないわね”

”しかし、こいつらなんで今日に限ってポジション回してるんだ?”

”陽葵と氷天の隣……”

”あっ、察し”

”時々映るファイアーボールの光に当たるショウ様……神秘的ですわね”

”陽炎に揺らめくショウ様……儚いですわ”

”素人質問ですいません。ファイアーボールってあんなにずっと出しっぱなしにできるものなんですか?”

”もっとショウ様を映してほしい”

”そういや、ずっと出しっぱなしだな>ファイアーボール”

”魔力量どうなってんの?”


 む、俺の魔力量についてのコメントがあるな。俺の魔力量ならファイアーボール程度なら数時間くらいもつが、なにせ魔力自動回復スキルがあるからな、正直減ってないんだよこれ。教えないけど。


 自分達の活躍と、女子大生からの喝采に満足したのかようやく海斗が指示を出し、彼女たちに戦わせることにしたようだ。姉の氷天は腰に差した鞘から短剣を抜き、妹の陽葵はリュックからナックルを取り出し装着した。

 ……いや、最初から準備しとけよ!


 二人の周りを欲にまみれた男共が取り囲む。一歩間違えたら通報案件だ。俺はその様子を後ろから眺めながらため息をついた。


 女子二人の初戦は男達の過剰な助けによって何事もなく終わった。キラードッグの脚を綿貫さんが矢で傷をつけ、不破さんが頭をメイスで殴り昏倒させ、二人がトドメを刺すといった展開だ。


 生き物を殺す忌避感なども、ほとんど感じてないみたいだった。良くも悪くも。生き残るために必死に戦った我が妹とはちょっと違う人種のようだ。やっぱり好きになれないな。


 しかし、探索者シーカーにとっては生き物を殺す罪悪感など感じない方がいいのだろう。続くゴブリンも難なく倒してしまった。彼女達がぴょんぴょん跳ね回る姿に、海斗達は鼻の下を伸ばしているようだが、別のゴブリン達が近づいてきてるのに気がついていないのか?

 まったく、油断しすぎだろ。お前らの推しはアスカ&カエデじゃなかったのか?


 仕方がないから、重力魔法でゴブリン達の動きを封じ、海斗にヤツらの接近を伝える。結構な数だぞこれ。


「おい、まだ終わってないぞ」


 俺の一言にハッと我に返るメンバー達。すぐに戦闘態勢に入りゴブリン達を迎え撃つ。


”このアマども、うざったらしくぴょんぴょん跳ねまわりやがって”

”完全にぶりっこしてますね、これ。ギルティです”

”不破さん……硬派だと思ってたのに”

”ちらちらショウ様に視線を送るんじゃないよ!”

”ずいぶん過保護だけど、動き自体は悪くなかったな”

”ああ、笑顔でゴブリンを刺したり殴ったりしてるのにはちょっと引いたが”

”なんか向こうにゴブリン達が映ってない? 苦しそうな顔して止まってる。なにしてるんだろう?”

”!? ショウ様のお声が!?”

”癒やし! 耳が癒やされますわ!”

”イケボ過ぎて興奮が止まりません”

”ショウ様のお声!?”


 おっと、カメラにゴブリンが映り込んでいたか。しかし、視聴者とはよく見てるものだな。映ったのなんて一瞬のはずなのに、ゴブリンの苦しそうな表情まで判別できるとは。俺ももっと気をつけねば。


 まあ、数がいるとはいっても所詮はゴブリンの集まり。陣形を整えた海斗達の敵ではなく、重力魔法を解いた後も意気揚々と参戦する女子二人相手を含めた五人に、為す術もなくやられていた。


 その後、レベル上げも兼ねて5階層まで降り、昼食休憩を取ってボスに挑むことになった。ちなみに女子大生二人はみんなの分のサンドイッチを作って持ってきていた。こういう行動が男に好まれるのかね? 俺は自分の弁当があるからいらないけど。


”どうせ使用人に作らせたものでしょ?”

”お弁当を用意とか周到すぎる。絶対ショウ様狙いでしょ、これ”

”サンドイッチで気を引くとかあざとい。でもショウ様に断られてざまぁ!”

”さすがショウ様! 私の手料理しか求めてないのね!”

”おめえの手料理も求めてないわ!”

”ああ、お弁当食べてるショウ様……尊い”

”私も食べられたい”

”サンドイッチ断られて草!”

”ショウ様って、お弁当自分で作られてるそうですよ。強くて、格好良くて、料理上手。私にぴったりだと思いません?”

”思う分けねえだろごらぁぁぁぁ! 余計な敵増やすんじゃねぇよ! 今はあの二人で手一杯なんだよぉぉぉぉ!”


 俺はそっとタブレットから目を離した。

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