第107話 新人研修②

~side ショウ~


「へー、これが配信用のドローンカメラなんですね? パパに買って貰おうっと!」


 海斗が『北海道解放作戦に参加したかった』と悔しそうに言っていたから、忙しい合間を縫ってレベル上げに付き合うことにしたのだが、何だこれは……


 目の前では出会ったばかりの大学生の女が、配信用のドローンカメラを見て金持ち発言をしている。何がパパに買って貰おうだ。


 海斗のヤツ、受付に突然頼まれた新人研修とやらを一度は断ろうとしたはずなのに、女子大生と聞いた瞬間反射的に受けやがった。


 そんな暇はないだろうと、他のメンバーと抗議しようとしたら、みんな海斗の顔を見て静かに頷いていた。どうなってるんだお前ら……


 仕方がないので黙ってついていったが、海斗をはじめ四人とも完全に鼻の下を伸ばしていた。たぶん、自分達は顔に出してないとでも思ってるんだろうな。


 協会の職員に案内されたところにいたのは、二人の若い女性だった。いや、若いと言っても俺達よりは年上だがな。見た目はまあ、ましな方だが明日香に比べたら月とすっぽんだな。


 しかしだ。なぜかこの二人やたらと俺の隣に来たがる。歩きづらいったらありゃしない。その二人に他の四人も近づいてくるから、まるで俺を中心に団子のように固まって移動している。


 おいお前らいつもの陣形はどうしたんだよ? もうダンジョン内だぞ?


「それじゃあ、配信を始めるぞ。準備はいいか?」


 海斗がリーダー面して仕切りだしたので……って、リーダーだったか!? とにかく、団子状態のまま仕切りだしたので、いったんみんなを引っぺがしていつもの陣形に並ばせた。女子大生の二人は、海斗の横に並ばせて自己紹介に備えさせる。


「みなさんおはようございます。チーム『推し活』のリーダーのカイトです。今日は渋谷ダンジョンでレベル上げの予定でしたが、急遽変更して新人研修のお手伝いをしたいと思います」


”おはよー、待ってたけど予定変更?”

”おはようございます。新人研修……嫌な予感しかしませんわ”

”まさか、研修対象は女じゃないですよね?”

”あら、リーダーの顔が挙動不審に見えますけど?”

”おーっす。何かいきなり修羅場になってないか?”

”ちょっと、今日はレベル上げじゃなかったの? なによ新人研修って?”

”あっ!? 見えたわ! カメラの端に女の手が映ったわ!”

”きぃぃ! 私も見ました! 女の手を見ました!”


 恐ろしい。予定を変更しただけでこの騒ぎ。女子大生二人を紹介したらどうなるんだ? コメント欄を確認したカイトの頬がぴくぴくと痙攣している。いや、お前の責任だからな。何とかしろよ。


 しかし、ここまで言っては後には引けなかったのだろう、海斗は二人に自己紹介するように促した。


「見ているだけのみなさま、おはようございます。この度、『推し活』のショウ……みなさまに手取り足取り腰取りハンターのノウハウを教えていただくことになりました、出雲氷天です。今日はよろしくお願いします」


「視聴のみのみなさんおっはよー! 新人ハンター出雲陽葵だよ! 今日は『推し活』のみなさんにお世話になります! ちなみに私の推しはショウ様だよ! 生ショウ様最高!」


 ……頭が痛い。何だこのクソみたいな自己紹介は。完全に視聴者のみんなを煽ってるだろうが。こいつらなかなかの神経してるな。


”ごらぁぁぁぁぁ! なにのたまわってるんだこのアマがぁぁぁぁ!!”

”はぁぁぁぁ!? ふざけんなよこのクソオンナ! 手取り足取り腰取りってなんだよ! このヘンタイが!”

”見てるだけで悪かったなぁぁぁぁ! てめぇらの推しなんぞ聞いてないんだよ!”

”生ショウ様だと? 羨ましすぎるに決まってるだろが!”

”¥3000 リーダーのこの後の苦労に……”

”あらあら、下心丸見えですこと。そんなお下劣なお嬢様方にはたしてショウ様がなびくとお思いですか?”

”¥5000 あ、俺も……”

”!? よく言った! 確かにショウ様はお下品な女はきらいそうですわね!”

”出雲姉妹ってあの三大財閥の出雲!?”


 コメント欄を見るのが辛い。驚異の動体視力で拾ってしまったが、この後も続く罵詈雑言を見るのは止めた。


「と、とりあえず先に進もうかな? 陽葵さんと氷天さんは俺の横にいてくれ」


 コメント欄には日和ったが、海斗は勇気を振り絞って二人を独占する作戦に出た。どう考えても海斗と綿貫さんの後ろにいる漣さんの両隣がベストポジションだと思うけどね。

 案の定、他のメンバーがじろりと海斗を睨みつける。だがわざと知らんぷりをして、二人を両隣に案内したのだが……


「あ、私たち最初は安全な後ろで見学させて貰いますね!」


 俺の隣に来やがった。海斗の下心……親切を無視しやがったなこいつら。


 だが、俺もそう簡単に両隣を取られるわけにはいかない。両手にいつもより大きめの、野球ボール大のファイアーボールを展開させ近づけないようにした。


”¥3000 さすがショウ様! 信じておりました!”

”¥5000 さすショウです! こんなメスには引っかからないと思ってました!”

”¥8000 ありがとうございます、ショウ様。私たちの思いを行動で示してくださって”

”¥10000 ショウ様……やはりそのお隣は私の専用席だったのですね”

”いや、誰かファイアーボールを同時に2個出してるところを突っ込めよ”

”¥12000 おら、そこの二人。さっさと最前列に戻るんだよ! あ、ショウ様今日もカッコイイですね!”

”素人質問ですいません。ファイアーボールって大きさ変えられるものなんですか?”

”¥30000 ショウ様のご尊顔を拝謁賜りまして、本日も良い日和になりそうです。そちらの豚二匹にはくれぐれもお近づきにならぬよう進言させていただきます”


 いや、誰かファイアーボールの大きさについて答えてやれよ。


 あまりにどうでもいいコメントばかりにが流れて行くので、俺は両手のファイアーボールの大きさを自在に変えて見せた。


”おお! すごい! 手品みたいです!”


 よし、他の雑音コメントは無視して純粋なこいつのために頑張ろう。


 まったく地下迷宮ダンジョン攻略をする気配もなく、俺の隣に来ようと四苦八苦している二人は無視して、俺はファイアーボールの大きさや色を変えながら進んで行った。

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