第106話 新人研修①

~side カイト~


 俺は今、猛烈に悔しい。北海道解放作戦に参加できないことが。俺達の探索者シーカーランクは6級。解放作戦に参加できるのは、後方支援であっても4級から。全然、箸にも棒にもかからないのは十分理解している。


 しかし、友人の妹が身の危険を顧みずに参加しているのだ。先輩の俺が、携帯の前で進捗状況が更新されるのを待っているだけなんて……悔しいぞ!

 と、いくら嘆いていても現状は変わらない。一日でも早くランクが上がるように、今日も俺達は渋谷地下迷宮ダンジョンへ潜ろうとやってきたのだが——


「もし可能でしたら、新人研修をお願いしたいのですが」


 入場申請しようとしたら、受付のお姉さんに先に声をかけられた。


「新人研修?」


 聞いたことない単語に、思わずオウムのように繰り返してしまった。


 受付のお姉さんによると、最近始まった制度らしい。以前、渋谷地下迷宮ダンジョン地下迷宮異常ダンジョンエラーが頻発した時、低ランクの探索者シーカーの入場が制限された。 

 その時に検討されていた制度で、新人が高ランクの探索者シーカーに付き添ってもらい、安全に地下迷宮ダンジョンでの活動について学ぶというものらしい。


 結局、地下迷宮異常ダンジョンエラーの原因が獅子王仁達によって解明され、セキュリティーを強化することで決着がついたのだが、よい制度だということで実施することに決まったそうだ。


 だが、俺には北海道解放作戦に参加するという崇高な目的がある。申し訳ないが1分1秒の時間も惜しいのだ。他人に使ってやる時間はないのだよ。


 一応、他のパーティーメンバーに目をやるが、同じ考えだったようでみんな軽く頷いていた。あっ、翔だけは顔を隠して俯いてたけど。


「申し訳ないが、今は他人に構っている余裕がない。別のパーティーをあたってもらえるだろうか?」


 俺の答えが予想できていたのだろうか、さして驚くこともなく受付のお姉さんは話を進める。


「今回はチーム『推し活』様をご指名でしたが、そういう理由でしたら、彼女達にお断りするとお伝えしておきますね」


「ちょっと待った。彼女達?」


 俺はお姉さんの返答の中に、聞き捨てならない単語が聞こえてきたので思わず聞き返す。


「はい。最近シーカーになったばかりの大学生の姉妹ですね。いいですね、親がお金持ちだとスキルオーブも手に入れることができて。しかも、二つも」


 後半は心の声が漏れ出ていたが、相手が女子大学生というならば話は別だ。年上のお姉さん。うん、男なら一度は憧れるシチュエーションだ。一応、パーティーメンバーに目をやるが、俺と同じ考えだったようでみんな静かに頷いていた。あっ、翔だけはなぜか必死に首を振っていたが。


「後輩シーカーを育てるのも先輩の義務ですね。引き受けましょう」


 俺がそう宣言すると、受付のお姉さんは苦笑いしながら手続きを始めた。そして、ふと顔を上げて翔の方を見つめたかと思うと、顔を赤くしやがった。おい、手続きの手が止まってるぞ!


 翔のせいでやたらと時間がかかったが、手続きが済んだので実際二人が待っているところまで、別の職員に案内してもらった。

 ちなみに、わずかながらも協会から謝礼がでたり、ランクアップのポイントに加算されるらしい。地味にありがたいね。


 渋谷センターの休憩室でその姉妹は待っていた。こちらに気がついて振り向いた顔を見て俺は思った。


(これは当たりだな)


 俺はさりげなく口臭をチェックし、不破さんはいそいそと盾を背中から下ろし、綿貫さんはカバンからサポータを取りだし指や手首にはめ、漣さんは手から水を出して髪を整えている。


「おはようございます! チーム『推し活』のみなさん、新人研修を引き受けていただきありがとうございます!」


 二人のうちまずは、茶色のショートカットが活発さを感じさせる元気のいい女性にお礼を言われた。いやいや、こちらこそありがとうございますだよ。


「今日はよろしくお願いします。私の名前は出雲 氷天いずも ひそら、こっちのうるさいのが妹の陽葵ひまりです」


「ちょっと、お姉ちゃん! うるさいってなによ! そこは『元気はつらつ』とか『明るくかわいい』とかじゃないの!?」


 ふむふむ。黒いストレートヘアを腰まで伸ばした、落ち着いた雰囲気の女性がお姉さんか。見た目も性格も正反対っぽいけど、共通しているのはどちらも美人だと言うことだ。

 これは本格的に当たりだと、顔には出さずに心の中でガッツポーズをきめる。他のメンバーをチラッと見ると、みんな表情が硬い。絶対、これは喜びを抑えている顔だ。ああ、一人だけマジで嫌そうな顔をしているヤツがいた。あのモテ男は放っておこう。


「初めまして。俺はの霧島海斗です。今日はよろしくお願いします」


 俺は自己紹介をしつつ、さりげなく右手を前に出す。当然、二人ともその手を握り返してくれる。そうただの握手だ。されど握手だ。日本の握手文化万歳。ハグの文化もあればよかったのに。


 俺が最初に握手をしたことで、他のメンバーも嬉しそうに後に続いて握手を求めていた。みんな俺に感謝するがいい。それにしても美人の女子大生の姉妹の手の何と柔らかいことか。思わず匂いを嗅ぎそうになってしまった。


 おい!? 翔のヤツ、差し出された手を無視しやがった!? 自己紹介もそっぽを向いてぶっきらぼうだし。感じの悪いやつめ! 嫌われるがいい!


「やだ、想像通りクールなイケメン……超タイプだわ」

「ダメ! お姉ちゃんにはあげないよ!」


 うん。二人の会話は聞こえなかったことにしよう。


 それにしても、周りが随分と騒がしくなってきた。うぉ!? 騒がしいどころか人だかりができてるじゃないか!? しかも、最前列は全て女性!? この恐ろしい光景を見て俺が思ったのは、『女性シーカーってこんなにいたんだ』という何とも情けない感想だった。


「うふふ、見てお姉ちゃん。あの羨ましそうな、悔しそうな顔、顔、顔」


「あんまりじろじろ見ないの。私たちの目的がバレるでしょ。何も知らない振りして、ショウ様の隣を確保するのよ」


 しかしこの二人、ひそひそ話がひそひそになってない。近くの俺達には丸聞こえだ。だが敢えて俺達は聞こえないふりをした。何せ、美人、姉妹、大学生という奇跡の3コンボなのだ。多少の障害で諦めるわけにはいかないのだよ。


 俺達はいつもの陣形を完全に無視して、氷天さんと陽葵さんの隣を歩こうと水面下で熾烈な戦いを繰り広げながら、渋谷地下迷宮ダンジョンへと入っていった。

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