第101話 湖の畔(ほとり)で
「おぉ? こんなところに人間が? 珍しいどころか初めてじゃねぇのか?」
あまり敵意を感じなかったから、こっちも気軽に近づいてみた。俺のことを人間と呼んだところをみると、やはりこいつは魔物のようだ。
今は座ってはいるが、立てば二メートルは超えるであろう巨躯に、赤を基調とした袴のような服をだらしなく着崩している。見た目は人間っぽくあるが、肌の色は朱に染まり、頭からは短めながら2本の角が伸びている。
今時珍しいひょうたんから、巨大な盃に酒をつぎグビグビと飲んでいる。傍らには無造作に黒い金棒が転がっていた。
(この距離なら鑑定できるか?)
名前 酒呑童子
レベル 98
酒呑童子? はて? 聞いたことがあるような……ああ、めっちゃ強い鬼か? まさかダンジョンマスターじゃないよね?
「確かに俺は人間だけど、そういうあんたは何者なんだ?」
鑑定でわかってはいるが、知らない振りして聞いてみる。
「ん? オレか? オレの名は酒呑童子。それ以上でもそれ以下でもないな」
うん。普通に名乗ったね。まあ、別に名前を隠す理由も見当たらないけど。ただ、結局わかったことは名前と酒が好きだということだけだ。だが、それだけでもできることがある。
とりあえず、おいしい酒を造ることだ。
先ほど採れた稲があるから日本酒でも造ってみるか。俺は土魔法で、内側にヤスリのように細かい凹凸がついた大きな筒を用意する。その中に玄米を入れ風魔法で回転させることで精米をしていく。
次にきれいに精米された米を水魔法でしっかり洗い、これまた水魔法で出した魔力たっぷりの水を適度に吸わせる。その米を今度は結界で作った箱に移し、蒸気を送り込むことで蒸していく。当然、時間がかかる作業は時空間魔法で短縮だ。
「おい! これはまさか酒を造ってるのか!?」
目の前で行われる酒造りに、酒呑童子も段々と興味を示してきたようで、今じゃ酒を飲むのも忘れて夢中になって見ている。
敢えて酒呑童子の問には答えず、次は蒸された米を広げ麹菌を振りかけていく。持っててよかった麹菌。そして、「引き込み」、「床もみ」、「切り返し」を経て平べったい結界の箱に麹を敷き詰める。後は層になっている麹を混ぜて温度調整し、麹を麹室から出す工程となった。
「うん、ほどよく甘いね」
上手くできた麹を広げて乾燥させる。アルコールを生み出す酵母を増やすための酒母づくりだ。これには3週間くらいかかるからね。短縮、短縮。
ここまで来れば後少し。初添え、踊り、仲添え、留添えと混ぜたり放っておいたりと仕込みをしていく。
最後に温度管理をしつつ発酵を進め、完成した日本酒をものすごい細かな穴が空いた結界に入れ、上から圧力をかけ絞っていく。
縛られたタイミングによって、味わいが変わるので、最初に出てきたものと、その後に縛られたものを分けておく。
よし、これで完成だ!
酒呑童子は完成された日本酒を見て、息を飲んでいる。ダンジョン産の米だからね。まずいわけがない。
「飲んでみるかい?」
一応、酒呑童子のために造ったものだけど、聞いてみる。
「いいのか? いや、ダメと言われたらつらいが、ぜひいただこう」
俺はせっかくだからと、日本酒の味を引き立ててくれる、檜で作られた升を取り出し日本酒を注ぐ。
ゴクリ
酒呑童子の喉が鳴る。
土魔法で作ったテーブルの上に升を置き、いつか配信しようと思って作ってあった、おつまみシリーズをいくつか出しておいた。今回は選んだのは牛タンにチーズにエイヒレだ。
「おいおい、酒だけじゃなくてつまみまで出てくるのかよ! ってか、初対面のオレに随分良くしてくれるんだなぁ!」
ん? 言われてみれば確かにそうだな。なぜだろう?
「ここってダンジョン化してるよね? 俺を見かけた魔物は例外なく襲いかかってくるし。それなのに、あんたには敵意さえ感じられなかったからかな?」
自分で説明しても疑問形になっちゃったけど、たぶんそういう理由だと思う。
「ふむ。確かにダンジョンからは、侵入者を排除するという半ば強制に近い命令が送られてくるんだが、オレくらいのレベルになればそんなもん余裕で無視できるからな。おかげでおいしい酒とつまみにありつけそうだ! おい、オマエの名前を教えろ! 覚えといてやる!」
っと、あまり長く話しているのも野暮だからそろそろ乾杯しようか。俺は自分用のコップを取りだし、ブドウジュースをなみなみ注いだ。
「「乾杯!」」
まさか、こんなところで魔物と乾杯することになるとは思わなかった。でも、景色は素晴らしいし、ジュースもつまみもダンジョン産だからめちゃくちゃ旨い。もっと景色を楽しむために、この霧を風魔法で飛ばしてやった。
「……おい、どうなってんだ。この酒もつまみもうますぎだろう」
どうやら酒呑童子の口にも合ったようだ。一言呟いて、後はひたすら飲んで食べてだ。
「いやぁ、こんなにうまい酒とつまみは初めてだ。お礼に何かしてやりたいが、あいにくオレにはあげれるものは何にもないからな……」
酒呑童子はお礼ができないことが残念なのか、ちょっと寂しそうに見える。随分、律儀な魔物だこと。
「それじゃあ、一つ聞いてもいいか?」
「おお! 何でも聞いてくれ!」
俺の言葉に嬉しそうに反応する最強の鬼。
「この地域のダンジョンマスターはどこにいるんだ?」
その時、明らかに空気が変わった。それは目の前の酒呑童子が闘気を纏ったからだろう。
「ダンジョンマスターに何のようだ?」
さすがレベル98。並の
「うーん、用は特にないんだけど、俺も一応この地域を元に戻すのに協力する立場だからね。人間だし」
酒呑童子の闘気を軽くいなし、疑問に答える。そんな俺の態度にヤツが獰猛な笑顔を見せた。
「よし、キー坊。オレと戦え!」
鬼の親玉は、傍らに置いてあった黒い金棒を無造作に拾い、肩に担いだまま立ち上がった。
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