第102話 vs 酒呑童子

「オレに勝ったらダンジョンマスターに会わせてやるよ!」


 霧の晴れた湖の畔。いつの間にか差し込む夕焼けが、酒呑童子の赤い肌を朱色に染める。


 電光石火。肩に担いだ黒い巨大な金棒が音も立てずに消えた。


 ガキィン!


 目にも止まらぬとはこのことか。辛うじて反応できたのは、レベルアップの恩恵かはたまた日頃の訓練の賜か。


 しかし、咄嗟に受けた紫金剛アダマンタイトの刀から伝わるは、黒金クロガネの圧倒的破壊力。片手で振るってこの威力。遅れてきた暴風が髪を揺らした。


 目の前の鬼神相手に力勝負は愚の骨頂……などとは思わない。


 試させてもらおう。を。


 ぬかるんだ足場を魔法で固め、反撃の準備は整った。さて、力自慢の赤鬼さんよ。俺の動きについてこれるかな?


 ダン!


 大地の力を借り、刀を強く跳ね上げる。力負けした酒呑童子の驚く表情を見ようと顔を覗き込む。だが俺の目に映ったのは、獲物おもちゃを見つけた魔獣のような、獰猛な笑みだった。


 面白い。俺は一つギアを上げる。ヤツが瞬きをする刹那を狙って背後へと回った。


 紫電一閃。


 紫色のオーラを纏った刀が、しかし、鬼神の超人的な反射神経により振り返ることなく、金棒で受け止められた。


「ハァ!」


 ヤツの赤い闘気が爆発的に広がり、俺は弾き飛ばされた。


「今度はオレの番だな!」


 己の得物を片手で軽々振り回し、息を尽かせぬ連続攻撃は竜巻のごとし。その全てをいなし、躱し、受け止め反撃チャンスを窺う。


 突如訪れた静寂。鬼神が得物を頭上に振り上げたまま、止まったのだ。


 動から静へ。突然の変化に戸惑いが生じる。それこそ、酒呑童子の狙い通り。


 静から動へ。不意の動きに対応できるものは少ない。本気の一撃。稲妻のごとく振り下ろされる黒い金棒。鬼神の顔が嬉しそうに歪む。


 一撃必殺。天地を震わすその一撃が俺の額を捉え……ない。


 鬼族最強の鬼神さんよ。俺の実力を見誤ったな?


 乾坤一擲。俺の捨て身の突きは、遅れて放って尚お前よりも速い。黒い金棒は地面を穿ち、紫の刀は鬼神の喉に僅かに刺さり、青い血を一筋流れさせた。


「フフ、フハハ、フハハハハハハハハハァ! やるな! このオレに殴り合いで勝てるヤツはそういないぞ。オマエは一体何者だ?」


 自らの負けを認めた酒呑童子は黒い鉄杖を地面につき、すがすがしい顔で聞いてきた。


「……料理人?」


「そんなわけあるかぁぁぁぁぁ! あれ、あるのか?」


 いつものお約束を終えた俺は、酒呑童子の攻撃で陥没した地面を土魔法で直し、喉の傷を治してやる。


「オマエ、絶対料理人じゃないだろう……」


 誰が何と言おうと、俺の収入源は料理配信なのだ。これを料理人と呼ばず何と呼ぶ!


 戦いを終えた俺達は再び、テーブルについて向かい合う。


「それで、ダンジョンマスターはどこにいるんだ?」


「ん? オマエの目の前にいるだろうが!」


 俺の問いかけに酒呑童子はしてやったり顔で答えた。ってか、薄々気づいてたし!


 酒呑童子の話によると、こいつは元々別の世界の住人らしい。何でも、異なる次元には地球以外にもたくさんの世界があって、時折、侵略戦争なんかが行われてるんだとか。


 今回、地球という素晴らしい世界が発見され、他の世界の住人達が我先へと侵略しようとしたのだとか。しかし、地球には魔素がない。そこで、先に地下迷宮ダンジョンを創りだし、魔素を地上に送ることにした。

 魔素を創り出すダンジョンコアが簡単に壊されないように、ダンジョンマスターを護衛に配置させて。


 地下迷宮ダンジョン内で魔素が溜まり、一定以上の戦力が確保できたときに地下迷宮崩壊ダンジョンブレイクが起こり、侵略が始まるのだとか。


 北海道は偶然にも5つの地下迷宮ダンジョンが同時期に崩壊したため、それぞれのダンジョンマスターが、牽制し合い微妙な均衡を保っていたそうだ。


「あれ? まてよ? 釧路って釧路湿原ダンジョンが崩壊したんじゃなかったっけ?」


 どっかの掲示板でそんな書き込みを見た気がする。


「ああ、あのトカゲ野郎のことか? ピーピーうるせえから、コアごとぶっ潰してやったわ」


 あらら、それはご愁傷様です。にしても、ダンジョンマスター同士で争うこともあるんだね。やはり、地球争奪戦だからなのか。


「なるほど。じゃあ、ここを元に戻すにはやっぱりコアを壊さないといけないのか……そのコアはどこに?」


「この金棒がダンジョンコアだ」


 何と、ダンジョンコアって言うくらいだから、クリスタルみたいな形でもしてるのかと思ってた。


「それを壊す以外にはここを元に戻す方法はないのか?」


 魔物とはいえ、食事を一緒にした仲だ。できるなら、穏便に済ませたい。


「あー、いや、オレがダンジョンに戻ればいいだけだな」


 えっ? そんな方法があるの? そもそもここの地下迷宮ダンジョンは崩壊してるんじゃないの?


 酒呑童子曰く、ダンジョンマスターはダンジョンコアを利用して地下迷宮ダンジョンを元に戻せるのだとか。ダンジョンコアが破壊されれば、ダンジョンマスターも滅びてしまうらしく、それは勘弁してほしいとのことだ。


「オマエが酒とつまみを時々くれるなら、ダンジョンに戻って大人しくしてやってもいいぞ?」


 うむ。それでここが元に戻るなら倒すよりいいかもね。何だかんだで、地下迷宮ダンジョン産の野菜や果物、魔物の肉だっておいしいからね。なくしてしまうより、安全に利用させてもらう方がいい。


 地下迷宮ダンジョン内に発生した魔物や素材は、自由に狩ったり採ったりしていいそうだ。コアの魔素から生まれてくる魔物には、特に仲間意識なんて湧かないんだとか。


「よし、交渉成立だ」


 俺は酒呑童子をがっちり握手を交わす。


「ちなみにダンジョンの階層の数だが、大体ダンジョンマスターのレベルになるからな。頑張って98階層まで来てくれよな!」


「98!? 大変そうだな……」


「なーに、オマエさんなら楽勝だろ! それより、ダンジョンができるまでさっきの続きをやろうぜ!」


 その後、地下迷宮ダンジョンがコアの力で復活するまで、ビールやらワインやらを提供しながら、饒舌になった酒呑童子からこっちにくる前に暮らしていた鬼の世界について色々教えてもらった。


 それと気になる情報が一つ。帰りがけに聞いたんだけど、何でもダンジョンマスターの中には人間と連絡を取り合ってる者がいるとか。それが本当なら嫌な予感しかしないな。地球侵略を目論む魔物と目的をともにする人間……あいつらしか思い浮かばん。


 まあ、その辺りの情報も明日香には伝えておくとするか。


 

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