第100話 vs ネームドモンスター②

「お前、何者だ?」


 俺が赤目の悪魔に追いついたときには、ヤツはすでに体勢を整えていた。ズボンについた埃なんか払う振りして、人間の真似でもしてるのかね?


「人に名前を尋ねるときは、自分から名乗るが人間界の礼儀だぞ」


 何か人間の真似してるっぽいから、人間としての礼儀を教えてやった。


「おお、そうでした。ちょっと頭にきたせいかすっかり忘れてましたよ。私の名前はベリアス。偉大なるダンジョンマスター、サタン様にお仕えする悪魔のひとりです。それで、あなたは一体何者なのですか?」


 なるほど。こいつは相当強いと思っていたが、ダンジョンマスターではなかったか。こいつよりも強いヤツがいるなんて、やっぱり北海道は危険なところだな。このベリアスとやらを倒したら、さっさと退散するとしよう。


 おっと、相手も名前を名乗ったことだし、一応俺の名前を教えていおいてやるか。


「俺の名前はキー坊。料理人だ」


 いいよね? 前は自称だったけど、今は料理系配信者として名前も売れてきてるし、料理人って名乗って間違いないよね?


「ふざけるな! 私に一撃を食らわせることができる料理人がいてたまるか!」


 怒られた。めっちゃ怒られた。何だろうこの既視感。俺はまだ料理人を名乗っちゃいけないのか? しかも、『一撃を食らわせる』だと? 俺が料理人だと知って合わせてきたのか? やるなこいつ。


 とまあ、そんなことはどうでもいい。あまりもたもたしてると獅子王兄弟が復活してこっちに来ちゃうかもしれない。魔物料理屋は北海道解放作戦には参加しないって言ってるからな、なんでここにいるのか問い詰められたら面倒だ。パパッと倒して帰ろう。


 俺は先ほど創ったばかりの紫金剛アダマンタイトの刀を鞘からスラッと抜いた。紫色に光る刀身が格好いい。


「……お前。その刀……ただ者じゃないな」


 今まで俺のことを下に見ているような態度だった悪魔が、俺の刀を見た途端その表情を変えた。あれ? この刀を出したのは失敗だったか? 油断しているうちに、あっさり倒してしまう作戦が……でも、どうしても見せたかったし。


 ベリ……何とかという悪魔は持っている槍を初めて構え、戦闘態勢に入った。やれやれ、そう簡単にはいかないかもしれないな。


 シュ!


 まずは小手調っぽい、それにしては相当速い突きが俺の顔目がけて繰り出される。ちょっと確認したいことがあったから、俺はその突きに合わせて刀を抜く。


『キン』という乾いた金属音が耳に心地よい。刀を抜いてから鞘に収めるまで、さてこの悪魔君に俺の動きは見えたかな? べ……何とかがもつ黒い槍の先端がポトリと落ちる。


「!? まさか? いつの間に!?」


 ふむ。どうやら俺の動きにはついて来れなかったようだな。今の一連のやり取りで明らかに日和ったヤツは、微妙に腰が引けている。さてはこいつ逃げる気だな。


 黒い槍の先端はすぐに復活し、俺の予想が当たっていたことを証明する。あれはヤツの魔法かスキルで作られたものだと確信した。作り出すのに魔力を消費するはずだから、あれを削っていくのもいいかもしれない。一撃で倒す術がないならだが。この情報は明日香に教えてあげよう。もしかしたら、特別ボーナスとかもらえるかもしれないし。


 逃げ出すつもりなら、闇魔法を使えるあいつが取りそうな行動は……闇夜ダークネスの魔法で辺りを暗くしてその隙にってところか。


闇夜ダークネス!」

光源ライト!」


 何て名前だったか忘れたが、悪魔が作りだした暗闇を即座に払う光を放つ。こちらに背を向け、逃げだそうとしていた悪魔が『ギギギー』という音が聞こえそうなくらいぎこちない動きで、こちらを振り返った。


「ベリリリのやることなんてお見通しなんだよ」


 俺は勝ち誇った顔で告げてやった。うん、予想が当たって気持ちいい!


「なぜわかったのだ!? それに私の名前はベリアスだ!」


 そうそう、ベリアスだったが名前なんぞはもうどうでもいい。俺は思ったよりも苦戦しなかったこの戦闘を終わらせるべく、ひとつの魔法を用意する。光操作の上級魔法。特に動作は必要ないが、一応格好つけて左手を悪魔に向けて突き出した。

 手のひらの前に集まる眩しい光。


「そ、それは!? まて、待ってくれ!」


「それじゃあ、べ……何とか君。さようなら。聖なる光線ホーリーレイ!」


 俺は魔法名を告げると同時に溜まった光を解放する。前方に伸びる極太の光の道が、赤い目の悪魔を飲み込み消滅させた。


 さて、これで明日香の方も大丈夫だろう。他のメンバーがどんどん離れて行ってるところをみると、二人が時間を稼いで撤退しているとみた。明日香が持ってるポーションで回復したら、三人で函館に戻るはずだ。


 俺は遠くで獅子王兄弟が復活したのを見てから、転移で十勝地方へと向かう。北海道十勝地方が小麦の産地だと思い出したのだ。せっかく来たから、こっそり小麦を採って帰ろうと思ったのだ。



 ▽▽▽



 短距離転移を繰り返し、東へ東へと移動する。途中で出会った悪魔達は、とりあえず全て首をはねておいた。そのうち、見かけるのが悪魔じゃなくて闘鬼オーガ……じゃないな、あれは。鑑定したら鬼と出た。

 と言うことは、こっちのダンジョンマスターは鬼の親分ってことか。何て名前だろう? オニキングとか? とにかく、そいつには見つからないようにしなければ。


 俺は探知で辺りを警戒しつつ、眼下に大量に生えている麦を風操作で刈り取り、アイテムボックスへと放り込んでいく。後で乾燥させないとな。


 他の地域だと地下迷宮ダンジョンの中で集めるんだけど、ここは地上が地下迷宮ダンジョン化してるからね。おそらく、魔素が充満してるからその辺に生えてるのも全て地下迷宮ダンジョン産と同じになっている。


 と言うことは!? 俺は辺りを飛び回って、畑を探す。すると……


 とうもろこしにじゃがいも、アスパラにニンニク。あるわあるわ、野菜のオンパレード! さすが北海道! 早いとこだれか解放してくれ!


 あまりにたくさんの野菜が採れるので夢中になっていたら、いつの間にか大きな湖の畔に来ていた。うっすらと霧がかかった湖畔に大柄な人影が見える。どうも、一人で酒盛りをしているようだ。


 この霧のせいか、探知も鑑定も上手く働かない。こんなところに人間がいるとは思えないが、ちょっと気になってので見に行ってみることにした。

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