第97話 『北海道解放作戦⑤』

 後方支援パーティーの援護によって、辛くも上位悪魔グレーターデーモンを倒した俺達は、昼食と休憩を十分にとった後、出発の準備を進めている。


 後方支援パーティーには、2時間遅れで同じ道を追ってくるように指示をしてから、ここでの待機を命じた。ここからは下手に動き回って、先ほどの上位悪魔グレーターデーモンにでも遭遇したら対処できないからだ。明日香と楓にはこちらのパーティーに合流してほしかったが、そうすると残ったパーティーが魔物に襲われたときに危険だから、残念だが残ってもらった。


 指示を出し終えた俺達は、あの上位悪魔グレーターデーモンが、この一帯で最も強い魔物だと信じて先を進む。あれ以上の存在がでてきたら、今度こそ生きては帰れないだろうから。


 休憩を終えてからすでに4時間近く経っている。道中の魔物が強くなっていたから時間がかかってしまったが、運良く上位悪魔グレーターデーモンは現れなかった。おかげでテレビ塔が肉眼で確認できるところまでやってこれたのだが――


「やはり、そうは簡単には行かないか……」


 斥候役の尊が歩みを止め、指さした先を見て思わず呟いてしまった。上位悪魔グレーターデーモン2体に……何だありゃ? 人間か? いやいや、そんなわけあるか。どう考えてもあれ、上位悪魔グレーターデーモンを従えてるだろ。

 身体は人間並みの大きさで、しゃれたスーツのようなものを着ている。手には黒い槍を持ち、頭には……角が生えてるな。ひょっとしてあれは、海外でしか報告例がないネームドモンスターか? だとしたらまずいかもしれない。


 上位悪魔グレーターデーモンを2体従えているあの魔物が、札幌のダンジョンマスターならば、ここで差し違えになってでも倒したいところだが、そうでないなら札幌解放は俺達では無理かもしれない。


 ここはまだテレビ塔まで距離がある。あいつがダンジョンマスターである可能性は限りなく低いが、ゼロではない。何とか確かめる術があるといいんだが……

 俺はすぐに指示を出し、来た道を少し戻って仲間と相談することにした。




「正直、俺達が死ぬ気で戦っても勝てない相手かもしれない。だが、あいつがダンジョンマスターなら、これほどのチャンスはない。だが、おそらく戦えば全員で生きては帰れないかもしれない。下手したら全滅する可能性もある。だからこそ、お前達の意見を聞かせてほしい」


 俺はあの魔物を見て感じたことを正直に伝える。北海道の解放は日本人の悲願ではあるが、かけるのが自分の命だとなると話は変わってくる。上位悪魔アークデーモン2体でさえ脅威ではあるが、ここで撤退した場合、次はもっとたくさんの上位悪魔グレーターデーモンを引き連れているかもしれない。

 だとすれば、今はあいつを倒す絶好のチャンスとも言える。さて、どうしたものか。


「俺は引くべきだと思う。ここまで札幌の中心部に迫れたのは俺達が初めてだ。その情報を持ち帰るだけでも十分ではないだろうか」


 斥候としても優秀で常に冷静な判断をくだせる尊は撤退した方がいいと言う。


「あたしは戒の判断に従うけど、できるなら倒して札幌を解放してあげたいな」


 そうか。確か翡翠は札幌に両親が住んでいたんだったか。個人的な感情で決めるわけにはいかないが、彼女と同じ思いの人達が何百人といるのだろうな。


「私は……誰にも死んでほしくないな」


 回復役らしい発言のつむぎ。その意図は誰も死なせずに倒すではなく、撤退するということだろう。


「戦うにしても、勝算はあるのかい?」


 貴重な2属性魔法持ちの時雨は、魔法使いらしい合理的な考え方だな。だが、今はその視点も必要だ。


『皇帝』以外のメンバーは、発言せずにこの場の成り行きを見守っている。


「正直、ここのメンバーだけでは苦しいと思うが、後方支援のパーティーの力を借りれば、可能性はゼロではないと思う。特に明日香が合流してくれれば、先制攻撃で上位悪魔グレーターデーモン1体を瞬殺できると思う。

 そうすれば、残りはあのネームドと上位悪魔グレーターデーモンだけになる。ネームドは俺と仁がメインで、皇帝メンバーがサポートを。残りのメンバー全員で上位悪魔グレーターデーモンに当たれば勝算は十分あると思うがどうだろうか」


 ヤツを倒せるとしたらこれしかない。そう思って作戦を提案したのだが。


「兄貴らしくないな。確かに今の作戦なら可能性はあるかもしれないが、後方支援で参加した中学生を前線に送り込むのか? 彼女が死んだら、その家族に何て言うんだ?」


 ここまで沈黙を貫いていた仁の言葉にハッとする。そうだった。いくら強いと言っても、彼女はまだ中学生じゃないか。しかも、比較的安全な後方支援だから参加できたのだった。純悪魔デーモンを圧倒する姿を見て、いつの間にか戦力にカウントしてしまっていた自分がいる。


「……撤退だな。少し時間はかかるかもしれないが、次来るときはあいつを倒せる力をつけてこよう」


 俺がそう決断したことで、他のメンバーからホッとした雰囲気が伝わってきた。そりゃそうか。誰だって命がけで戦うのは怖いことだ。

 そうと決まればここに長居する必要はない。来た道を戻り、後方支援パーティーを回収して函館を目指そう。そうだ、少し回り道をしながら生き残った人がいないか探してみるのもいいかもしれないな。そんなことを考えながら歩き出そうとしたその時――


「話し合いはお済みですかな?」


 上空から突如話しかけられた。とっさに剣を構えて上を見上げると、遙か遠くにいたはずのネームドモンスターが、赤い目を光らせ残酷な笑顔で俺を見つめていた。


「貴様、いつの間に!?」


 この言葉が出ただけでも奇跡に近い。俺の本能が全力で逃げろと言っている。遠目ではよくわかっていなかったが、こいつは上位悪魔グレーターデーモンどころの騒ぎじゃない。明らかに1級を超えている。これがS級の魔物なのか。まるで別次元の存在だ。


 こいつを倒そうとか考えていたのか、俺は。無理だろ。間違いなく。


「割と最初からいましたよ。戦うのか逃げるのか。人間は話し合う生き物だと聞いておりましたが、本当にその通りなのですね。生で見れて楽しかったですよ」


 あまりの恐怖に却って冷静になったのか、『こいつすごい流暢にしゃべるな』なんてバカな考えが頭に浮かんできた。俺以外のメンバーは恐怖のあまりへたり込んでしまっている。こりゃ、全員で逃げるのは無理だな。


「仁。俺とお前でこいつの相手をするぞ。尊、みんなを連れて逃げてくれ」


 幸か不幸か俺達の元にやってきたのは、このネームドモンスターだけのようだ。こいつを足止めできれば、他のメンバーは助かるかもしれない。


 俺が冷静に見えたのがよかったのか、みんなの硬直が解けそれぞれが動き出した。仁が俺の隣に並び、尊達は静かに後退る。

 その様子を楽しそうに見ているネームドモンスター。


 まさか北海道にはこれほどの魔物がいるとは思わなかった。仁には申し訳ないことをしたが、他のメンバーには何としても生き残ってほしい。そんな思いを抱きながら、命をかけた時間稼ぎが今始まった。

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