第94話 チーム推し活⑤

 手加減が思いのほか上手くいったので、これは大丈夫かもと思いこっそりタブレットの電源を入れる。


”なんか今の戦闘おかしくなかった?”

”言われてみれば、確かにおかしかったかも?”

”うん、おかしかったような気もするが「何が?」と言われると説明に困る”

”それな”


 よしよし、『推し活』の配信は今日が初めてだから、それほど目の肥えた視聴者がいないようだ。これはいい傾向だ! 多少無茶しても、『こんなものか』で済まされる可能性が高い。

 現にさっきの闘争馬バトルホースの話も何となく収束してるみたいだし。あまり気にしすぎるのもよくないかもね。


 と、自分の中で納得しているうちに、どうやら俺達は15階層のボス部屋までたどり着いたようだ。少し休憩し、作戦を確認した後ボスが待つ部屋へと突入した。


 ボス部屋は森のように木々が生えており、部屋の中央に闘狒々バトルコングはいた。明日香が倒したような黒い闘狒々バトルコングではなく、普通の茶色いゴリラだった。


「よし、みんな作戦通りいくぞ!」


 海斗の号令にまずは不破さんが動いた。まずはタンクがターゲットをとる。これが『推し活』の定石パターンだ。新調した黒く大きな盾を前面に押し出し、闘狒々バトルコングへと迫る戦士。この1ヶ月で不破さんも立派な盾士として成長したようだ。

 盾士のスキルである『アテンション』を使い、早々に闘狒々バトルコングの気を引くことに成功した。さらには、慣れた盾捌きで茶ゴリラのぶん殴り攻撃を全て受け止めている。一歩たりとも引くことなく。


”安定の不破盾”

”さすが不破の兄貴”

”名前からして盾向きだよね”


 ドローンが不破さんの活躍を映すと、なぜか男性からのコメントが増える。


「ナイス、不破さん!」


 次に動いたのは弓使いの綿貫さんだ。不破さんと茶ゴリラを中心に、円を描くようにスルスルと移動する。今回のボス部屋にはこの闘狒々バトルコング一体しかいないから、気兼ねなく動けて楽しそうだ。


 その綿貫さんの動きに合わせるように、漣さんも反対回りで動き出す。こちらは綿貫さんよりも半径の狭い円での移動となる。弓と槍の間合いの違い故に。


 そして最後に海斗が不破さんの背後へと移動して完了。単体の魔物と戦う時の包囲網が完成した。えっ? 俺? 念のため、辺りを警戒する係に任命されました!


 シュ!


 不破さんの盾を叩くのに夢中になっていた闘狒々バトルコングのこめかみに矢が刺さる。激しく動くゴリラのこめかみに当てるなんて、やるな綿貫さん。


 ブシュ!


 矢がこめかみに刺さったことで初めて綿貫さんを認識したゴリラが、背を向けたところで今度は太ももの裏側に漣さんの槍が刺さる。


「グォォォォ!」


 ここで初めて闘狒々バトルコングが痛みによる悲鳴を上げた。漣さんの一撃が、かなりのダメージを与えた証拠だ。


 闘狒々バトルコングは近くにいた漣さんに向かって行こうとしたのだが、不破さんの背後から現れた海斗が間に割って入ってそれを阻止する。その時間を利用して、不破さんが再び『アテンション』を使用し茶ゴリラのターゲットを取り返す。その隙に余裕を持って綿貫さんと漣さんが距離を取った。


 うん、周囲に敵影なし!


 俺が自分の仕事を完璧にこなしている間に、綿貫さんと漣さんが攻撃を加えていく。ターゲットが移りそうになると、海斗が割って入り不破さんにターゲットを戻す。

 安定した戦いぶりで、心配した俺の出番もなく終わるのかと思われたその時――


「ぐわぁぁぁ」


 突如、叫び声が響き渡った。何だ? 何が起こった? 不測の事態など起きるはずもないくらい、安定した戦いぶりだったのに。


 あまり意味のない周囲の警戒から、戦闘のサポートへと脳を切り替える。

 そこで俺が目にしたのは、綿貫さんの矢が腕に刺さり、盾を落とした不破さんの姿だった。


 とりあえず何が起こったか確認するより、迫り来る闘狒々バトルコングの拳から、不破さんを守らねば。

 火の壁ファイアーウォールは……ダメだ。不破さんが近すぎる。ならば、これか。


土の壁アースウォール!」


 ドゴン!


 下からせり出すように現れた土の壁が、ギリギリのところで茶ゴリラの拳を防ぐ。かなり間一髪のところだったから、薄い壁になってしまったけど、6級程度の魔物に破られるわけもない。


「今のうちにとどめを!」


 みんな突然の出来事に固まっていたようなので、海斗に代わって指示を出す。まったく、ちょっとピンチになったくらいで動きが止まるとは。

 確かにこのパーティーは、最初から安定した戦闘ばかりしか経験してないからな。今度から、もう少しギリギリの戦いも経験させておくべきか。


 俺の声かけにハッとしたように動き出す3人。不破さんは急いで盾を拾い構え直す。

 漣さんと海斗は、すでに傷だらけになっている闘狒々バトルコングにとどめをさすべく武器を突き立てる。

 綿貫さんは……不破さんを射ってしまったことで動揺したのか、弓を構えてはいるが青白い顔で、茶ゴリラの動きを追っているだけだ。


「海斗、漣さん、とどめは綿貫さんに!」


 このままじゃまずいと思った俺は、トラウマになる前に綿貫さんに矢を撃たせるように提案する。


 俺の声に反応し、海斗と漣さんが闘狒々バトルコングから距離をとった。


「今だ! 撃ってくれ!」


 俺の危惧することを察してくれた不破さんが、最後の一押しを決めてくれた。


「今度こそくらえ! 強撃ちパワーショット!」


 その不破さんの声に反応した綿貫さんが、力強く矢を放つ。


 至近距離から放たれた豪速の矢が、闘狒々バトルコングこめかみを貫いた。一時いっとき遅れて静かに倒れ落ちる傷だらけの茶ゴリラ。

 みんなが見つめる中、地下迷宮ダンジョンに吸収され、ドロップアイテムを残して消えていった。


 危ない場面はあったが、何とか全員無事で乗り越えた我がパーティーメンバーを讃えるべく、笑顔で近寄って行ったのだが――


「「「どういうことか説明してもらおうか!」」」


 3人の声がハモった。


(こいつ、絶対念話で打ち合わせしてやがる……)

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