第88話 『函館到着』

 軍艦での船旅はおよそ15時間。配られた冊子を読んだり、楓ちゃんとお話をしたりして過ごす。一度、火神さんが来たんだけど、すぐに他のメンバーに連れて行かれちゃいました。


 そして、船内にアナウンスが流れいよいよ函館に到着するみたい。みんな甲板に出て、目の前に広がる荒廃した陸地を見つめていた。ぱっと見、魔物達はいないようだけど、油断するわけにはいかない。何せここは日本で唯一地下迷宮ダンジョン化した土地。下手な地下迷宮ダンジョンとは比べものにならないくらい強い魔物が、その辺を歩いているというのだ。


 ゴクリ


 誰かが唾を飲む音が聞こえたけど、もしかしたらそれは自分だったのかもしれない。異様な雰囲気を持つ陸地を前に、否が応でも気持ちが引き締まる。



「ここから先は、配布した冊子の通りの陣形で進む。まず目指すのは、一番近くにある避難所だ。ここから先は何が起こるかわからない。まずは自分自身の命を守る。次に、できれば仲間の命を守る。これを徹底してくれ」


 団長の戒さんが指揮を執って先へと進む。確かに街はボロボロになっていたけど、事前の話通り魔物は全く現れなかった。ダンジョンマスターが消滅した地域は、安全地帯になるという噂が今のところ正しいと証明されているわけだ。


 私は楓ちゃんと一緒に、隊列の後方に混ざりついて行く。一応、身体強化持ちなので周囲を警戒する役割も受け持っているんだよね。周りの様子をよく観察し、音にも注意しながら進んで行く。

 でも、私の目にも耳にも魔物の姿は引っかからなかった。やっぱり、この辺りに魔物はいないみたい。


 みんなの警戒も無駄になったけど、無事に避難所までたどり着くことができた。



「まずはここを拠点として、明日から一番近くのダンジョンマスターがいる札幌を目指す。今日はゆっくり休んでくれ」


 ここの避難所は元々は学校だったようだ。体育館にみんな集まった後、割り振られた教室へと移動する。今回の解放作戦は総勢40名ほどとすごく多いわけではない。ただ、東京近郊の名だたる探索者シーカーは軒並み参加している。少数と言うにはちょっと多いけど、精鋭揃いの集団なのだ。

 でもそれは、裏を返すと私達が全滅したら東京の上位ランク探索者シーカーがいなくなるということになる。つまり、東京の探索者シーカー協会が本気で北海道の解放に乗り出したという訳だ。

 失敗は許されない。それがわかっているからこその緊張感なのかもしれない。


 私は割り当てられた教室で、他の女性探索者シーカー達と交流した後、楓ちゃんと一緒にお互いに持ってきたものを確認した。というより、お兄ちゃんから預かってきたものを楓ちゃんに渡すのがメインだったけど。

 明らかにこの世には出回っていないようなものばかりだったから、かなり人目を気にしてこそこそしてたと思う。同じ部屋の人達には、ちょっと怪しまれちゃったかもしれないね。


 それから、それぞれ夕食を取ることになった。自分達で持ってきたものを食べる人や、ここにある調理室を使って料理を作ってる人もいた。水道やガスは止まってるけど、これだけ上位ランクの探索者シーカーが集まれば、水操作や火操作が使える人がいるからね。火神さんなんて率先して女性パーティーの料理を手伝ってました。

 私と楓ちゃんはお兄ちゃんが作ったお弁当がたくさんあるので、二人でそれをありがたくいただく。あまりにもいい匂いをさせていたから、同室の人にちょっと迷惑かけちゃったかも。こんなところで、豪華なお弁当食べてる人なんていないから。みんな携帯食とかゼリー飲料で済ませているしね。


「すまない。ちょっと聞いてもいいか? その弁当は、あの噂の魔物料理ではないだろうか?」


 かなり申し訳ない気持ちで、すごくおいしいお弁当を食べていたら、同室の人に声をかけられた。噂の魔物料理ってことは、お兄ちゃんの配信を見てくれた人かな? ここはしっかり宣伝しておかないとね。


「はい、そうですよ! ちょっと縁がありまして作ってもらいました」


 私達より一回りほど年上っぽいお姉さんが、喉をゴクリとならしている。


「おそらく、昨日作られたであろう弁当ができたてのように見えるのはさておき、その、なんだ、それは本当に魔物の肉で、その、おいしいのか?」


 やっぱり魔物のお肉って、食べたことがない人が多いんだね。これだけ上位ランクの探索者シーカーが集まってても、みんな興味ありげにこっちを見てるし。


「あの、よかったら一口食べてみますか?」


「えっ!? いいのか!? ぜひとも食べてみたい!」


 まっ、お弁当はまだたくさんあるし、一口くらいならいいかなと思って、石化鶏コカトリスの唐揚げをひとつあげた。


「むほ! うまっ!? 信じられない! めちゃくちゃおいしい!」


 どうやらお口に合ったようで、女性とは思えない声まで漏れてました。そりゃ、ただでさえおいしい魔物のお肉が、お兄ちゃんによって料理されてるんだからおいしいに決まってるよね。誰が食べたって。


 このお姉さんがあまりに美味しそうに食べたものだから、他のお姉様方にも催促されて、私と楓ちゃんは自分のお弁当を半分くらいしか食べられませんでした。ちょっともったいなかったけど、その分、お兄ちゃんの配信を宣伝させてもらったからよしとしましょう。


 これから寝るだけだけど、無駄にバフの乗った身体を寝袋に収めて、明日に備えて休むのでした。

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