第12話 『ダンジョンデビュー②』

 渋谷ダンジョンは地下迷宮ダンジョンランク10級に認定されているが、下の階層に行くほどランクが上がっていく。

 入り口で探索者シーカーライセンスを提示して階段を降りていくと、目の前には草原が広がっていた。


"ほー、探索者シーカーライセンスってああやって提示するんだ"

"オレも初めて見たわ。最後は無人なんだな。なんか駅の電子カードみたいだった"

"確かに!"

"それにしても、アスカちゃんの戸惑う姿がかわいすぎて身もだえするオレがいる"

"オレモオレモ!"

"つぶやきから飛んできました! ここに天使がいるって本当ですか?"

"お、新規さんいらっしゃい! よかったな、ここには天使ちゃんが二人おるぞ"

"いるいる、マジ天使だからびびるなよ!"


 地下迷宮ダンジョンに入った辺りからさらに同接の数字が伸びたみたいで、スマホの画面の右端に1500という数字が見える。常時同接は大体2000人くらいって言ってたから、もう少し増えたくらいで止まるのかな?

 でも、さっきより増え方が速くなってるような……


 私が数字を気にしている間にも楓ちゃんのレクチャーは続いている。何だかんだで楓ちゃんの説明は結構わかりやすくて、視聴者さん達の評判もいいみたい。

 私も地下迷宮ダンジョン内で気をつけるべきことや、魔物のことだけじゃなく探索者シーカー同士のマナーについても教えてもらえてとってもためになってる。


"カエデちゃん教えるの上手! わかりやすい!"

"確かに! しかも、探索者シーカー同士のマナーとか言われなきゃ気がつかないわな"

"今、めっちゃメモしながら聞いてます! 僕のデビュー時の参考にさせてもらいます!"

"↑お前さんデビューする当てがあるんかい!?"

"メモじゃなくて録画しとけよ! あるだろうそういう便利機能がよ!"

"あっ、録画機能ありました。教えていただきありがとうございます。<(_ _)>ちなみにスロットは1あったのですがスキルオーブを入手できるあては……"

"どんまい! みんなそんなもんや。だが、スロットあるだけでも可能性があってうらやましいがな!"


 視聴者の皆さんにもためになっているようでした。


「さ、アスカちゃんそろそろ魔物を倒してみよう! ちょうど向こうにはぐれの殺人犬キラードッグがいるから、こっちに誘導するね」


 探索者シーカー同士のマナー講座を終え、いよいよ魔物と戦う時が来たようだ。殺人犬キラードッグの特徴や弱点についても説明してもらっているので、後は私が倒すだけとなっている。


 そしてこの段階で同時接続はあっさり2000人を超え、今もまだ伸び続けている。


"アスカちゃん頑張れ! 落ち着いて動けば大丈夫だからね!"

"何かあってもカエデちゃんがいるから心配しないで!"

"おっ、同接2000人おめ!"

"¥2000 2000人おめでとー!"

"¥2000 おめー! 記録更新あるかもね?"


 同時接続が2000人を超えたところで、赤い文字のチャットが流れ出した。これは確かスーパーチャットって言って、お金を配信者に届けるシステムだったはず。


「みんなありがとー! スパチャもありがとね。でも、無理しなくていいからね!」


 スパチャに対して楓ちゃんがお礼を言うと、それに反応してまたスパチャが投げられる。すごい、こんなに簡単にお金が行き交うんだ。


 コメントが落ち着いたところで、楓ちゃんが『風操作』で風の刃を作り殺人犬キラードッグめがけて飛ばした。あれは向こうの世界で言う『ウインドエッジ』に似ている。飛ばした数は一つだけだけど、目視しづらいのが特徴で、見事殺人犬キラードッグの後ろ足を切りつけるのに成功した。


 こちらの攻撃に気がついた殺人犬キラードッグが一直線に向かってくる。後ろ足を怪我した割には、かなりのスピードで走ってくるように見えるね。結構、距離があったと思ったけど瞬く間に目の前まで近づいてきた。


"大丈夫か? アスカちゃん"

"頑張れアスカちゃん! 落ち着いて"

"美少女の初銭湯。緊張する"

"↑おい、慌てるな。字面が大変なことになってるぞ。それじゃあ違う緊張が走るわ!"

"すいません。すいません。すいません。初戦闘の間違いでした<(_ _)>"

"アスカちゃん、オレは信じてるぞ!"


 殺人犬キラードッグが飛びかかってくる直前に、私を応援してくれるコメントが目に入った。せっかく見てくれている人達のためにも頑張って倒さないとね。


 私はキラードッグの飛びかかりを身体を捻って躱す。動きはよく見えているけど、思ったよりも自分の身体の動きが遅くて、躱すのがギリギリになってしまった。

 それでも、必要最小限の動きで躱すことができたから、捻った動きを利用してキラードッグの着地に合わせて刀を橫薙ぎに払った。刀の切っ先が着地した殺人犬キラードッグの片方の後ろ足を飛ばす。


「ギャン!」


 苦しそうな鳴き声を上げて倒れ込んだ殺人犬キラードッグの首を、返す刀で切り落として討伐完了。うん、まだ以前の感覚に少し引っ張られたところはあったけど、こっちの世界での初戦闘にしては上出来、上出来。


「ほえ?」


"えっ!?"

"何?"

"倒した?"

"えーっ、いつの間に?"

"ごめ、よく見てなかった。ちょっと待ってアーカイブ見直してくる"

"いや、録画してんじゃねぇの? そっち見直した方が早くない?"

"確かに。オレも録画見直してくる。ちょっと何が起こったのか理解できなかった"


 あれれ? せっかく殺人犬キラードッグを倒せたのにみんな見逃しちゃったのかな? 楓ちゃんまで変な声出してるし。もしかして私の立ち位置が悪かったのかな? 自分の身体と重なって倒すところが見えなかったとか。うーん、今度倒すときは自分とカメラと魔物の位置を気にしてみよう。


「すいません。立ち位置を気にしていませんでした。もしかして、倒したところが映ってなかったですかね? 次から気をつけます」


”いやいや、そうじゃない! ってか、何で初戦闘でそんなに滑らかに殺人犬キラードッグ倒しちゃってるの? 助っ人に入ろうとしたカエデちゃんが固まってるっしょ!?”

”そうそれな! 今、録画確認してきたけど立ち位置の問題じゃない。倒すところはちゃんと映ってた。ただ、あまりに無駄なく滑らかすぎたんでワイらが見逃してただけだった”

”アスカちゃんどっかで刀の扱い方習ってたとか? それにしても滑らか過ぎる気がするけど……”


「あ、アスカ大丈夫?」


 スマホに向かってコメントしていると、楓ちゃんが心配そうな顔で聞いてきた。


「えっ、あっ、うん、大丈夫。怪我もしてないよ!」


 楓ちゃんに心配をかけないように力こぶを作って無事をアピールする。


「いや、戦闘の方は、その、すごかったから心配してないんだけど。生き物殺したの初めてだよね? 私は最初殺人犬キラードッグ倒したとき、その、ちょっと気分が悪くなっちゃって」


 あっ、私は向こうの世界で魔物を倒しまくってたからもう慣れちゃってたんだけど、言われてみれば確かにそうだよね。私も向こうの世界で初めてブラックウルフを倒したときは確かに気分が悪くなったはず。ただ、状況が状況だけに具合が悪くなってる場合じゃなかったけど。


「あは、なんだか大丈夫……みたい? こういうのに耐性があるのかな、私?」


 今更気分が悪かった演技をするのも違うと思ったので、何とかごまかしてみた。


「あ、いや、大丈夫ならいいんだけど。それじゃあ、次行こうか!」


 っとここで気がついた。いつの間にか同時接続が3000人を超えている。


「カエデちゃん、ちょっとこれ……」


「ん? どうしたのアスカ…………えぇぇぇ!? 3000人超えてるぅぅぅ!!」


 私がスマホを指差すと、自分のスマホを確認した楓ちゃんがはしたない声を上げた。


"うおっ!? いつの間に3000超え!? おめ!"

"¥3000 3000人おめでとう!"

"つぶやきから来ました。天使が戦ってるって嘘かと思ったら本当でした。早速チャンネル登録しました"

"¥3000 3000人おめ! でもこれまだまだ伸びそうよ"

"急上昇ランキングから来ました。アスカさんとカエデさんのファンになりました!"


 新しく来た人がどんどん増えているようで、誰かが言ったようにまだまだ勢いは衰えそうにない。それにどこかのランキングにカエデチャンネルがトレンド入りしたようで、そこから人がどんどん流れて来てるみたい。


「みんな来てくれてありがとう! 配信を続けるね!」


 楓ちゃんは視聴者さん達にしっかりとお礼を言い、新たな魔物を探し始めた。こういうマメで丁寧なところが人気の秘密かもしれないね。私は殺人犬キラードッグのドロップ品である、魔石と牙を拾ってその後に続いた。


 その後、しばらく魔物との遭遇がなく、視聴者達と雑談しながら歩くこと十数分、ようやく楓ちゃんが次の相手を発見したようだ。この時点で同時接続は4000人を超え、未だ衰えることなく増え続けている。


 私も楓ちゃんも人数を見るのが恐ろしくなってきたので、同時接続の数は気にしないで次の相手に集中することにした。


「あれは……緑小鬼ゴブリン?」


 私の視界に向こうの世界でも見たことがある、緑色の肌をした小柄な人型の魔物が飛び込んできた。集団でゴギャゴギャ言いながら騒いでいるところもそっくりだ。


「アスカ、行けそう?」


 楓ちゃんの問いかけに無言で頷く私。おそらく、今の『行けそう?』はいろんな意味での確認なんだと思う。緑小鬼ゴブリンって人型だしね。


「大丈夫だと思う」


 私は呟くように、でもしっかりとそう答えてから、楓ちゃんを安心させるためにこちらから緑小鬼ゴブリンへと近づいていった。


 近づいてくる私の姿を確認した緑小鬼ゴブリン達は、獲物を見つけた喜びだろうか甲高い声を上げながら駆け寄ってくる。せっかく数で優位に立っているのに、連携も何もなく突っ込んでくるのは知性が足りないからか、はたまた私がか弱い獲物に見えたせいなのか。


 どちらにせよ、緑小鬼ゴブリン程度なら何体いても負ける気がしない。


"油断しないでアスカちゃん!"

"負けるとは思わないけど、複数に囲まれないように気をつけて!"

"カエデちゃんも戦わなくて大丈夫?"

"頑張れアスカちゃん!"


 3匹いた緑小鬼ゴブリンのうち、一番最初に私の元に到達した緑小鬼ゴブリンが何も考えずに手にしていた棍棒を振り下ろしてきた。

 私はそれを急ブレーキをかけることでやり過ごし、勢い余って突っ込んできた緑小鬼ゴブリンの喉に刀を差し込む。刀が緑小鬼ゴブリンの喉を貫通し、嫌な感触が手に伝わってきた。


 すぐに刀を抜き、右へとステップする。最初に倒した緑小鬼ゴブリンが上手いこと目くらましになっていたようで、右から来ていた緑小鬼ゴブリンが急に私が目の前に現れたことで動揺し、動きが止まった。その心臓目がけて刀を水平に向けてから滑り込ませる。骨に当たらないように狙いを定めて。


 心臓を貫いた緑小鬼ゴブリンを蹴飛ばして刀を抜いた後、最後に左から来た緑小鬼ゴブリンと向かい合う。瞬時に仲間の緑小鬼ゴブリンを倒され、ようやく相手の力量を認識したのか、急に慎重に間を取り始めた緑小鬼ゴブリン。だけどもう遅い。一対一になった時点で勝ち目などないのに。


 私はあえて無造作に間合いを詰め、緑小鬼ゴブリンが慌てて棍棒を打ち下ろしてきたところで、急にスピードを上げすれ違いざまにその首をはねた。背後で緑小鬼ゴブリンがドサッと崩れ落ちる。


 振り向いた先にいた楓ちゃんと目が合った。うん、なぜか固まっていて動いていない。どうしちゃったんだろう?


"いや、緑小鬼ゴブリン3匹瞬殺やん。初心者ちゃうねん"

"あの、これ初心者レクチャー配信じゃなかったでしたっけ。初心者はどこですか?"

"あかん、アスカちゃんが殺戮天使に見えてきた"

"ちょっと、強すぎじゃないですかアスカちゃん? スキルは何ですか?"

"こらこら、探索者シーカーにスキルを聞くのはNGだぞ"

"あ、すいませんでした。初めてのダンジョンなのにこんなに強いなんて、どんなスキルを持ってるんだろうって気になってつい。アスカさんごめんなさい"


 楓ちゃんは動かないけど、チャット欄は盛り上がっているようだった。よかった。今度は緑小鬼ゴブリンを倒すところを見ててくれたみたいだ。スキルに関しては教えることはないけど、聞かれたからって嫌な気持ちになるわけじゃないので気にしないでと言っておいた。


 視界の端に6000って数字が見えたけど、見なかったことにしよう。


 それより、最後の緑小鬼ゴブリンを倒したところで一瞬からだが熱くなった。どうやらレベルが上がったみたい。ステータスが確認できないから上がり幅はわからないけど、体感だと結構上がったように感じる。


 そう言えば昨日の夜、お兄ちゃんが帰る前にこっそり『ステータス補正』と『経験値倍化』のスキルをつけてくれたんだった。そのおかげかな。だから今はスキルが3つついた状態になってるわけ。これは、うっかり鑑定の水晶を使わないように気をつけないとね。


「楓ちゃんレベルが上がったみたい!」


 早速、その事を楓ちゃんに報告する。


「あ、うん、レベルね。おめでとう? あれ? アスカってダンジョン初めてだよね? ひょっとして接近戦なら私より強くない?」


 楓ちゃんが大げさに褒めてくれているけど、さすがに7級の楓ちゃんより強いってことはないかな。


"¥5000 レベルアップおめ!"

"¥2000 アスカちゃんレベルアップおめでとう!"

"¥10000 オレモオレモオレモ!"

"¥3000 おめー! ってレベル上がるの早くないかい?"

"ん? 確かに早いかも?"

"アスカちゃんはレベル1だったんだよね? ならこんなもんじゃ?"

"ワイ探索者シーカーだけど、レベル2に上がるのにゴブリン30匹くらい倒したで。3人パーティだけどな"

"現役さんも見てるのか。情報ありがたい。オレが聞いた話だと、個人差はあるみたいだぜ"

"まあ、あんまり詮索はしないでおこうぜ。それよりレベルアップおめでとうだろう"

"違いないわな(^o^)"


 危ない危ない。お兄ちゃんがこっそりつけてくれた『経験値倍化』スキルがバレるところだった。楓ちゃんの視聴者の人達がいい人達でよかった。

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