第10話 こっそり探索者試験

 明日香を送り出した後、俺は急いで支度をして家を出た。目的は、神奈川県横浜市にある探索者シーカー試験会場だ。

 そう、明日香が探索者シーカー試験を受けている間に、俺も同じ試験を受けようと思っている。万が一明日香がダンジョンで危ない目に遭ったときに、助けに行けるのは同じ探索者シーカーだと思ったから。


 一応、明日香には秘密にしているので急いで受験して明日香が戻ってくるより早く帰ってくるつもりだ。急いで駅へ向かい神奈川県へと向かう電車に乗る。筆記試験については明日香に教えるために勉強したから大丈夫だろう。


 問題はスロットとスキルなのだが、こちらは『隠蔽』を使いごまかすことにした。それじゃないと『スロット∞』を見られて何を言われるかわかったもんじゃない。俺は目立ちたいんじゃなくて、妹と幸せに暮らしたいだけだからね。


 スロットの数はひとつに設定して、スキルの方は今後探索者シーカーランクを上げることも考え、少しランクが高めのものを選択した。

 探索者シーカーランクによって入場できる地下迷宮ダンジョンに制限があるらしいので、どこのダンジョンでも明日香を助けに行けるように、ある程度ランクを上げる必要があるからだ。


 久しぶりの横浜に着いた俺は人の多さにちょっと人酔いしながら、みなとみらいの一角に建てられた試験会場へと入っていく。会場もなかなかの混雑ぶりだが、俺は前日にシュミレートした通りにスムーズに受付を済ませていく。


 試験問題は簡単だったし、隠蔽スキルもきちんと仕事をしてスロットとスキルをごまかしてくれたようだ。ただ、選んだスキルがランク3の『火操作』だったからか、国所属の探索者シーカーにならないかと誘われた。

 丁重にお断りしたらそれ以上何か言われることはなかったが、何やら隠れてこちらを観察する視線を感じたから、ひょっとしたら監視対象か何かにされたのかもしれない。


 それにしたって試験を受けるときに住所も教えているし、直接的に何かしてくるわけじゃないなら気にしないことにした。俺が監視対象になってるなら同じランク3のスキルを持っている楓ちゃんも監視対象だろうし。その楓ちゃんが特に警告してこなかったってことは、そういうことなんだろう。


 無事、試験に合格し10級と書かれた探索者シーカーライセンスをもらった俺は急いで自宅へと帰った。妹がまだ帰ってきていないのを確認し、ほっとしたのもつかの間、楓ちゃんからの電話で俺は慌てて駅まで戻り、今度は渋谷へと向かった。


 何でも試験の結果が発表されて結構な時間が経つのに、明日香が待ち合わせ場所に来ないと言う。明日香の身に何かあったんじゃないかと考えると、移動中も気が気じゃなかった。


 渋谷の試験会場に到着したら、楓ちゃんが手を振っている姿が見えた。急いで中に入り、うろうろしていた協会の人間を捕まえて明日香の居場所を聞く。

 だが、本当か嘘かその職員は明日香の居場所を知らないというので、このままじゃらちがあかないと思った俺は『探知』のスキルを使った。魔力が少ないせいか探知は一瞬で切れ、めまいを起こしそうになったが、気合いでこらえた。


 すぐに切れた探知ではあったが、建物の奥の方で明日香を発見したので、楓ちゃんと一緒に向かう。途中、引き留めようとする職員を強引に押し切り、明日香がいるであろう部屋へと突入した。


 中では明日香が強面のおじさんと向かい合って座っており、こちらを見た途端涙を流したのを見て、俺はちょっとキレてしまった。

 とは言っても、力では勝てそうにもないので、探索者シーカー協会が出しているHPに載っている規約やら信念やらを持ちだして、正論ずくめで言い負かしてやっただけだが。


 長い時間拘束されていたであろう明日香の気持ちを考えて、すぐにでも部屋を出ようと促したんだが、なぜか明日香はニヤニヤしていた。それはそれでかわいいからいんだけど……ちょっと心配になる。


 それから帰り道で明日香があの部屋(支部長室らしい)に呼ばれた理由を聞いて、俺は猛反省した。目立たないようにつけたスキルが、実は未発見のスキルだったようだ。でも、普通に調べたら『身体強化』って言葉は出てきたんだが……


 そんな明日香の説明を聞いていた楓ちゃんが、呆れた顔をしながらスロットとスキルの常識について教えてくれた。どうやら俺達は地下迷宮ダンジョンやスキルに関して、試験に出るような知識はたくさん持っているが、常識は持ち合わせていなかったらしい。


 それにしても、楓ちゃんが明日香と一緒にいてくれて助かった。楓ちゃんがいなかったら、俺は明日香のピンチに何もできずに、家で帰りを待ち続けていたかもしれない。俺は素直に楓ちゃんに頭を下げてお礼を言った。楓ちゃんが笑いながら気にしないでって言ってくれたのがありがたい。


 それにしても、今後同じようなことがないとは限らない。頑張ってレベルを上げて、『念話』を常時使えるようにするか。いや、それだと明日香にも『念話』を持たせなきゃならないか。

 3つしかないスロットのひとつを圧迫するのは得策ではない。いっそのこと、携帯電話を二人分買うか。いや、でもまだそんなお金が……

 俺がそんなことで悩んでいる間に、明日香が楓ちゃんに合格祝いに誘われていた。何でも楓ちゃんは明日香が合格するのを確信していたらしく、楓ちゃんの実家でお祝いの準備をしているのだとか。


 明日香は楓ちゃんに抱きついてよろこんでいるし、何と俺までお誘いを受けてしまった。他人の家に誘われるなんていつ以来だろう。


 俺と明日香はいったん家まで戻り、シャワーを浴びてから楓ちゃんの家へと向かう。楓ちゃんの家では楓ちゃんのお母さんとお父さんも俺達二人を快く歓迎してくれて、たくさんの豪華な料理と幸せな時間を提供してくれた。


 久しぶりに家族の温かさを感じさせてくれた楓ちゃんとその家族には、感謝しかない。俺は大層な夕食をごちそうになった後、自宅へと戻ったが明日香はそのまま楓ちゃんの家に泊まることになった。


 何でも明日、楓ちゃんの地下迷宮ダンジョン配信日らしくその配信に出てみないかと誘われたのだ。明日香も配信には興味があったらしく、二つ返事でOKしていた。これについては明日香と相談して決めていたことなので、俺にも異論はない。むしろ、明日香をよろしくお願いしますと言って帰路についた。


 家に帰った俺は、急いで身支度を調えると再び横浜へと向かった。目的はみなとみらいダンジョンだ。明日、明日香が地下迷宮ダンジョンに初めて潜ることになったので、それまでに少しでもレベルを上げておくために。


『空間転移』のスキルもつけてはいるが、まだ魔力が足りないのか発動しなかった。仕方がないのでみなとみらい地下迷宮ダンジョンまでは電車を使う。

 俺は移動中に『経験値倍化』をはじめ、各種スキルをてんこ盛りにして深夜のダンジョン無双を行った。


 そして、次の日の朝、くたくたになった俺は味気も色気もない朝帰りを敢行することになったのだった。

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