第8話 その頃試験会場では・・・

 私の名前は一色朱莉いっしきあかり探索者シーカー協会渋谷支部の受付チーフをしている。今日は週に一度の探索者シーカー試験の日。朝から試験会場に詰めて、終わりのないスロット検査に明け暮れているわ。


 スロット検査は『鑑定の水晶』が1つしかないため、必然的に一人が担当することになる。しかも、手順がなかなか複雑なので、一番のベテランである私が担当することが多い。


 本日一人目の受検者は大学生くらいの若い男性だ。私を見て顔を赤くしているようだけど、そんな暇があったら早く水晶に手を置いてほしい。この検査、水晶に手を置くだけの簡単な検査に見えるがそうではない。


 まず水晶を触れている時間が長い。3分経たないと結果が現れない。その間、受検者が黙ってくれればいいのだけど、私の連絡先を聞き出そうとする不届き者が後を絶たない。これを軽くあしらえるようにならないと、ここの検査は任せられないわ。


 それから、水晶に結果が現れたら規定の用紙に『レベル』、『スロット数』、『スキル』を書き込んで受検者に渡す。そして、次の受検者を呼んでいる間に採血された血を水晶に垂らすの。こちらは5秒で結果が出るから、試験管に貼られているシールに同じように結果を書き込んでいく。試験管は丸みを帯びているからここに書くにも結構慣れがいるわ。そして、試験管を鑑定済みの箱に立てて、次の受検者に水晶を触ってもらう。


 これを受検者が途絶えるまでにひたすら繰り返す。精神的になかなかきついものがあるわ。早く、後任を作らないと……。


 機械のように作業を繰り返す私の前で、検査結果に一喜一憂する受検者達。スロット検査に来るのは大抵若い人たちだし、女性も少なからずいるからそこだけは救いだわ。これで50代の脂ぎったおじさんばっかりだったら……よそう、余計なことを考えるのは。


 しかし、単調できつい作業でもごく希にイレギュラーが発生することがある。具体的にはスロットを2つ持つ受検者が現れたり、ランク3のスキルを持つ者が現れたときだ。


 スロット検査に来る人間は数多くいるが、その中でスロットを持っているのは半分ほどで1つ持ちはシングルと呼ばれる。さらにスロット2つとなると、1000人にひとりと言ったところかな。名称はダブルよ。


 ランク3以上のスキルを持った者が現れるのはさらに希だけど。ちなみにスロット2つ持ちやランク3のスキル持ちが現れると、監視対象に指定される。


 国としては優秀な人材が外国に流れるのを防ぎたいようで、スロット2つ持ちが有用なスキルを得たり、ランク3のスキル持ちが成長して戦力なるとわかったら、勧誘するための監視だそうだ。


 ただ、そこまで育ってしまうと力で抑えるのが難しくなるわけで、勧誘を断られることもあるみたいね。


 前回、監視対象が現れたのが3ヶ月前で、確か中学生の女の子だったはず。スロットはひとつながら、ランク3の『風操作』のスキルを持っていて、探索者シーカーランクも7級まで上がっていたはず。


 ちなみに探索者シーカーランクは普通10級から始まり、魔物の討伐数と探索者シーカー協会への貢献度で上がっていくわ。


 現役探索者シーカーの最高は1級だけど実はその上に特級がある。特級クラスの魔物を倒すという条件のせいで、未だに到達者はいないけど。


 最近はこの作業にもずいぶん慣れて、考え事をしながらでも手が勝手に動くようになってきたわ。喜ぶべきなのかどうかは微妙だけど。そんな機械的な作業を2時間ほど続けていた時だった。

 いつものように流れ作業で水晶に血を垂らし、その結果をメモしようとして我が目を疑った。『鑑定の水晶』に映し出されていたのは……


名前 柊 明日香

レベル 1

スロット 3

スキル 身体強化


「と、トリプルゥゥゥ!? それに、こ、これは……」


 思わず叫んでしまった。クールビューティーという二つ名がつけられ、ちょっといい気分になっていた私が人前で叫んでしまった。

 ひょっとして、今ので私のファンが減ってしまったかもしれない。けど、これは仕方がないことだわ。何せスロット3つ持ちのトリプルを見つけてしまったのだから。


 トリプルなんて者はそれこそ国にひとりいるかどうかと言うレベルなのよ。『トリプルを見つけたら即確保』。

 協会の受付マニュアルの最後の方に書いてあった項目を見たときは、『こんなところにそんな人物が来るわけない』ってみんな笑い飛ばしていたけど、来たじゃないのよ。こんなところにトリプルが。


 私は『鑑定の水晶』の担当を見習の後輩に任せ、急いで支部長室へと向かった。その時、チラッとホールが目に入った。受験や検査に来ていた人たちが何事かとざわめいている。

 しまった。私としたことが……。受検者の個人情報を大きな声で叫んでしまったからだろう。後で説教されることを覚悟しながら、それでも今は支部長室へと急がなくては。


 私はエレベータを使うのももどかしく、4階にある支部長室へと階段を駆け上がった。


「支部長、失礼します!」


 ノックの返事も待たずに会場にある仮の支部長室へと入っていく。あまりの私の剣幕に部屋の中央で支部長が呆けたように佇んでいた。


「どうした? 朱莉? ノックもせずに……」


「支部長、大変なことが起きました。あと、私のことは二度と下の名前で呼ばないでください」


 どさくさに紛れて私の下の名前を呼んだ支部長に軽いジャブを入れ、ことの顛末を話した。


「おいおい、まじか!? トリプルだと? 何でこんな支部にそんな大物が現れるんだよ! そいつは今、どこにいるんだ?」


 ふざけていた支部長もトリプルの名前を出した途端、真剣な顔で問い返してきた。ここの支部長、ちょっと顔が強面なのでその顔で真剣になられるとちょっと怖い。


「はい、名前は柊明日香。採血での検査だったため、今は会場にいないみたいですが、直に結果を聞きに戻ってくると思われます」


 私の答えに顔をしかめ、少ない髪の毛をかきむしる。その癖のせいでハゲかけているのに気がつかないのかこの支部長は。


「そいつは間違いなく戻ってくるんだろうな。トリプルなんて本部に伝えたら、即確保案件だぞ」


 そんなこと、私に言われたってわかるわけない。ただ、その可能性は高いと思っている。おそらく彼女は再検査ではなく新規組だと思うから。そのことを目の前の毛根死部長に伝えると、何でそう思うんだと怖い顔で聞き返された。ハゲ支部長のくせに。


「彼女は13歳。中学1年です。さすがにこの年齢で再検査はないでしょう。ついでに言うと、採血の後、探索者シーカー試験を受けていたようですのでまず間違いないかと。そんな彼女が結果を聞きに来ないわけがないでしょう」


「くそ、そういうことは先に言え! そいつが来たら何としてでもここに連れてくるんだ。ただし、機嫌はそこねるなよ。嫌われでもしたら俺が本部長に怒られちまう」


 何と了見の狭い男だ。一応これでも現役探索者シーカーらしいのだが、顔の怖さで資格を取ったんじゃなかろうか。


 っと、支部長の悪口はおいておいて本命の話をしなければならない。スロット3つもすごいことなのだが、実はそれ以上に大変なことを報告しなければならないんだった。そう思って覚悟を決めていると。


「ん、どうした朱莉? まだ何か用か? 俺はこれから本部に報告しなきゃならないんだが。もしかし、俺の大人の色気に参っちまったのか?」


「死ね」


 ナチュラルに最低の言葉が出てきちゃったよ。これはもう人をイライラさせる一種の才能だね。唖然とするハゲ支部長に本日最大の衝撃的事実を告げましょう。


「支部長、まだお伝えしなければならないことがあります。耳の穴をかっぽじってよく聞いて下さい」


「なに、朱莉ちゃん怖い顔しちゃって。なにげに言ってることもひどくないかい?」


 泣きそうな顔している支部長を放って置いて報告を続ける私。


「支部長、実は彼女すでにスキルを持っていました」


「何? それはどういうことだ? さっき試験を受けたばかりの新規組だと言ったばかりだろ」


「ええ、ですから新規組で初めて検査に来たのにもかかわらず、彼女はスキル持ちだと言ってるのです。おそらく、スロット検査の前にスキルオーブを使用したのだと思われます」


「まいったな。確かにそういうヤツは希にいるが。まさかトリプルそれをやっちまうか……そのひとつがゴミスキルだと実質ダブルと同じになるな。くそ、面倒なことをしてくれる。っで、スキルも見えたんだろ? どんなスキルだったんだ?」


「はい、彼女が持っていたスキルは『身体強化』です」


「ほう、悪くないな。強化系はランク2だし、腕力や脚力なら戦闘系で育てられる。視覚や聴覚、嗅覚なんかも斥候専門で育ててもいいし、その後のスキルにもよるが斥候も戦闘もできりゃ、トップクラスでいけるだろう。よし、結果オーライだがこれで本部に怒られることもないだろうな。っで、どの部位の強化スキルなんだ?」


「ですからです」


 大きな勘違いをしている支部長に強め伝える。どの強化スキルとかいうレベルじゃないのよ、この子は。しかし、察しの悪い支部長は明らかにイラッとした表情で声を荒げる。


「だから、どの部位の強化かきいてるんだろうが! 身体強化って言えば、各種部位強化の総称だろう! どの部位が……強化……おい、まさか!?」


 強面支部長が声を荒げた姿は最早ヤ○ザ顔負けの怖さだが、私だって伊達に受付チーフを務めているわけではない。支部長の鋭くなった目をキッとにらみ返していたら、察しの悪い支部長もようやく気がついたようだ。


「支部長、そのまさかです」


 私が事実をゆっくりと告げると、支部長が腰を抜かしたようにソファへとへたり込んだ。そう、私だって座り込みたいくらいだ。何せ、『身体強化』はのスキルなのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る